俺は、一人でとぼとぼとボーリング場へ向かう。
なんか寂しいな。

隣接したゲーセンのところで珠葵を見かけ、安心した。
珠葵の方も俺を見つけてくれて、駆け寄ってきてくれる。
あぁ。かわいいなぁ、あいかわらず。

「深敦くん、俺ね、一番だったよ」
そう言って、スコア表を見せてくれる。
意外な特技だな、珠葵。
なんとなく、啓吾とか春耶とかの方が出来そうなんだけど。

「いい匂いするねぇ」
そう俺へと顔を寄せる。
「へ? そうか?」
「なんかね。ケーキっぽい」
あぁ。
ピーチパイ作ってたから。
匂いついてんのか。
「わかんの? 珠葵、鼻良くねぇ?」
「普通だよ。なに、なんかケーキ食べたわけ?」
「いや…」
俺は一応、周りを確認する。
「ちょっと、作ったんだけど、秘密にしておいて欲しいんだよ」
「作ったのっ!? どうしたのさ、いきなり。まぁいいけど。秘密ね」
「うん。珠葵の分もあるから」
「ホント? ありがとー」

俺らは啓吾と春耶と晃と合流して。
5人で夕飯を食べに行った。

飲食店まで来ちまえば、俺のケーキの匂いなんて消えてしまうだろう。



やっぱり、俺と啓吾の距離は少し離れていた。
いつものことだけど。
俺は、あいかわらず珠葵の近く。
啓吾は春耶の近くにいるもんな。

夕飯も食べ終わって、またなんでもない話をして、みんなで寮へ帰る。
なんだかなぁ。

自然と、『じゃあね』って。
みんなバラバラに別れるし。
そりゃ、みんなは、長い時間一緒にいたわけだし、普通だろうけど。
俺はなんとなく物足りない感じがしていた。

まぁ、どうせそんなに遅くまで遊んでたら体力的にキツいんだけど。

ベッドに寝転がってると、珠葵が来てくれる。
「みっつるくーん。ケーキは?」
そう言いながら、俺に飛びつくようにベッドへと乗りあがる。
「珠葵ってそんなにケーキ好きなんだ?」
「好き」
「…悪ぃけど、正確にはケーキじゃなくって、ピーチパイなんだよ」
「似たようなもんだから、いいよ。作ったの? くれるの?」

俺は珠葵を自分の体からどけながら起き上がって、ピーチパイのところへ。
包丁を使って、切り分けた。

「すごいねぇ。どうやって作るのさ。テスト終了を祝って、乾杯だね」
意味不明なテンションだな、珠葵。
「じゃあ、晃も呼ぶ?」
「晃くんは春耶くんといまラブ中だから、駄目でしょ」
あぁ、そうですか。
テンション下がる。
「……深敦くんも、啓吾くんと2人でいたかった?」
少し、真面目な面持ちで聞かれる。
「いや…別にそういうわけじゃねぇよ」
「そう?」
「……あとで、あげに行こうかなぁとは思ってたけど、別にこれといって決めてたわけじゃないし」
「じゃあ、もうちょっとしたら行きなよ。あと少し一緒にいよ」
友達とはいえ、そうやって一緒にいたいって思ってもらえるのは、嬉しかった。
「うん」
俺らは、ピーチパイを食べながら、またテストの話題に。

「…なんか、出来悪くても、結果って気になるよな」
「なるなる。月曜日、さっそく4教科くらい返ってくるでしょ。深敦くん、教えてね」
「なにを?」
「点数。教えあおうよ」
「あぁ。いいよ。でも、俺、すっげぇ馬鹿だよ」
「俺もだから、いいじゃん」

友達同士って、気軽だなぁ。
そんな風に思えてくる。
啓吾と、こんな風に話しできなくなってきてるしな。
俺、意識しすぎだ。
「珠葵…。恋愛の話とかしてもいい?」
そう言うと、ものすっごい目を輝かせる。
「いいよっいいよ。もちろんっ!! むしろしてっ? 深敦くんってそういう話、したがらないと思ってた」
「…まぁ、そんなにするタイプでもないんだけど。少しだけ、聞いてみたいと思って」
なんとなく、珠葵は話やすいんだよ。



「いままで、友達だったのに、恋愛対象になったとたん、普通にしゃべれなくなるって、わかるだろ…? そういうの、どうすればいいのか…」
「…うーん…。俺はそういうのイイと思うけどね。もちろん、意識しないで友達みたいな状態のまま、話しやすいのもありだけど。それだったら、友達のままと変わらないわけでもあるし。恋愛対象として、意識するのって、ドキドキできるわけでしょ。初々しくていいじゃん。慣れたらしゃべれるだろうし」
俺が、啓吾のこと言ってるって、わかってるよな、珠葵は。
だけれど、あえてなにも言わないでいてくれた。
「…そっか…」
「がんばってね、深敦くん」
俺、ホント、珠葵みたいなやつ好きだなぁ。

少しまた、なんでもない話をして。
珠葵は、自分の部屋へと戻っていった。
もしかしたら、俺が啓吾の部屋にピーチパイを持っていくだろうって予測して、早めに帰ってくれたのかもしれない。

持ってくかなぁ。
俺は切り分けたピーチパイを持って、啓吾の部屋へと向かった。
なぁんか、これ渡しにくいな。
まぁいいや。
その場で考えよう。

だけれど、インターホンを押してだいぶたつのに応答なし。
ドアに手をかけると、鍵がかかっていてあかなかった。

少しだけ、安心するけれど、緊張して損したっつーか。
なんかがっかりだ。

どこに行ってんだろ。
凪先輩も、いないんだ?

春耶は晃といるかもしれないから、訪ねられないし。
っつーか、春耶が晃といるなら、啓吾は?
誰といるんだよ。

楓とか。
俺の知らない人とか。
なぁに俺、不安になってんだか。

もう寝ようか。もともと眠かったし。
それでも、少しだけ、ドアの前で待っていると、啓吾が戻ってくる。

「あ…啓吾…」
「深敦? どうしたん?」
「啓吾は…? どこ、行ってたんだよ」
俺、いちいちなに聞いてんだか。
「友達んとこ、ちょっと寄ってて」
そう教えてくれる。
友達って…?
春耶とか晃じゃないんだろ。
それだったら、名前出すだろうし。
誰…なんだよ…。

「…友達って…俺の、知らない人?」
「あぁ、そうだな」
なに緊張してんだよ、俺。
馬鹿みたい。

啓吾が鍵を開けて、部屋へと通してくれる。

知らない人ならいいじゃんかよ。
楓じゃないわけだし。

ものすごく不安だ。

「俺、ちょっとこれから出かける用事あるんだけど」
そう言われ、また、体がこわばった。
「…もう10時だろ…」
「…まぁ、そうだけど。明日休みだし…」
「春耶んとことか?」
本当は、そんなこと、思っていなかった。
だけれど、『どこ行くんだよ』とか『俺の知らないやつんとこ?』とか聞くのもいやみらしくって。
だから、春耶の名前を出していた。
「隣のクラスのさ。楓ってお前も知ってるだろ。ちょっと呼ばれてっから、顔出して来ようと」

別に。
なんてことねぇじゃん。
なんでこんなに、俺、意識してんだろうなぁ。
ただ、啓吾は仲のいい友達に呼ばれて。
少し顔出すだけだろ。
楓は啓吾のこと好きかもしんねぇけど、啓吾はそうでもなくって、楓には、俺のことが好きだって伝えてあるらしいし。
だから、いいじゃん。

「…すぐ戻って来んの?」
「別に考えてねぇけど。なに? なんかあんの?」
俺、テスト後で疲れてるし。
ぐっすり眠りたいって思ってたのに。
いまは、啓吾といたいって思ってる。
「別に、なんもねぇからいいんだけど」
そう言うしかないだろ。

俺って、すっげぇ独占欲強かったんだなぁなんて思う。

「なんとなく来ただけだし。啓吾、用あるんなら、俺帰るわ」
「…すぐ、戻ってくるから、待ってろよ…」
背を向ける俺の後ろから、そう声がかかる。
なんか、俺、泣きそうかも。
よく意味わかんねぇけど。

「俺、寝そうだし」
「…寝てていいから」
「……わかった」

なんとなく、啓吾と目も合わせられなくて。
そのまま、俺と入れ違うみたいにして、啓吾は部屋を出て行った。

待ってろよって、言ってくれた。
それだけで、満足だろ。
嬉しいはずなのに。

たぶん、俺、すっげぇわがままだから。
行かないでいて欲しかったんだろう。
でも、そんな選択するやつ、いねぇだろ。
もともとあった先約を、断ってまで俺のこと優先するなんて。
そこまで、束縛するつもりねぇし。

そんなやつ、いねぇよ。

束縛するつもりねぇけど、すっげぇ不安なんだよ。
やべぇ。
俺だって。
先約があって、榛先輩と会ってた。
ボーリング場に行く約束をしていながらも、その前に会った奴と、少しの間、過ごしてたし。

そんなの、いちいち指摘されたら、たぶんすっげぇうっとおしい。
それなのに、俺は啓吾にいちいち指摘しそうで。
我慢しないとって。
そう思う。

なんでかなぁ。
啓吾は、ホントに、俺のこと好きなのかとか?
わかんねぇけど。
いっぱいいっぱいだ。

ピーチパイを机の上において。
俺は啓吾のベッドで横になった。

5分。
10分。
時間が過ぎていく。

すぐ戻るって言ったくせに。
啓吾に直接は言えないけれど、そんなこと、考えちまう。

待ってるのに。
待ってるって知ってるはずなのに。
まだ啓吾は帰ってこなくて。

不安でたまらない。

30分たってしまっていた。
30分くらい。
すぐたつよ。
だけれど、ものすっげぇ長く感じたんだよ。
寝るに寝れないし。

本当に、帰ってくるのかよって思うわけだ。

啓吾のことで、頭がいっぱいで、寝れそうにないって思ってたのに。

やっぱり、寝不足で、俺はそのまま眠ってしまっていた。



ガチャって。
扉が開く音と、部屋の明かりで目が覚める。
啓吾だ。

机においてあった時計で時間を確認すると、11時。
すぐといえばすぐ…な時間だけれど、1時間って、長ぇよ。

いや、長くないんだけど、啓吾が楓と過ごす時間としては長いだろ。
なにしてたんだよって、聞けたらラクなのに。
聞いても『話してただけ』って言われるだろうし。
そしたらまた、なに話してたんだろうって、気になるだろうし。

啓吾は俺に覆いかぶさるようにして、ベッドに乗りあがると、口を重ねてくれた。
「んっ…ぅん…」
嬉しいことかもしれないけれど、なんだかやっぱり不安なんだよ。

口が開放されて。
啓吾はあいかわらず俺を見下ろす。

「深敦…。悪い、遅くなった」
気にしてたのか。
そう言ってくれる。
「…別に、遅くねぇし。いいけど…」
「…なにか、用で来たんだろ」
用なんて。
ねぇって言ったのに。
「別に…」
そうそっけない言葉しか出てこない。
「拗ねてんの?」
少しだけ、冗談っぽくそう言われ、図星だから余計に恥ずかしくなる。
「っなんで…。んなわけねぇし」
「やきもちとか?」
「妬くわけねぇだろ」
ため息交じりにそう言うと。
啓吾は、意外にも
「そっか」
そうとだけ言った。

なんか。
申し訳ないような気分になった。

やきもち妬いて欲しかったとか、思ってるだろうか。
だって、そんなんうっとおしいだろ。
わかんねぇよ。
どうすればいいのか。

うっとおしがられないようにって思ってるだけだっての、俺は。
それに『やきもち妬いてます』なんて言えるわけねぇし。

「啓吾は…?」
そう聞いてしまう。
「なにが?」
俺のこと、もっと気にしろよって、思っちまうから。

「啓吾……俺…」
啓吾は、俺をじっと見てくれていた。

やっぱ、付き合うの、無理かも。
なんて、頭をよぎった。
が、啓吾を目の前にして、それを口に出すことは出来なかった。
いま、別れても、元通りに戻れるわけでもねぇし。
啓吾が、俺から離れていくだけな気がするし。
だけれど、このままでも、もちろん苦しくて。
不安で、押しつぶされそうだった。

啓吾は、俺から体をどかして、ベッドへと座る。
「…んなに、苦しいんなら、付き合うのOKすんなよ…」

そう言われ、一瞬、理解が遅れる。

苦しいなら、付き合うのOKすんなよって。
もう一度、頭の中で、啓吾の言葉を理解しようと、復唱して。
理解できたわけではないけれど、涙が溢れた。

だって。
そう言おうと思ったけど、その先が続きそうになくて。
なにも言えなかった。
声が出なくって、視界がぼやけて。

苦しい思いをしている自分が、また、啓吾を苦しめてて。
「…ごめ…ん…」
無理やり押し出した声は、苦しそうで。
ものすごく自分は苦しいんだなって、また自覚させられるようで、余計に涙が溢れた。

「深敦は、なんのために答えを保留したわけ? その間、考えてくれたんじゃないのかよ。苦しいくらいなら、断りゃいいのに」
付き合うこと。
保留して。
啓吾のこと待たせた。
待ってもらった。
その間にいろいろと考えたはず。
付き合いたいって答えを出して。
それは間違いじゃないって、思えた。
それなのに、こんなにも苦しいなんて、思ってもいなくて。

上手く言葉に出来なくて。
それでも、伝えたくて。
俺は、啓吾の方へと体を傾け、腕を掴んだ。

「…深敦…苦しいんだろ…?」
優しい声で。だけど、ちょっと悲しそうな声で、聞いてくれる。

苦しくないと、首を振ることはできなかった。
そんな嘘、ついたところでバレるに決まってる。
だけれど、肯定することももちろん、できなかった。

少し、沈黙が続く。
やっと、俺の方も落ち着いてきていた。
「…苦しいと…付き合っちゃ駄目なのかよ…」
そう声に出すと、また泣きそうになっていた。

「苦しい相手と、なんで付き合うんやん…?」
「…好き…だから、苦しいんだよ。好きで、付き合って、なんで駄目なんだよ」
「駄目なんて言ってねぇけど。…俺が告らなきゃ、お前は苦しまないで済んだのかなって思うと、間違いだった気がしてくるし」
「啓吾が、告らなかったら、いずれは俺から告ってたかもしんねぇし。…そしたらたぶん、いまよりも、悩んでたかもしんねぇよ」

俺から告るなんて、そんなことは、考えにくいけど。
もしかしたらありうる。
周りがいろんなやつと付き合い出したら、そういう方向に俺だって、持っていったかもしれない。
そしたら、俺はもっと悩むだろ。
啓吾が俺のこと本当に好きなのかわからなくて。

…いま、もしかしたら啓吾は、俺が本当に啓吾のこと好きかどうかわからなくって、悩んでくれたりもするんだろうか。

「俺が告らなくても…深敦は俺に告らないだろ…」
俺のことを、言い当てて。
それに対する返答が上手くできなかった。

「…わかんねぇよ…」
たぶん、告るなんて選択はとらなかったかもしれない。
友達のまま、仲良く続けれたらいいなって。
そういう状態のまま。肩書きを必要としないかもしれなかった。


「俺は深敦を苦しめるために告ったわけじゃねぇんだよ。ぶっちゃけ、後先考えてなかったけど、俺自身が、お前と付き合いたいって思ったから、したわけ。こんな風にお前のこと、悩ませるつもりじゃなかったし」
「俺は…とにかく好きならいいやって、思って。…簡単に軽く考えてたわけじゃねぇけど」
好きで、その証明みたいなもんだって。
そう思ったから。

「深敦は、後悔してる?」
ものすごく悩んだりするけれど、後悔という気持ちは不思議となかった。
「…それはない」
「俺は、告らなきゃよかったかなって思ってる」
「…後悔…してんのかよ…」
体が、緊張でこわばった。
「…後悔っつーか…」
「…好きで告ってくれたんじゃねぇのかよ」
「そうだけど。深敦がそんなに悩むんなら、そっとしときゃよかったなって思うし」
「…告ってなくても、どうせ悩んでんだよ、俺は」
「なんだよ、それ」
「…確かに、啓吾のこと意識しすぎちゃうのとかは、困りもんだけど。他の悩みは、そりゃ、多少考え方は違ってくるだろうけど、付き合っててもそうでなくてもお前が好きで悩んでんだから、変わりねぇよ」

結構、いっぱいいっぱいで。
どれだけ自分が恥ずかしい発言してんのか、よくわからなかった。
馬鹿みたいに啓吾が好きだって言ってる気がするけれど、羞恥心を感じる余裕がない。


「…好きだから、苦しいんだよ。苦しくても、好きなら付き合っていいだろ」

そこまで言うと、啓吾はまた俺へと体を重ねてくれた。
上から、ジっと見下ろされる。
「深敦にとって、もっと、ラクな道があるかもしれないだろ」
「…恋愛でラクしたいなんて、考えてねぇし。ラクなのが幸せってわけでもねぇし」

啓吾は、俺の上にのっかるようにして、体重を預ける。
「深敦…」
耳元で、啓吾が俺の名を呼んで。
それだけで、体が熱くなった。
「後悔してねぇよ。だから…悩ませないよう努力するし。深敦も、なんか俺のことで悩んでんなら言えよ…」
本人に言えることなのか、それは。
だけれど、俺は、わかったと、頷いた。