先輩たちの方へと戻り、なんでもないみたいにまた、絵描きに取り掛かるんだけど。
もちろん、それをほっといてくれる先輩たちではないようだ。
そりゃ、気を使ってほっとかれるのもなんか嫌だけど。
「なにくれた?」
「…ん…。数学のノート」
つい、持ったままのノートを拓耶先輩に見せて示す。
拓耶先輩は、俺からノートを取り上げると、じっくりと中を見た。
「部長の弟?」
ノートに視線を落としたまま、拓耶先輩が、そう言うけれど…。
弟…だろ。
こんだけ似てて、実は違うなんてことはないと思う。
「なんやん。俺の弟らしくないノート?」
「んー。だって部長ってノートとか取る?」
「あぁ、取らんわな。言われてみれば」
優斗って、ホントに頭いいわけ…?
「提出しろって言われたときとかは?」
「面倒だからしないし」
…なんてお気楽な性格なんだ。
俺は、一応、そういった提出物はちゃんと出さなきゃってな気になるんだよな。
根がまじめなのかもしれない。
自分で言うのもあれだけど。
「えらくまじめにノート取ってんねぇ。啓吾くん。ほら。まるで誰かさんのためみたい♪」
誰かさんの…ため…?
「見せてや。啓のノートなんてみたことないし」
優斗が、拓耶先輩からノートを受け取って、中をじろじろと見る。
「ほーんと。こんな途中式、なくっても啓なら解けるだろってに」
「あはは♪みつるくんのために、途中式書いてあるんだ♪」
俺のため…?
「啓吾が自分で途中式忘れないようにじゃねぇの?」
「ご丁寧な途中式だこと」
たとえばそれが俺のためだったとして…。
それって…。
俺が、途中式解けない馬鹿みたいじゃんか。
まぁ、馬鹿だからいいんだけど。
「…どうでもいいよ。見やすけりゃ」
啓吾…って、よくわかんねぇもん…。

どうして俺なんだろ…。
はじめ声かけられたときって、寮の先輩がどうとかだったよな。
俺が金髪だったから、目立った…?
目立ってなかったら、俺に声かけることもなくって。
一緒に保健室も行かなくて。
席も近くないし、いずれしゃべったりする仲になったとしても、今の時点でそうなってるかはわからなくって。
そうだとしたら、かわいい子に誘惑されて、付き合いだしたりするのかな…。
「…なぁ。拓耶先輩は、今の彼女とさ、どうやって付き合いだしたわけ…?」
意外にみんな、出会いなんてあっさりしたもんなのかな。
「俺はね。中学時代の友達。ずっと友達で。中学のころは別の彼女いたんだけど、高校違うとこになって…」
「…中学のころの彼女は…?」
「高校決めるとき、別んとこ志望しだしてから、わりとすれ違い気味だったからね。気ぃ使う部分とかあったし。いっつも傍にいた奴にやっと気がついたってわけだね」
「拓耶に彼女の話聞くと、でらノロけるでやめときー」
「部長ほどは、ノロけません♪」
結構、奥深い…。
というか、長い時間かけてるじゃん…。



しばらく絵を描いてたけど、頭がもやもやしてきて。
変な具合に啓吾に後ろめたかったりして。
「俺…そろそろ戻る…」
疲れた。
「へいよ♪寮でゆっくり数学のノートでも写しときな」
「拓耶先輩。すいません。なんか、俺、数学の勉強頼んだのに」
「いいっていいって。いつでもかまわないし。俺はテスト勉強しないし。美術室にはもとから来る予定だったし? ってか、ここ誘ったの俺だし♪」
「う…ん…」
「いつでも美術室にいるから」
「うん」
俺は、描きかけてた絵とノートをかばんの中にしまって、別れを告げて、美術室を出た。

少しだけ歩きかけたときだった。
「深敦」
後ろからそう呼ばれる声に、振り返る。
「…優斗かよ…」
「間違えた?」
啓吾かと思って、すっげぇびびったのに。
「…なんだよ」
「おもっしろいこと、教えてあげようかと思って」
「別に、いらねぇよ」
ついそう言ってしまうけど、おもしろいことってなんだろうとか気になってくる。
「…わざわざ言いにきたわけ…?」
「そう。だから、聞いてや」
「…しゃーねぇなぁ…」
俺は、あまり興味のないフリをして、優斗と階段に座り込んだ。



「で。なんだよ、おもしろいことって」
「啓のこと」
「…別に…おもしろくねぇよ」
しばらく距離おこうって決めたのに。
「前、深敦くんのことで、少し話したときな。『いつ深敦くんのこと知ったん?』って聞いたんよ」
いつって…。
始業式の次の日、教室で俺のこと見かけてしゃべりかけたんだろって。
「で?」
「知ったのは、始業式の日の、クラス発表の名前探してるときなんだってさ」
「名前…?」
「そ。声はかけなかったけど気にしてたみたい」
俺、知らないうちに見られてたわけ…?
「そしたら寮の廊下で、またそいつが寝てたって」
寝て…た…って、俺だ。
そう。
あの日は、廊下で眠っちゃってて…。
「結局、啓が、一方的に知ってたんだけどな。だから、深敦くんよりも1日だけ早く、知ってたんよ」
だから、次の日も、俺に声かけたわけ…?
1日前から、俺のこと、気にしてくれてた…?
「…だからって、なんなのか、わかんねぇんだけど…」
「あちゃぁ。それ言っちゃお終いだって。別にオチとかないよ」
「オチなんて求めてねぇけどさぁ」
「つまりなんかなぁ。深敦くんが知らないだけで、意外にも啓は深敦くんのこと見てるって話」
俺のこと…。
今日、数学のノートとかわざわざ持ってきてくれたりしたのも、俺のこと考えてだよな。
「まだおもしろいことあるんだけど、あとは、言うと啓に怒られそうだから教えない」
楽しげにそう言って階段から立ち上がる。
「なんだよ、それ」
「教えない♪」
「…いいよ、もう。知りたくねぇから」
そう言う俺を振り返って、なにやら満足気に、優斗は、微笑んだ。
「そっか。もうひとつさ。確かめたいんだけど。深敦くんは、啓のこと、好き…?」
まだ、座ったままの俺の頭をそっとなでながら、少しまじめな声でそう聞く。
なに聞き出すんだよ、こいつは。
「…お前が一番知ってるくせに…」
前、優斗と啓吾が付き合ってるんだとか勘違いしちゃって、俺、めちゃくちゃ言い合ったから。
「だよね…。でも、一応、言ってくれん?」
信じろっての、馬鹿。
なんだ、こいつは。
「……なんで…お前に言うんだよ…。啓吾にも、あんま言ってねぇのに…」
「じゃ、聞いたら、啓に怒られるかもしれんわな」
そう言いつつも、黙って、俺の言葉を待ってるようで。
むかつく…。
優斗も、啓吾も、自分も。なにもかも。
「…好きじゃ…なきゃ…こんな、苦しくねぇよ」
優斗は、俺の頭をくしゃくしゃ撫でて
「…苦しませて、ごめんな…」
そっと、そう言った。

別に、優斗が悪いわけじゃねぇのに。
啓吾の代わりに言ってくれてるんだろうか。
「…じゃぁね。また、たまには来たってな」
もう一度、俺の頭をくしゃくしゃしてから、美術室へと帰っていく。
俺は、なにも言えずにそれを見送ってから、やっと、階段から立ち上がった。



カバンに入れた啓吾のノートをもう一度取り出して。
パラパラとめくりながら寮へと向かう。

ホントは数学の勉強するつもりだったんだ。とか、言えたらいいのに。
でも、そんなの言い訳がましいし。

好きだよ。
好きだからこそ、こうやって、悩んだりしてるんだよ。

もう、自分の気持ちに迷うことはなくなった。
俺は、好きで。
もう戻れないとこまできちゃってて。

ただ、素直になれないってわかってるし。
嫉妬とかしちゃったり、ネガティブな考え方になったりしちゃってるのもわかる。
でも、どうにもならないんだよ。
男同士だから?
嫉妬とか、しやすいんだろうな。

俺が嫉妬しちゃうみたいに。
啓吾も嫉妬してくれたりするんだろうか?
ただ、怒ってたり呆れたりしてるだけなのかもしれなくって、よくわからない。

難しい…。

ひとつため息をついて。
寮の自分の部屋のドアをあける。

悠貴先輩もいなくって、俺だけだ。

もやもやした気分を吹き飛ばすためにも、少し早めにお風呂に入ることにした。



俺、なに不機嫌になってんだろ。
啓吾が、隣のクラスの子に好かれても。
そんなん、当たり前っていうか、やっぱ啓吾ってかっこいいから、別におかしいことじゃないし。
啓吾が、その子に対して、やさしくしたりするのもいいと思う。
俺だけにやさしくしろなんて言わないよ、そりゃ。

ただ。なんだろうな。
啓吾も、俺のこと、怒ってるから。
俺が、先輩にやられちゃったりして。
啓吾に怒られる原因があるのはよくわかる。
だから、啓吾の気持ちが、俺から、隣のクラスの子に移るんじゃないかって思うわけで。

不安だったりするんだろうか。
ほら。
やっぱ、いままでのは、単なる気まぐれだったのかもしれないって思ったり。

いままで。
展開が速すぎたっていうかさ。
いつのまにか、やっちゃってて。
こういう速い展開ってのは、崩れちゃうのも速いんじゃないかなって。

なんで数学のノートとか、まじめに持ってきてくれるかな。
一人でやってろとか、言ってきたくせに。
そんな風に、やさしくされたら、お前のこと、嫌いになれない。

思えば、俺って、啓吾にしてもらってばっかで。
自分からなにかしたことってほとんどないよな。
もし、啓吾が俺を好きでいてくれるなら。
啓吾の方が不安なのかもしれない。
すべて俺が受身系で。
しかも、喜んでるのか、嫌がってるのかわっかんねぇ対応しちゃってるし。
先輩にやられたりするし。
普段、啓吾と仲良くねぇし。
不安…がってくれてる…?

俺は、すっげぇ、不安だっての。
いままで彼女なんていなかったし。
一人でいることなんて多かったし、平気だったのに。
それなのに、なんか無性に、さびしいような感じになる。

もっと。
俺のこと…。



つい、手が、自分のモノにいく。
結局、まともに昨日イけてないし。
「っぁっ…くっ」
別に啓吾に従わなきゃとか思ってるわけじゃねぇけど。
1人でぬくしかねぇじゃん。
こういうときに思い出しちまうのは、どうしても啓吾なわけで。
それは、もうしょうがねぇじゃん。
自分でしてみろよ…とか、恥ずかしいこと言うんだよ、あいつは。
でも、結局やらない俺を見て、しょうがねぇ風に、指とか入れたり。

そんなことを考えながら、自分の指をそっと舐め上げ濡らして、前からゆっくり挿入してみる。
「っっつぅ…」
変な感じ。
あんま、気持ちいいのかわかんねぇけど、精神的に、こう、差し込んでるって事実がドキドキを煽ってくるっつーか…。
少し差し込んだ指先を、そっと折り曲げてみると、すごく前に直接くるみたいな刺激を感じる。
「っんぅっ…ぁ…っ」
前立腺ってやつ…?
こんなん知っちゃったら、前だけなんて辛いよ。
もっともっと味わいたいって思っちゃうもん。
俺は、差し込んだ指で前立腺だと思われるところを刺激しつつ、余った手で前の自分のモノを擦り上げていく。
「っはぁっ…ンっ…んっ…」
…しまった。
中で動かしやすいように、右手の指を差し込んだせいで、前の男根を左手で扱わなければならない…。
俺って、めっきり右利きだし。
左手でなんて、うまく扱けねぇっての。
「っんぅっやくっ…ゃ…っ」
いまさら、もう、右手抜いて…なんていちいちやってらんねぇよ。
俺は、なれない左手で、不器用に擦りあげていく。
前に集中すればするほど、後ろの動きも不安定になっていく感じ。
あぁあ。俺って…。
下手なんだ…。
「っぅあンっ…ひぁっ…っゃっぁあっ」
駄目だって。
いつ、悠貴先輩が帰ってくるかわかんねぇのに。
そりゃ、悠貴先輩だって、俺が、風呂に入ってるって気づいたら、いきなり風呂の扉開けたりはしないだろうけど。
でも、絶対、洗面所兼脱衣所に、声聞こえる。
シャワー出しときゃよかった。
うちじゃないから、別に水道代なんてかまわねぇし。
逆に、湿気の多い風呂場に、めちゃくちゃ声が響く。
「っくっ…ぅンっ…ひっくっ…あっ…はぁっ」
でも、声、殺す余裕ねぇっての。
早いとこイこうとあせればあせるほど、イけねぇし。
俺は、頭の中で、必死で、いろいろ想像してみたり。
思い浮かべるのは、やっぱ、啓吾だった。
「はぁっあっ…啓…っんぅンっ」
あぁもう、なんだよ、このぎこちない動きはっ。
むかつく、むかつくっ。
手がうまくうごかねぇ。
足りないってば、啓吾がやれよ。
想像に伴わない刺激にイライラする。
ちゃんと想像出来なくて。
むしろ、思い浮かべちゃうのは、啓吾とあの子がやっちゃってるとこだったり。
「ぁっんっ…あっ…ゃっはぁあんっっ」
なんて声出してんだよ。
涙出てくる。
もう出そう、イきそう。
啓吾…。
「っぁっ…んぅっやっ…あっ…あぁああっっ」

イってしまうと、なんていうか、妙に気恥ずかしい。
俺、なにやってんだろうなって。
いつも思うんだけど、いつもは、まぁ、男だからしょうがないじゃんって、そう思うんだけど。
今回に限っては、後ろまで使って、声だしまくって、恥ずかしいやつ…。

少し、居たたまれない気持ちになりながら、指を引き抜いて、体を洗いなおし、お風呂を出た。



「ご苦労さん♪」
楽しげにそう俺に言う声に、びっくりして後ずさる。
「え…」
悠貴先輩のベッドに寝転がりながら、俺のことを眺めてるこの美人さんは、あれだ…ほら、はじめに、悠貴先輩とやっちゃってた人…。
「な…んで…」
「悠貴、待ってるんだけど」
ここで、待ち合わせ?
まぁ、この人、よくここに来るから、もう顔なじみだけどさ。
「鍵、開いてたよ。まぁ、俺が、脱衣所行かなかったら、聞こえなかったと思うけど」
にっこり笑って、流し目を送ってくる。
聞いたわけですね、俺の声を。
なんで聞いたんだよ、とも言えねぇし。
「…なんで、脱衣所来たんです…?」
「そりゃぁ、悠貴とやる前に、シャワーでも浴びようと思ったんだけど?」
やる気、まんまんですね。
「俺が、相手してあげようか…?」
くすくす笑って、そう聞いてくる。
「な…ぁ…」
「一人でやるなんて、欲求不満なんでしょ」
「余計なお世話ですってば」
「そぉ? まぁ、俺が言うといやみらしいね。いやみだけど」
はっきりとまぁ、なんて人だ。
「俺は、悠貴と、ラブラブだから」
「知ってますってば。いちいち言われなくとも」
幾度となく、やってるシーン、見てますから。
「幸せそうでいいと思う?」
「…べっつに」
ホントは、ちょっと羨ましいけど、むかつくから、そう答える。
「…そ…。幸せはね。自分で掴み取るんだよ」
なぜか楽しげにそう俺に教えてくれる。
「…どういう意味…ですか…?」
「俺と悠貴だって、初めからいきなり両思いになったわけじゃないし。俺が、掴み取りに行ったの♪」
「掴み取りに…?」
「……ぐずぐずして、ほかの人にとられても、文句は言えないからね…」
少し、恐い含みのある口調でそう言いながら、また楽しそうに笑う。
この人は、悠貴先輩ゲットのために、なにしちゃったんですか…?
「素直じゃない子って。素直な子に比べると、その分、絶対、損すると思わない? それだけのリスクを負うっていうか。まぁ、悪いのは自分の性格なんだけど…」
俺のことですか?
わかってるけどさ。

「君らって、相手にほかの想い人がいたとか、そういうの、ないんでしょ。だったら、スタート位置、いいんだから。それで逃すなんて、ホント、もったいないっていうか。哀れだよ」
「哀れ?」
そこまで言いますかっ?
「哀れ。絶対、後悔するし。でも、それって結局自分のせいだったりで。哀れとしか言い様がないよ」
というか。
「なんで、俺らのこと、知ってるんです…?」
「君と、佐渡くんが仲良しってこと…? それはまぁ、いろんな情報網があるから」
悠貴先輩しかあんまり考えれないんだけど。
悠貴先輩だって、あんまり知らないはず。
ただ、啓吾が俺の部屋来ると、会うわけで。
それでなんとなくわかってるのかなとは思うけど。

あ。
そういえば、優斗が、啓吾のことで。
俺が廊下で寝ちゃってたの、見たとか言ってたよな。
じゃぁ、もし、悠貴先輩が、やってなくって、俺が廊下に出ることがなかったら、啓吾にも見られてなかったわけで。
また、少し、変わってたりすんのかなぁ。俺らの関係って。

「真綾、もう来てたんだ?」
その声の方を向くと、悠貴先輩。
「早めに来て、シャワー浴びようと思ってたんだ」
「浴びたんだ?」
「ん…。深敦くんが入ってたから、浴びてない」
少し、含みのある笑顔をこっちに向ける。
はいはい。俺が一人でやってましたから。
「だから、悠貴、一緒に入ろう…」
「ん…わかった」
二人が深くキスをする中、こっちを向いてる真綾先輩の目が、少し俺に訴えかけるように笑ってた。
…いくら素直な人の方が得したとしても。
そのセリフは、俺には言えないと思った。