っと、俺の部屋の前。
見覚えのあるやつ。
 だれだっけ。
 そうだ。
今日、テスト後に声かけてきたやつ。

「今から、ひま?」
「…いや、これから出かけるんだけど」
「そっか。…いや、いつも一緒いる人たち、出かけてくの見かけてさ。深敦の姿だけがなかったから。待ってみたんだけど」
なにこの人。  
悠貴先輩はいないのか。  
俺は鍵を開け、とりあえず机の上に、ピーチパイを置いておく。
暑い季節でもないしいいよな。

「…なんで俺の名前知ってんの?」
「あぁ。目立ってたから。体育のときとかさ。金髪だし。名前、人が呼んでんのとか、気にして聞いちゃってた」
 そういうことか。
 別に、この人、嫌な感じはしなかった。
 今日の発言といい、頭がいいここでは貴重なくらい、俺の心情をわかってくれそうだし。
「深敦さ。よく一緒にいる佐渡啓吾が、楓と付き合ってるって噂があるの、知ってる?」
いきなりなに言い出すんですか。この人は。
「…噂があるのは知ってるけど」
 事実はそうでないことも知ってますが。
「じゃあさ。その楓に、深敦がやたら対抗意識燃やしてんのは、やっぱ啓吾が好きだから…?」
 真面目に俺をジッと見て。
 そう聞いてくる。
 なにそれ…。
「いや、俺別に、対抗意識とか燃やしてねぇし」
「ホント? なんか、テストの結果争いみたいな雰囲気だったり、バレーの試合でも挑戦的だったりしたじゃん」
 っつーか、こいつ、結構、俺のこと見てんのか?
 …もしかして、体育でバレーのとき、啓吾と一緒のグループにいたっけ。
「別に、そういうつもりはねぇけど」
「つまり。二人が付き合ってようが問題ないってこと?」
…っつーか、俺が付き合ってんだけど。
 どう言ったもんか…。

「…付き合ってねぇだろうし」
「どうしてそう思うわけ?」
「あの子、啓吾のタイプじゃねぇから」
「あんなにお似合いなのに?」
 どうせ俺はお似合いじゃないですが、なにか。
 とまぁ卑屈になるのはやめよう。
「…あぁゆうかわいい子、啓吾は恋愛対象に見れないんだってさ」
 そう教えてやる。
「…でさ。結局、あいつらが付き合ってても、関係ないわけ?」
 本当に付き合ってたら問題だけどさ。
 付き合ってねぇってわかってるし。
「…なんでそう聞くわけ? 実際、付き合ってねぇんだからどうでもいいよ、そんな『もし付き合ってたら』みたいなのはさぁ」
「深敦が好きだから。深敦があいつらのことどう思ってんのか、気になるから」
なにを馬鹿な。
そいつを見ると、意外にも真面目な顔つき。
「…なに言ってんだよ」
 にじり寄られて一歩後ずさる。
 と、ベッドにぶつかって不覚にも倒れこんでしまっていた。
 起き上がろうとする俺を、当たり前のようにそいつは押し倒す。

 両腕を押さえつけられて。
 体をまたがれて。
 足を蹴り上げても、両腕を押し退けようとしても、動きが取れなかった。
「…やめろよ」
 そう言う俺を無視するように、首筋へと口をつける。
「んっ…やめっ…」
 跡、残るか?

絶対、啓吾って見てるから、学校ではなかったのにって思われる。  
しかも、俺、先約があるからって春耶の誘い断ったのに。  
こんなん優先したって思われたくない。

「やめっ…。俺っ、好きな人、いるからっ」
 そう言うと、そっと口を離して俺を見下ろす。
 自分で言ってて、冷静に考えるとめちゃくちゃ恥ずかしい断り方だな。
 なんなんだ、このドラマのワンシーンみたいなの。

「で…?」
「…で…? …って…え?」
で…? と言われましても。
「…お前とやる気ねぇしっ」
「じゃ、やる気にさせたらいいわけ?」
そういうわけじゃないんだよ。
ただ、刺激され続けたらきっとやる気になっちまうし。
押さえつけた俺の腕を手首で束ねるようにして。
片手でそいつは俺の両手を抑えちまう。
手が、ズボンの上から股間を何度も撫でてくるし。
「やめろってば…」
「なんで? 硬くなってきてる」
チャックが下ろされて、直に取り上げられて。
何度も擦られていく。
「んぅんっ…やめっ…っやっ」
「そんなに嫌?」
そんな、悲しそうな顔で見んじゃねえよ。
嫌がりにくいじゃんかよ。
だけど、駄目…だろ?
俺、結構こういうこうい慣れちゃって。
まぁいっかって思う部分多かったけど。
啓吾と付き合いだしたわけだし。

断らないと。
「っだめっ…だからっ。離せよっ」
そうはっきり言うと、そっと手を離してくれた。
それがちょっと意外で、ついジっとそいつを見てしまう。
「…好きな子に、ホンキで嫌がられたら、やれるわけないだろ」
俺の気持ちが通じたのか、そう言ってくれた。



「…深敦…好きな人がいるって…」
「ん…」
「…やっぱり、啓吾が好きなの…?」
言うべきなんだろうか。
でも、違うとも言えないし。
「…うん…」
しょうがなく頷いて。
そのまま、顔を逸らしていた。

「啓吾が楓と付き合ってたら深敦は…」
「だから違うってっ」
強く、そいつの言葉をさえぎるようにして、反発した。

「…それは違うって思いたいの?」
こんな会って間もないやつに、言っていいのかよ。

「…啓吾が…楓とは付き合ってないって、言ってた…から…」
そう言うしかなかった。
「それを信じてるんだ?」
「…じゃあ、お前はなんで、楓と啓吾が付き合ってるって言うわけ?」
「だって、すっげぇ噂になってんじゃん。お似合いだし、クラス違うのによく一緒にいるし」
確かに。
お似合いだよ?
俺よりもずっと一緒にあいつらいるし。
そうなんだよ。
事実がどうであれ、あいつらはお似合いで。
俺よりもお似合いだから、こいつだって、啓吾と楓が付き合ってるって思っちゃってるんだろう。

「…付き合ってないって、言ってたから…。…それ、嘘だと思ってないから…」
信じてるから…なんて言い方は恥ずかしくて出来なかった。

「…深敦…泣くなって」
「…うん…」
泣いてねぇよって。
言えなくて。
だんだんと、視界がぼやけるのを感じた。
必死で我慢する。

「ごめん、深敦…」
そう言って、俺の体を起すと、ギュっと抱きしめる。
拒めなくて。
そのまま、抱かれていた。

「深敦のこと、ホントに好きだった」
なに、言ってんの、この人。
「俺のこと、知らないくせに…」
「…好きになるのに、いちいちその人のこと、知る時間なんてねぇよ」
こんな、真剣に告白されんのって、なんかすっげぇどきどきするし。
「でも、深敦が啓吾のこと好きなの、わかったから。……もう、諦める」
「…うん…」
「……もう一回だけ、聞いていい…? 深敦はさ…。啓吾が、他の誰かを好きだったらどうするの…?」
今度は、楓の名前を出してこなかった。
俺が、『啓吾は楓を好きじゃない』って反発するのがわかってなのだろうか。
「…それでも…俺は、好きだから…」
………たぶん。
というか、そんなこと、考えられないんだけど。
たとえば本当は別のやつを啓吾が好きだったとしても。
俺は付き合ってもらえてるんだから、自信を持つべきだし。
…俺も、好きなんだよ。たぶん。

「深敦。キスだけ、していい?」
俺から体を離して、にっこり笑ってそう聞いてくる。
キスくらいなら。
それで諦めてくれるなら。
そう思うけど、やっぱり迷う。
こいつが嫌だとかそういうわけではない。
どちらかといえば、好感がもてる。
嫌いじゃない。
「…ごめん…」
「啓吾が、好きだから?」
少しからかうようにそう言って、ため息をつかれてしまう。
「そこまで、深敦は一途なんだ? そんな深敦も好きだけどね」
「……付き合ってるから…」
なんだか、少し申し訳なくて、しょうがなく、そう伝えた。
「え…?」
「付き合ってる人がいるから…キスとか、それだけのことでも、やっぱり駄目だと思うから…」
そいつの顔も見ずに、俯いたままで言う。
「…でも、深敦、啓吾が好きだってっ」
…俺が啓吾と付き合ってるって、すぐに結びつかないのは、やっぱり似合わないからなんだろうか。
「…啓吾と…付き合ってるから…」
あまりにも乙女なセリフに、羞恥心が高まる。
それを必死で隠して、なんでもないフリをした。

「啓吾と…? …うそだろ」
「…嘘じゃねぇって」
「だって、楓は?」
まったくもう。
「…噂はさぁ。啓吾に彼女がいるってだけで。楓が近くにいたから、勝手にそう思われて広まってっただけだろっ」
まぁ、その時点では、俺は付き合ってなかったけど。

「そ…っかぁ。…なに俺。彼氏持ちの子に告白すんなんて、馬鹿じゃん」
苦笑いして、俺から体を離す。

「じゃあ、楓に対抗意識燃やしちゃうのも、わからないでもないな」
「だから、別にホントに燃やしてないけど」
「楓は知ってんのかな。二人が付き合ってること」
そんなに前から付き合ってるわけじゃないんですけど。
「…知らないと思うんだけどさ。一応、秘密にしておいて欲しいんだけど」
「……わかった」
少しだけ、考えてから了解してくれた。

「あのさ。友達として仲良くしてくれる分には問題ないだろ?」
「…いいけどさぁ」
「もう、きっぱり諦めるから。俺、他の男のこと考えてる人に恋愛感情抱かないから。大丈夫」
まぁ、信じるか。
「勉学の価値観が一緒っぽいからいいよ」
「あはは。よろしく。じゃあな。深敦」
にっこり笑って、ベッドから降り手を振る。
一応、手を振り替えして。
そいつが部屋を出て行くのと見送った。
なんとなく、後姿が寂しいように思えたけれど。
やっぱり、俺が啓吾と付き合ってたのがショックだったとか。
申し訳ないことをしたような気分になってしまっていた。

……っつーか、名前聞き忘れたし。
自分の名前知ってもらえてんのに聞くのって、なんか悪い気するし。
でも、どうにか知らないとなぁ。
今度、こっそり春耶にでも聞きだしてもらうか。