啓吾は、俺を抱きしめてくれて、手元のスイッチで電気を消した。
なんとなく、この表情とかが見られないで済むと思うと、ほっとする。

俺の横に寝転がって、手を握ってくれる。
普段、してくれないような優しい行為に無駄にどきどきした。
横を見て確認すると、そっと口を重ねてくれて。

なんか、こういうあまったるいの、すっげぇどきどきする。
けど、すごくほっとする。
安心できた。

そうだ。
ピーチパイ。
せっかく持ってきたんだし、暗い状態のうちに言ってしまった方がラクかも。

「啓吾…今日、俺、ボーリング行かなかっただろ…?」
「あぁ。先約があるとか、なんとかで来なかったな」
「実はさ…その…湊瀬榛先輩と会ってて」
俺、普段、榛先輩って言ったり、湊瀬先輩って言ったり、相手によってバラバラだけど。
啓吾相手だとどう話してたかわからなくって、フルネームで言ってしまう。
そうとう緊張してんのかよ、俺は。

「珍しいな。写真でも撮ってた?」
「違…。ちょっと興味があって、お菓子作ったんだよ。たくさん作って、珠葵にももうやったんだけどっ……啓吾にも持ってきたから…っ机の上」
珠葵にもあげた。
啓吾だけじゃないって、一応、伝えれてよかった。
ぬか喜びさせちゃ悪いし。

「啓吾、あとで一人で…食べろよ」
いま、一緒に食べたりするのって、やっぱり無理だ。
恥ずかしいし。
つい、啓吾の視線から逃れるために、布団の中へと顔をうずめた。
「わかった」
啓吾は、そう言って、俺の頭をなでてくれた。


「…じゃあ、深敦は菓子作ってて今日、ボーリング来れなかったわけ?」
「1週間くらい前から、テスト終わったら作るって約束してたんだよ…」

ずっと、頭をなでてくれて。
すっげぇ恥ずかしいんだけど、すごく安心できて。
不安が取り除けてきていた。

不安。
思い出したのは楓だ。
やっぱり、楓は気になっちまう。
さっき、啓吾は俺のことで悩んでるなら言えよって言ってくれた。

聞いても、うっとおしいって思われないよな。
いまなら…このタイミングでなら聞けそう。

「啓吾…ってさ。楓のことはどう思ってんの…」

ちょっとだけ、軽い感じで聞いてみる。
嫉妬してる女みたいにならないように。
そう思いながら。

「…ただの友達だけど」
「楓は…啓吾が好きっつってたよ」
「深敦、お前からかわれてんだよ。んなわけねぇし」
軽く聞く俺に、啓吾もなんとなく軽く返してる感じがして。
微妙な感覚。
からかわれてたって?
「なんでそう言いきれるんだよっ。楓がそう言ってたんだよっ」
もし、かわかわれてたんだとしても、楓が啓吾を好きじゃないってこととは繋がらないし。
「前からだけど、お前ってどうしてそうマイナス思考な方、信じるわけ? 楓より俺の言うこと信じりゃいいやんか」
「だってっ…」
不安だから?
俺、啓吾のこと信じれないんだろうか。

「楓は…俺らのクラスの別のやつが好きだって。そう聞いてる。だからたまに相談乗ったりしてんだよ」
楓が、俺らのクラスの別のやつが…?
啓吾じゃねぇの…?

「…誰…?」
「口止めされてっから。俺は、楓にお前が好きだって伝えてある」

誰かはわからないけれど、とにかく啓吾じゃないやつで。
啓吾は俺が好きだって。
楓にまで伝えてくれている。

なに俺。
結構、ちゃぁんと啓吾に尽くされてんじゃん。
嬉しいかもしんないし。

顔を上げると、自然とまた、口が重なった。


「菓子、見てもいい?」
「っだめっ、まだ、だめっ」
それが恥ずかしいことには変わりない。
「なんで。榛くんと一緒に作ったんならそんな変な出来でもないんだろっ」
「変ではないけど…なんとなくっ」
「わかった。じゃあ、なに作ったかだけ、教えろよ」
だから、それが言いたくないんだってば。
「うるさいっ。なんでもいいだろっ。菓子なんだよ。パン系のケーキ系の菓子なんだってっ」
「わかった。後で見るから」

まだ。
緊張しちゃうかもしれないけれど。
好きだからしちゃうわけで。
しょうがねぇよ、それは。
俺は、啓吾を信じてくしかねぇし。

うっとおしいやつになっちまうかもしれないけど。
もうとにかくがんばるしかねぇだろ。

俺は、こっそりと、啓吾の手を握り返した。