「深敦くん、暗い顔してんねぇ」
「俺が慰めてあげようか?」
「だめだよ、拓耶。彼には怖い彼氏がいるから♪」
「啓吾くんだっけ。そんな怖いわけ?」
 悠貴先輩ってなんでこう変な友達ばっかつれてくるんだか…。
 部屋に戻った俺を見て、2人はベッドの上で、そう淡々と語った。
「別に彼氏じゃねぇよ」
「じゃ、慰めOKなんだ?」
 拓耶先輩がそう言って、手にしていたジュース…じゃなくて、お酒みたいなんだけど…それを、傍らに置いた。
「ってか、悠貴ももう手、出してんだろ? どーせ」
 さすが、悠貴先輩の友達。わかってらっしゃる。
「最後まではしてないって。やだな。ご挨拶」
「とんでもない挨拶ですこと」
 二人はなにがおもしろいのか、ただ笑っていた。
 酔うと、笑い上戸なタイプ…?
 酔わなくても笑ってそうだけど。
「…なんでそんな笑ってられるわけ…?」
 つい、そう言っていた。
 なんか、俺、いますっごいストレスとか溜まってる感じ…。
「深敦くん、なにがあったの…? 話してよ」
 悠貴先輩はやさしくそう聞いてくれるけど…。
 そりゃ、聞いてもらえるのはうれしいよ。
 でも、なんか、それってすっごい女々しいじゃん?
 いろんな人に聞いて、どう思う…? とか…。
 それで『啓吾が悪い』って答えに、賛同して貰っても、俺ってなにがしたかったのかわかんなくなるだろうし。
 啓吾がどんどん、周りから悪者みたいに思われるようにしてくのも、気分よくないし。
「…いい。それより、勉強するから。テスト勉強。2人はしないんですか…?」
 中途半端な敬語だよな…俺って…。
 気づいたときだけ、無理やり敬語。
 だって、全部敬語って、他人行儀って感じで変だし…。
「1日前にするかな。こー見えても真面目なのよ? 俺ら♪」
「そうそう。授業中にちゃぁんと聞いてるから、頭に入ってるかな♪」
 頭のいいやつってのは、授業中に聞いてるからいいわけ…?
 そっか。授業でやって、そのときにちゃんと理解してるんだ…。
 俺の場合、あとで部屋で復習すりゃいいやって思って、授業中は遊んじゃってるから…。
しかも、結局、部屋で出来なくって、また次の授業でなおさらわからなくって、また出来なくって、テスト前ぎりぎりに丸覚えって…。
 そんなんだからなぁ…。
「…はぁあ…。俺、馬鹿だもん…。なんで、ここ受かったのかわかんねぇし。教えてよ、勉強」
「あ、深敦くん、拓耶、数学得意だから教えてもらいなよ」
 数学か。
 まぁ、どの教科もだめだめだから、教えて欲しいし。
「拓耶先輩は、いいわけ…?」
 いいなら、ぜひとも教えて欲しい。
 やっぱ、授業聞いてなかったから、いくら教科書読んでもわけわかんねぇし。
 頭のいいやつは教科書読んで理解出来るんだろうなぁ。
 いや、俺だって、時間をかければ理解出来るだろうけど。
 時間なんかかけてらんないっていうか…。
 効率悪い。
「かまわないよ。数学好きだし♪みつるくん、かわいいし♪」
 もう、こーゆう男にも慣れて来た。
 あ…啓吾がまた、なにか言うかなぁ…。
 って、別に俺は啓吾のものじゃないんだし、付き合ってるわけでもないし?
 そんなん、気にすることじゃないよな。
 大体、啓吾を気にして自由に出来ないなんてむかつく。
 俺は、自由に生きるんだから。
 でも、恋愛ってそーゆうもんなのかなぁ…。
 よくわかんねぇ…。
 …俺も、啓吾が、誰かと勉強してたら嫌…かも…?
 でも、そんなんただの友達とするし。
 あぁあ、もう男同士とか考え出してから、俺の頭はパニック状態だよ。
「おもしろい百面相ですなぁ」
「おもしろいでしょ…? よくやるの」
 あぁ、俺、考え事してて、また表情変わってた…?
 考え出すととまんねぇから…っ。
「じゃぁ、教えてください。数学」
「らじゃりました♪あ、俺の部屋あとで教えとくね。俺がここ来てもいいんだけど、どーせ悠貴が彼女連れ込んでたりするっしょ」
 さすがだぜ、拓耶先輩。
 よくご存知で。
 それに、啓吾も来るかもしんないし、少し離れたいから…。
「…ね、拓耶先輩は彼女いないわけ…?」
 この人は、危ない人…じゃないといいけど…。
 なんていうか、うかうかついてって、また襲われたりとか…。
「いるよ♪めちゃくちゃかわいいの。彼女の話、しだすと止まらんよ、俺は」
「拓耶は、こう見えても、彼女以外の子には、ほとんど手、出さないから安心して大丈夫だよ」
 おっと、俺が警戒しているのが、悠貴先輩にバレてしまったようだ。
 にしても、ほとんどって…。まったくではないんだ…?
 まぁ…大丈夫か…な…。
「こう見えても〜は余計だけどねぇ。ホント…。彼女に悪いで、せいぜいやってもキスまでだわ。まぁ、遊びでなら口でしたりもすっけど…? それは双方合意でなきゃやらんし、みつるくんが嫌がる分には手、出さないから、安心して大丈夫だよ♪まぁ、出したらなんか、罰でも与えてくれてかまわんから」
 いや、そこまで言われると、警戒しちまってるってのが悪い気がする…。
「別に、そんな疑ってるとかじゃないんで…。じゃぁ、明日、行っても…」
「よいよ〜♪あ、アドレス教えとく」
 俺は、拓耶先輩に、アドレスを教えてもらって、その後、お風呂に入りに行った。



 啓吾が頭いいだとか、晃は言ってたけど、実際って知らないんだよな。
 そう、もしかしたら啓吾と晃の中学校が頭悪くって、その中でよかっただけかもしんないし…。
 この高校でどんくらいなのかはさっぱり。
 今度のテスト、ある意味楽しみかも…。
 
こうやって、1人になると、つい考え込んじまう。
 ほら、ほかの人がいるときはいろいろ話したりするからいいんだけど、1人だと、いろんなことを深くね。
 啓吾が怒ってたのは、結局は、俺が先輩とも仲良くしてたからで…。
 それってヤキモチみたいなもんだって考えちゃってもいいのかよ。
 だからって、あんな態度、おかしいって。
 はぁあ。春耶みたいなのが彼氏だったら、また違ったんだろうな。
 あいつは、絶対、晃のこと、責めたりしないだろうし…。
 
 

 一人でやってろって言われたとき。
 ものすごい罪悪感に見舞われた。
 なんで俺、今日、寝坊しちまったんだろうって。
 寝坊しなければ、先輩にやられることもなくって。
 啓吾に後ろめたいこともなくて…。
 呆れられたりせずにすんだかもしれない。
 
 あれ…違う。
 隣のクラスの子。
 あの子が気になってしょうがない。
 かわいい子だから榛先輩がもしかしたら知っていたかもしれない。
 いや、榛先輩じゃなくても、悠貴先輩や拓耶先輩だって知ってたりして。
 でも、あの子の名前も知らないし。

 啓吾と…喧嘩しちゃった。
 俺に飽き飽きしてる?
 あの子の方が、いくら態度が違うとか言っても、いい子かもしれない。
 好きだとか素直で。
 
 俺…
 もうやめよっかなぁ。
 啓吾のこと、諦めようかとか思う。
 うるさいし、意地悪だし。

 諦めるっていうか…。
 嫌いになれたらラクなのに…。
 もとはと言えば、啓吾がつっかかってくるから、だから、気になって。
 こいつって俺のこと、好きなのかなぁとか、自惚れたこと考えちゃって。
 意識しだすと止まらなくって。

 気がついたら、俺も…。
 好きになってたっていうか。
 俺につっかかってくるのが当たり前みたいな気分になってたから、そうされないとどうしたんだろうって思う。
 うぅん…。
 来る…だろ…?
 明日になれば、なにもなかったみたいに…。
 お仕置きとか言って、また恥ずかしいことさせるだろ…?

 そう思うんだけど…。
 なんか、今日の啓吾って冷たいような…。
 俺の態度が悪かったせいもあるんだろうけど。
 俺が無節操だから…?
 だって…
 そんなこと…ないはずなのに…。
 和奏先輩に指でされたときだって…
 啓吾のこと考えてたもん。
 
 だったらなんだよ…。
 俺は、あの子みたいにいっつもいっつも好き好きビームを出してりゃいいわけ…?
 無理だよ、そんな恥ずかしいこと。

 もう戻れないとこまで、啓吾のこと、好きになってるんかなぁ…。
 うーん…。
 
 考えすぎてのぼせそう。
 とりあえず、俺は風呂を出て、逆に疲れた体をベッドに沈ませた。
 
「みつるくん、のぼせた?」
 拓耶先輩の声。
「んー…」
 ホントにのぼせてるや、俺。
 曖昧な返事を送ってた。
「ほんわかだ、ほんわか♪」
 そんなことを言って、俺の頬を軽くペチペチと叩く。
 なんなんだ、この先輩は。
 ホントにこんなんで数学できんのかよ…って、それは失礼か。
 数学が得意ってことは、パソコン部とか入ってんのかなぁ。
「ね…拓耶先輩って、何部…?」
「んー。美術部ですよ♪」
 優斗の部かよ。
 そう言われればノリが美術部っぽいかも。
「絵、描けんのかよ」
「まぁね〜♪こう見えても絵は得意な方よ、俺。っていうかね…。好きなんだ。上手い下手とか得意苦手とかじゃなくって、描くのが好きで。たとえば、それが他人には下手な絵に見えたとしても、俺は満足な絵を描くし、俺が自分で見て下手だと思っても、描くこと自体が楽しいから…。確かにさ、美術部ってうまいやつが集まるからそーゆうとこで自分が描くと回りと比べちゃったりしてへこむかなとか思ったんだけど、やっぱ絵を描いていたいし、入らなくっても描けるけど、絶対に入っておけばよかったって思うだろうし。そもそも部長が、楽しくをモットーにしてて…」
「拓耶。そこらへんにしとけって」
 悠貴先輩が軽く笑いながら拓耶先輩を止める。
 びっくりした。
 絵が描けるか聞いただけなのに、こんな変な信念を…。
「ごめんごめん。たまーに語り出すと止まらないときがあって」
 変な数学の証明とか聞いてるみたいに難しく思えた。
「みつるくんは? 絵、描かないの?」
 苦手…なんだよな…。
「…好き…だよ。でも…」
 下手だし…。
「画材とかいろいろ置いてあるし、楽しいよ」
 いろんな画材とか使ってみたいけど…。
 俺の絵なんて、人前にさらせねぇもん。
 でも、さっき拓耶先輩が言ったように、入らなかったら後悔する…?
 っていうか、入った人を羨ましく思うんだろうな。
 いろんな画材使えたり…。
 それ以前に、俺は絵のうまい人が羨ましいんだけど…。
「じゃ、明日、美術室、行こ♪」
 考え込んでる俺を見てか、拓耶先輩は、そんな提案をする。
「…え…やだ、俺、絵、描けないって」
「今日から1週間はテスト週間だから部活ないよ。画材、気になるんでしょ」
 じゃぁ、部員はいないってこと…??
「行こ?」
「うん。行く」
 そこで、ついでに勉強も見てもらえば…。
 違う違う。
 画材見る方がついでか。
 勉強するにもせま苦しい寮の一人用の机なんかよりずっといいし。
 黒板とかあると、ラクに説明してくれそうだし。



 というわけで。
 俺は明日、美術室に行くことになった。