「…おい、深敦…起きろって…」  
春耶の声だ。
「…あ…ぁ…。いつ戻って…」
「だいぶ前だけど…そろそろ夕飯食べた方がいいし、起こした方がいいと思って…」
 時計を見ると、7時。
 目が、なんかボーっとするのは、寝起きだからか、泣きすぎたからか…。
「早く、ズボン履きなって」
 げ…。
 そういえば、俺、脱いでたっけ。
 春耶がかけたのか、軽い布団が被されていた。

 受け取った、ズボンと下着をとっとと履いて、俺は、机の上に置かれた封筒を手にとった。
「…あぁ。それ、深敦のなんだ…?」
「…見た…?」
 春耶の机だから、春耶が見てもおかしくはない。
「見てないよ。先輩のか、わかんなかったし…」
 ルームメイトの先輩…?
 そっか…。
 机に名前があるわけじゃないから、はじめてこの部屋に来た奴は、先輩の机と、春耶の机の区別がつかないだろうし…。
 間違えて手紙を置くことだって考えられる。
 そこまで、考えるのか。春耶はすげぇな…。


「…春耶は、夕飯、もう食べたわけ…?」
「…まだ…だけど…。今から行こうかとさ…。なんか、買ってきてやろうか…?」
「…なんで…そんな…。俺も、行くって」
 春耶は、机の引き出しから、鏡を取り出すと、俺の前に見せる。
 そこに写った俺の目は真っ赤で…人前に出られるようなものではなかった。
「……じゃぁ…頼む…。ごめん…」
「…深敦が悪いんじゃないだろ…? 気にすんなって」
 春耶は、なんでもないみたいに笑って、俺の頭をくしゃくしゃと撫でる。
「春耶…。お前はさ…どうして晃が好きなの…? 会って間もないのにさ…」
 春耶が、晃と出会った時間ってのは、俺が啓吾と会った時間と同じわけで…。
「…理由を聞かれると困るかな…。ほら…ものすごくかわいがりたくなるんだよ…。いつも照れたりさ…かわいくて…。おどおどしたとことか見てると、すごく助けたくなったりするんだよ…。でも、ホントは、自分だけで深いとこまで考えてて…。かっこいいんだよ…」
 全部、俺にないものばっかじゃん…。
「…よく…会ったばっかでそこまで好きになるよな…」
「…深敦も…啓吾が好きなんだろ…?」
 好き…?
 なんだよな…。
 好きじゃなかったら…こんなに、苦しくないはずで…。
「…啓吾自体が好きなのか…わかんねぇよ…。啓吾の何が好きかなんてわかんねぇし…」
 啓吾が…俺のこと、好きって言ったり…いろいろかまってくれたから気になったりで…。
 なにも、されなきゃ、きっと好きになってなかった。
「…理由ってのは、そんな考えなくてもいいんじゃないの…? 俺も、アキが好きな理由みたいなの、さっき言ったけど…あんなの、後からのこじつけみたいでもあるし…。理由より先にさ…好きになってるんだって。本能的なもの…?」  
本能……って…。  
前、啓吾が言ってたような…。  
そうっ、たしか、本能が俺を犯したがってるとかなんとか…。
「…好きだと、犯したいとか思う…?」
「…そりゃぁね」
 俺のこと、ホントに好きだった…?
 今は…?
 …一人で…やってろって…?

また、俺、泣きそうになってる。
「春耶、引き止めてごめん…。いいよ、行ってきて…」
 そう言う声が、少し、震えてしまっていた。
「…深敦…。少しだけ、お前らはさ…かみ合ってないんだよ…。でも、別にそれは、人間的に合わないだとかそんなんじゃなくって…。意地張っちゃったり…素直に言えなかったり…そういう感じでかみ合ってない気、するんだけど…」
 春耶の言うとおり…。
「啓吾も、なにかしら余裕ぶった感じで、なんていうか長年付き合ってきた恋人みたいな態度だけどな…」
「…そ…ぅだよ…。余裕な感じとか、なんかむかつく…。なにが余裕なんかわかんねぇけど…」
 春耶は、また寝転がる俺の頭を撫でながら、軽く笑った。
「…余裕ってのはさ…。信じきってると生まれるもんなんだぜ…? 深敦が、自分のこと好きだって、信じてるんだよ」
 信じてる…?
 まさか。
「…うぬぼれてるの間違いじゃねぇの…?」
「物は取りようだね。まぁ、俺の目から見たら…啓吾は深敦が好きだよ」
 …前、晃にも言われた。
 啓吾は俺のことが好きだって。
 どうして、お前らはそう言うんだよ…。なんの根拠があるんだか。
「…わかんねぇよ…」
「…そういえばさ…。深敦、隣のクラスの子が、態度が違うとか怒ってたじゃん…。でもさ…あんな感じに…誰に対してもおんなじ態度だなんて、ありえないと思うんだ。そりゃ、あの子の態度の違いはオーバーかもしれないけど…。俺が知らない啓吾を深敦が知ってるように……深敦が知らない啓吾を俺は知ってるかもしれないんだよ…。で…俺から見ると、啓吾は深敦が好きみたいだよ」
 俺が知らないところで…
 啓吾は、俺のことが好きだと思えるようなことしてるわけ…?
「深敦だって、違うだろ…? 俺と…啓吾と…」
 春耶だと、こんなに素直にいろいろ聞き入れれる。
「…うん…」
「…啓吾にも…素直な態度でいればさ…。大丈夫じゃない…?」
 恥ずかしくて、素直な態度なんて、啓吾の前で取れるかよ…。
 俺が、悪いのかよ…。
「…啓吾だって…自分のこと、なんも言わねぇもん…」
「うん…。あいつも素直じゃない部分ありそうだしな…。でもだからってどっちもが言わないでいたら、そのままだよ…。啓吾がなにも言わなくって…言って欲しいならそう聞けばいいし…」
 言って欲しい…?
「…難しいよ…」
「…わかるよ…。少し…休めよ…」
 少しってのは、一時的に、寝てろだとかそんなんじゃなくって…。
 しばらく、啓吾との関係に対して、休息すればってこと…?
「…1人で…いろいろ考えてみるのもたまにはいいかもよ…」
 一人で…やってろってのが思い出されてしまう。
 あぁ…。でも、春耶の言うとおりかも。
 今、また啓吾に会っても、むかついたり言い合ったりで、結局、もっと悪化することしか想像出来ない。
「…わかった…」 
そう答える俺に、春耶はにっこり笑うと、部屋を出て行った。




春耶と話してると、なんか落ち着く。
俺は、顔を洗ってすっきりさせ、またベットに転がった。
考えることが多すぎて、なにから考えればいいのかわからない。
とりあえず、思いついたのは、春耶の写真を晃にあげようってこと。
あ…でも、今、晃は春耶と夕飯食べてるのかなぁ…。
つまんない…。

「こんばんわー」
 っと、そこにドアを思いっきり開けて、飛び込んでくる奴が…。
「…珠葵…っ!?」
「あれーっ。深敦くんじゃん。俺、部屋、間違えたっけ…」
「んー、ココは春耶の部屋だけど…。なに、珠葵って、春耶とそんな仲よかったっけ」
 元は、春耶を伝って俺ら仲良くなったんだけど…。
 ずっと、珠葵は俺や晃といたから、忘れがちだった。
「春耶くん、わりとおもしろいからね〜。でも、今日は、御神先輩に用が合ってきたんだよ。いないの…?」
 御神先輩って…誰だろう。
 春耶のルームメイトか…?
「そういえば、いねぇな…。どっか泊まりじゃねぇの…?」
「そんなぁ…。まぁしょうがないか。で、深敦くんは、どうしたの? 泣き虫さんだねぇ」
 やっぱ、目、赤い…?
 でも、変に『大丈夫かよ…』って深刻に心配されるとかじゃなくって、珠葵の場合、わざとなのかわかんねぇけど、なんでもないみたいな軽いノリで聞いてきてくれるから、気楽だった。
 春耶も、あえて聞こうとはしなかったっぽいよな…。
「…ちょっとな〜…」
「あ、いじめられた…? 駄目だよー。がんばらないとっ」
 理由…聞かないんだ…?
 まぁ、大体、想像つくかもだけどさ。
「…暗くならないでよっ。深敦くんらしくないんだからぁっ。がんばって」
 がんばって…か…。
「……ごめん、珠葵…。がんばり方、わかんない…」
 作り笑いを向けるけど、そんな俺を見て、珠葵は泣きそうな顔になってしまっていた。
「…深敦くん…」
 珠葵は、ベッドに起き上がりかけている俺に、飛びつくように抱きついた。
「深敦くん…。駄目。見ててつらいよ」
「…珠葵……」
 そっと、ベッドに押し倒されて、布団もかけられる。
「おやすみ。寝れば忘れるよ」
 …そんな…こともないだろうけど…。
「ありがと」
 珠葵は、御神先輩がいなかったということもあり、電気を消してくれて、部屋を出て行った。
あぁ、俺、いろんな人に心配かけちゃってる…?
がんばらないと…。  
でも、どうすればいいのかわからないから、ひとまず、休んでた方がいいのかなぁ。


「水城…? 真っ暗じゃん。起きろって」
 啓吾の声…。
 あぁ、俺が、春耶だと思ってるんだ…?
 にしても、人の出入りの激しい部屋だな。
 俺はそのまま寝たフリをした。
「…ちょっと相談したいことがあってさぁ…。聞いてる…?」
 そう言って、啓吾は電気をつける。
 俺は、まだ寝たフリをするしかなかった。
「あれ…」
 誰に言うでもなく啓吾はそう漏らす。
 バッカだなぁ、間違えてやがる。
 俺は、少し笑いを堪えて、そのまま目を瞑っていた。
「…深敦…?」
 今、話してもまともな話なんてたぶん出来ない。
 また、言い合って悪化するだけ…。
 今回は、寝てるフリをし続けた方がいいと思う。
「…寝てる…?」
 俺が寝てるのを確認してからか、啓吾はまた電気を消した。
 いくら寝てるフリしてても、電気つけられたりしてたら、変に顔が強張るしで…。
 やっと安心して、寝たフリが続けれるってもんだ。
 というか、ホントに寝よう……そう思ったときだった。
 前髪をかき上げられる感触。
 啓吾の指だ…。
 なんか、俺、髪の毛触られるのって実は大好きで…。
 暖かい感じがするし変にどきどきする。
 ひとりでやってろって言ったくせに…。
 なんか、こーゆうやさしい感じの啓吾ってはじめてな気がする。
 春耶が言ってたように、俺が知らないだけで、啓吾にもいろんな面があって…。
 俺が知ってるのは、啓吾が俺に見せる面だけで。
 ほかはよく知らない。
 たぶん、今の啓吾は俺が寝てると思ってるから、いつもと違う面なんだ…。  

 

「深敦?」
 今度は春耶だ。
「なんで真っ暗なんだよ」
 そう言いつつ、春耶は電気をつける。
「あ…啓吾もいたんだ…? 俺、邪魔…? つっても、俺の部屋なんだけど…」
 あ…、なんか、から揚げチックな匂いがする。
 飛びついて食べたいって。啓吾どっか行け。
「…水城…。なにそれ」
「…深敦に買ってきたんだよ。啓吾は、なんでココに来たんだよ。深敦に用事…?」
 とりあえず…夕飯について突っ込まれないようにか春耶が早々と話題を変えてくれる。
 だって、『なんで、深敦は夕飯を食べに行かないんだ』とか聞かれたら困るし…。

「…いや、深敦はもういないと思ってて…。水城に用事」
「俺…? 何…」
 そういえば、春耶に対して啓吾ってどんなんなんだろう。
 俺の知らない面…。
 また、みんな一緒にいるときとは違うんだろうな、2人だけだと。
 友達同士の語らいみたいな…。
「…水城さぁ…。アキが他の奴にもし、なにか手、出されてたらどうする…?」
「…手…? どんくらいだよ。キスとかそんな感じ?」
「…最後までは行ってなくても…とりあえず、他の奴にイかされたりしてたらさ…」
 俺のこと、置き換えて言ってるよな…。
「…そりゃ、嫌だよ。むかつくし…。そいつのこと、殴るかもしんねぇし?」
「アキのことは責めねぇの…?」
「アキには嫌われたくないからね…。そんな責めねぇよ…。だいたいアキみたいなタイプだと…断るの苦手だろうし…」
 俺は、めちゃくちゃ責められたって。
「…やられちゃっても『しょうがない』でくくってる場合、どうすればいいんだよ…」
 春耶に言うというよりは、独り言みたいに啓吾は言った。
 だって…しょうがない…。
「…啓吾はじゃぁ深敦にどうして欲しいんだよ…」
「…俺…ってさ…。結局、深敦のこと無理やりやった奴とかと同じことしかしてねぇわけ…。そこに好きっていう感情があるかないかの違いで…。深敦にとっては、他の奴とかわんねぇんだろ…」
 春耶の質問には答えないで、そう言った。
「そんなことないだろ」
「…好かれてるかわかんねぇし。…まぁいいや。また…今度。ちょっと…もっかい一人で考えるわ」
「…プラス思考で考えろよ」
 そう言う春耶に少し啓吾は笑うみたいにして、部屋を出て行った。
「…深敦…? 寝た…?」
「…起きた…」
 というか起きてた…。
「…じゃぁ、聞いてただろ…? 啓吾も悩んでるって」
 どうすればいいんだよ。
「…春耶…。もう…いいよ。俺、よくわかんなくなってきた」
「もういいって…」
「…啓吾が悪いんだよ。馬鹿だからさ。だって、あいつが一人でやってろって言ったんだぜ? 俺はもうしばらく一人でいる」 「…なんで、そーゆうことは啓吾に従うわけ…?」 そっか…。 啓吾の言うことに従うってのもなんか嫌だな。
「…少し…離れとく。なんかさ。いきなり過ぎたんだよ。いろいろ。ちょっと離れて、自分の気持ち、考えてみる」
 春耶は、わかったと頷いて、俺にから揚げらしき匂いのする箱を渡してくれた。



「…あ、深敦。そういえば、もうすぐテストだけど、なんか勉強とかしてる?」
 テスト…?
 忘れてた。
「…まだ。1日前にやらないと忘れるし。取りあえず、提出するノート写してるくらい」
 そうだ。
 テストに専念しよ。  
 
俺は、春耶の買ってきてくれた、から揚げ弁当を食べながら心の中でそう決めた。