駄目だ、駄目だ。  
こんなんで悩んでる場合じゃねぇっての。

 テストだし。
 それなのに、6時間目は体を動かさにゃならん体育だし。

 前回、啓吾たちのグループとあたったこともあってか、今回は別のグループとの対戦だ。

「深敦くん、元気ない?」
 あいかわらずそうかわいらしく聞いてくれるのは、朔耶だ。
「そんなことないよ」
「そぉ? 今日も、がんばろーね」

 もう、かわいいから朔耶のためにがんばるって。

「なぁなぁ、朔耶って彼氏いるわけ?」
あぁ。
なに俺、女子高生みたいな話題振ってんだ?
彼氏って聞いちゃったし。
でも、彼女って感じではないし。

朔耶は少し恥ずかしそうに
「いるよぉ」
 そう答えてくれた。
 なに言ってもかわいいな、この子は。

「あのね。長谷川和也くん」
 おぉ。
 俺らのチームじゃん。
 確か、晃や啓吾と同中の。

「なぁなぁ、変なこと聞いていい?」
「えぇえ? なに?」
あ、いいんだ?
かわいいな。
「…たとえばさ……和也くんが、朔耶が知らない友達と仲良くしてたら、朔耶は少しさびしかったりする?」
朔耶は、うぅうんって、困って見せる。
「ちょっと、さびしいかも」
そう言いながらも、さびしそうというよりは、怒ってるような表情。
…怒ってもかわいいんだなぁ、朔耶は。
「…朔耶さぁ…なんか、かわ…」
かわいいなんて、自分でも驚くほど素直に口に出そうとしたときだった。

頭になにか飛んでくる。
「っいってぇっ」
ボールかっ?
くっそぉ。
まぁ、バレーの授業中だし?
注意してなかった俺も悪いけどさ。

でも、このタイミングは怪しい。

そう思いボールが飛んできた方向へと目を向けると、ほら。
やっぱり春耶だ。


「なぁああもうっ」
「悪い虫排除中」
「なんだよ、それ」

あぁあ。
あいかわらず、啓吾は楓と一緒だし?
ちぇ…。
別にいいけど。

あ。
もしかして、啓吾は俺が楓のこと気にしてるの、気づいてて。
だから、このタイミングで『付き合おう』って言ってくれたんだったりするんだろうか。

じゃなきゃこんなテスト前のぐだぐだした時期におかしいし。
まぁ啓吾はおかしな奴だから、たんなる思い付きかもしれないけど。
テストなんて気にしてないとか?

…にしても、俺って、わかりやすかったりするんだろうか。
いかにも楓に対抗意識燃やしてたりする?
そんなことないよなぁ??
どうしよう。
客観的に見て、俺、あの子に対抗してるみたいだったら。
恥ずかしいし。

しかも、あいつと啓吾が付き合ってるって噂にもなってたみたいだし。
俺、カップルに割り込んでるみたいじゃん。
ホントは逆だけど。

まぁいっか。
付き合うことになったんだし、ほおっておこう。
嫉妬なんてしないよ、俺は。

でも、啓吾の言ってた伝えたい相手ってのは誰なんだろう。
俺の知らない人。
朔耶が言うように、俺の知らない啓吾があるってのは、ちょっとさびしいような気がしてしまう。

まぁ、そんなことより、意識しすぎちゃう自分が一番困りものだけど。

でもって、テスト。
なんだかんだ言って、あんまりにも馬鹿な自分はさらせない。
自分だけだったら、悪くても構わないって気がするんだけど。
馬鹿な子嫌いみたいだし?
っつーか、頭のいい子が好きみたいな。
一応、啓吾の恋人として、それなりの点数取っときたいっつーか。

なんだ、俺。
この『出来のよい嫁』になろうみたいな考え方。
まぁ、損はないし。
がんばるか…。


今日はむかつくこともなく6時限目終了。

やっと1日も終わり帰りのST。
担任の渡部先生がいろいろとお話してくれる。

「あぁ。そういえば学級委員。昨日、委員会来なかったって連絡あったから。忘れんなよ」

学級委員ねぇ。
こんな時期くらいなくしゃいいのに。
かわいそうにな。

……ってか、うちのクラスって、学級委員、誰なんだ?
というか、係り決めとかしたっけ?

俺は隣の席の珠葵を見た。

「どぉしたのっ? 深敦くんっ」
ST中ってこともあり、必要以上にこそこそ声で珠葵が聞いてくる。
あ、なんか昔テレビでやってたどっきりの朝起しに行くときの声みたい。

「……いや、あのさ。学級委員って、俺らのクラス、誰だっけ」
つられるように、俺もそんな声で聞いてみる。
「……深敦くんじゃないっけ」
「………違うよ」
「うそぉ…っ。名前載ってた気、したけど。っつーか、だから俺、春耶くんから深敦くんの名前聞いたとき、すぐわかったし? 学級委員の子だって」
もともと、珠葵は春耶と仲良しで。
春耶つながりで仲良くなった。
珠葵が、春耶から俺の名前を聞いてたんだろうけど。

「…っなにに載ってんの?」
そこまで言うと、頭をパシっと軽く叩かれる。

「いて」
渡部先生だ。
「…お前、いまさら何言ってんの…?」
「なに…?」
「学級委員だろっ?」
「……聞いてねぇよ」
「聞いとけよ」
うわぁ、そう言い返されると返せない。

「まじで? なんで? 俺、係り決めに参加してないっ。珠葵は?」
「俺ね。福祉委員だよ」
「いや、そうじゃなくて。係り決め参加した?」
「参加っていうか…うん」

渡部先生はまた、ため息をついて。

「とりあえず、ST終わり。他の奴らは、帰っていいぞ」

そう言う声に反応して、みんながガタガタと席を立ちだした。

すると、晃が近くに寄ってきて申し訳なさそうな表情で俺と渡部先生を見る。
「…ごめんなさい。伝えてなくて…」
「いや、渡辺が伝えることじゃないからいいんだよ」
そういえば、晃の苗字って渡辺だったなぁ。
渡部先生と似てるし。
「いまさらだけど、わたべ先生でいいんだっけ。わたなべじゃなくて」
「あぁ、わたべでいいんだけど。高岡深敦は早退したからなぁ」
早退。
うーん…。
初日か?
「…あんとき、決めたんですか…」
「っつーか、後ろの黒板に係り名、書き出してあるだろ。あそこに名前書いておいてって。人数が多いところはそれぞれで話し合うか、俺が声かけるかして。3日たっても書き込みのない奴は俺が埋めると」
そんなルールがあったんですかい。
「お前だけ名前なくて、学級委員が空欄だったから」
「…俺に確認とかは取らないの?」
「係り記載したプリント配っただろー? 各自確認して、希望と違ってる奴は言いに来いって言ったし」
「みんなに言うんじゃわかんねぇもん…」
つい、ぶつぶつぼやいてしまう。
そんな、全員に言ったことなんて聞いてねぇし。

「…まぁ、高岡がどうしても嫌なら代理人、考えるけど? 誰か変わってくれそうなやつ…」
…なんか、そう言われると、俺の我侭みたいで悪いし。
「…ってか、俺なんかでいいわけ? このクラスは」
「誰からも文句は出てないけど?」
「まぁいいですけどー…。どうせ半年でしょ」
「前期は短いから、すぐ終わっちゃうって。大した行事ないし。悪いねぇ、がんばって?」
「俺、発表するの苦手だから、なんか言わなきゃいけないことあったら、代弁してください」
「…しょうがないなぁ…」
よし。
これで学級委員の一番嫌な仕事は渡部先生にまかせたぞ。
ちょっとは同情してくれてんのかな。

まぁいいや。
「で。学級委員は昨日、どっか行かなきゃならなかったんですかね」
「あぁ。生徒会室。毎週月曜日だから」
「毎週!?」
めんどくさ…。
まぁ、たまにサボっても大丈夫なんかな。
でも、昨日行かなくって、今日指摘されたってことは、すぐバレるんだろう。
あぁあ。やだなぁもう…。
「わかりましたー…」
「じゃあ、がんばって」
渡部先生は、手を振って教室をあとにする。
がんばってって言われてもなぁ。


「深敦くん、ごめんね。僕、プリント渡すのとか頼まれてたのに、深敦くんにそれ伝えてなくて…」
「…っつーか、プリント頼まれたの、ほんとは俺だけどな」
っと、いつのまにか近くに来ていた春耶が口を出す。
啓吾も、傍まで来ていた。

「だから、アキは悪くないよ。俺が伝えなかったんだから…」
「でもっ…水城くんに、僕の方から、プリント持ってかせてって頼んだんだし…。係りのことも…」
なに庇い合いしてるんですか、こいつらは。
被害者は俺様ですよ?
二人はおいといて、珠葵の方に目が行く。
「…俺は、そのころ深敦くんのこと知らなかったから、早退したのとか気にしてなかったし」
「…いや、別にいいよ。で、誰と一緒なわけ?」
自分で、後ろの黒板見りゃ早いか。
「っつーか、お前一人だし」
啓吾が上から見下すようにそう言ってくる。
「…一人?」
「そう」
学級委員って一人なんだ?
…最悪。
なんか、あまりの最悪さに、啓吾とのドギマギ感が少しふっとんだかも。

「やだなぁ、一人…」
まぁ、しょうがない。
「…お前が学級委員だったの、忘れてた」
啓吾がため息をつきながらそう言う。

別に、忘れられてても別にいいんだけど。

他に誰がいるんだ、学級委員。

「俺、今日も美術室で勉強してくっから」
みんなにそう告げ、そこでお別れ。
珠葵は一人で勉強するみたいだし。
春耶は晃と一緒だろ。

あ。
啓吾はどうするんだろう。
知らないや。
実は、俺って結構、啓吾のこと知らないのな…。

…まぁいっか。
付き合いだしたからって、急に毎日会うとかもおかしいし。
いままでどおりで…。
意識しすぎてるのは俺の方だけど…。


俺は、美術室へ行く前に、1年2組に寄った。
まだいるかなぁ。
…いた。
朔耶。
帰りのSTも終わって、帰る準備中だ。

「朔耶」
先生ももういないし、俺は、教室内に入り込んでいった。
「あ、深敦くん。どうしたの?」
「いや、このクラスってさ。学級委員だれ?」
「えっとね。憂くんだよ。ほら、バレーでおんなじチームの」

おお。
知ってる子でラッキー。
「そっか。実はさぁ、俺学級委員になっちゃって。でも、昨日、委員会サボっちゃってさぁ。憂くんいる…?」
「えぇっとぉ…。あ、いたよぉ。憂くーん」
朔耶が、呼んでくれて、憂くんが来る。
「あれ。深敦くん。どうしたの?」
「あのさ。学級委員だって?」
「うん。そうだよ」
「実は、俺もでさ。昨日サボっちゃったんだけど…。なんか、特別なこと、話してた?」
憂くんは思い出すように、首をかしげる。
「…あんまり、重要なことは言ってないかなぁ。それぞれのクラスで問題がないかとか。今後、委員会ではどういう話し合いをするのかの説明みたいな…。学級委員の仕事とか教えてくれたよ」
学級委員の仕事…。
それって、担任じゃなくって、委員会で教えてもらうもんなのか…。
「…だれが教えてくれんの? 4年の学級委員?」
「うぅん。生徒会長。学級委員って、生徒会長が取り仕切るんだってさ」
変なの…。
「総一郎先輩だっけ。生徒会長って」
「うん、そう」

あの人。なんとなく名前は覚えてるけど、しゃべったことはもちろんない。
でも、前、優斗と一緒にいたような…。仲良しなのか。
今度、聞いてみるかなぁ。
「…さんきゅー…。じゃあ、またな…」
「深敦くん、元気ないねぇ」
そう心配そうに朔耶が見つけてくれる。
かわいいなぁ、もう。
「…うん。大丈夫。テストがんばらないとな…」
あぁ、自分で言ってて、憂鬱になってきた。

学級委員だし。
なおさらテストがんばらなきゃいけない気になってくる。
別に学級委員だろうが関係ないか…。

俺は朔耶たちに別れを告げて美術室へと向かった。


「お♪深敦くーん。今日もがんばろー」
拓耶先輩、元気だなぁ。

「…拓耶先輩―…。聞いてくださいよ」
「どうしたの?」
「実は俺、どうも学級委員になってて…」
「その言い方からすると、知らなかったんだ?」
「そうなんすよねぇ…」
ホント、急だし。
「でさぁ。昨日、知らずにサボっちゃって。あとで、生徒会長に一応、昨日のこと、聞いてこようと思ってるんですけど…」
あ。
そういえば、生徒会長の総一郎先輩って。悠貴先輩と対立気味だよな。
つまり、拓耶先輩とも仲悪いのか…?
ついでに思い出した。
拓耶先輩って双子だとか。

「…拓耶先輩って双子なんですか」
「あはは♪そうだよぉ。どうして知ってるの?」
「…いや、ちょっと…凍也先輩って知ってます…?」
「凍也って…髪の赤い?」
「うん、そうです」
「知ってるよー。深敦くんて、凍也と仲いいんだ?」
もしかして、凍也先輩とも仲悪いのか…?

「…ちょっと聞いたんですけど、凍也先輩たちと、悠貴先輩、仲悪いって…」
「そうだねぇ」
そうだねぇ…って、それは肯定ですね?

「しかも、今年はまた再発しそうだし」
再発?
「なんすかそれ」
拓耶先輩は、少しだけ迷って。
「…知らない方がいいかもしれないけど、知っておかないと、深敦くんの場合、変にまきこまれそうだから、教えちゃおう♪」

そう言うと、1枚、紙を取り出して。


「なんだかんだいって、悠貴にとって、深敦くんが初めての後輩のルームメイトだから、かわいがってると思うんだよね」
そうだったのか。
ありがたいことで。
「で。どこまで聞いてる?」
どこまでって言われても。
「いえ…なんか、総一郎先輩が、真綾先輩かわいがってたから、悠貴先輩を嫌ってるみたいな…。なんか、いやがらせみたいなこともあったんですよね…?」
かわいがられた…みたいなこと言ってたけど、いやがらせだろう。
「そうなんだよねぇ…」

すると、拓耶先輩は、紙の右側に総一郎先輩の名前を、左側に悠貴先輩の名前を書く。

「総一郎先輩は、去年、真綾ちゃんのルームメイトでさ。かなりお気に入りだったわけ。で、嫉妬ってわけじゃないけど…。悠貴も、真綾ちゃんとはじめっから仲良かったわけじゃないからさ。真綾ちゃんのアプローチ、ことごとく跳ね除けてたし。総一郎先輩、怒らせちゃったんだろうね」

そういえば。
真綾先輩、俺と啓吾のこと、両思いでいいよねーみたいなこと言ってたなぁ。
真綾先輩は初め、片思いだったのか。

「俺はね。悠貴と仲いいし、悠貴がどんな気持ちで真綾ちゃんのアプローチ断ってたかとか、全部わかってるつもりだし、いやがらせ受けてたのも、見てるから、悠貴の味方なの♪」
そう言うと、悠貴先輩の名前がある方に自分の名前を付け足す。

「凍也は、あれでしょ。伊集院先輩と、喫煙仲間だかなんだかでつるんでるから、こっち側」
そう総一郎先輩側に名前を付け足す。
「優斗先輩も喫煙仲間だし。凪ちゃんは優斗先輩の彼女だし、凍也とも仲いいし。とくになにか悠貴にすることはないだろうけど、こっち側」
そう総一郎先輩側に名前や関係を書き足していく。
「なんか、悠貴先輩って、強いとか聞いたんだけど…」
「うん。喧嘩、強いねぇ。だから、誰もあんまり手、出さないんだろうけど。生徒会との対立に関わりたくないって思ってる人は、近づかないだろうしね」

そんな秘密があったんですね…。

「…いまは落ち着いてきてるんだけどねぇ。あろうことか、真綾ちゃんが今年、学級委員になっちゃって。悠貴も総一郎先輩も、また意識しだすかもしれないし。不用意にお互いの名前、出さないようにね?」
「はぁ…」
なんか、そう言われると緊張するなぁ。
「深敦くんを巻き込むつもりはないけれどさ」
そう言って、俺の名前を紙の真ん中あたりに書く。
「総一郎先輩とは、学級委員だからこれからつるむでしょ。凍也とも仲いいし、優斗先輩とも、凪とも…」
「いや、でも俺、別に…」
「わかってるよー。ただ、悠貴は総一郎先輩が、たぶん嫌いだからさ…。でもなぜかあの二人、交流あったりもして、詳しいことはよくわかんないんだけどね…」

悠貴先輩は、ルームメイトだし、敵に回したくないよなぁ。
ってか、誰ならいいってわけでもないんだけど。

真綾先輩も学級委員なのか。

なんだ。
意外に知ってる人、多かったりして。
っつーか、俺、意外に知り合い多いかも。
学年違う人でも、たくさん知ってたりするし。

和奏先輩とかいたりしないかな。


にしても、これじゃあ総一郎先輩に会いに行きにくいな…。
まぁいっか。

俺らはまた、いつもみたいに数学の勉強をして。

明日は日本史と国語のテストだから、早めにお別れ。
というか、1日前なのに、俺の勉強に付き合わせて悪いよな…。
もう明日は、なしにしよう。当たり前だけど。
拓耶先輩にはあとでいままでありがとうメールでも送るとして…。

で。
生徒会長に、どう言えばいいんだ?
学級委員の仕事聞けばいいのかなぁ。

生徒会室にいるわけ??

あ。
凍也先輩が喫煙仲間っつってたから、聞けばどこにいるかわかるかも。
というか、真綾先輩の方が、学級委員だしいいかなぁ??



よし、そうしよう。

俺は自分の部屋に戻って。
ほらいた。
真綾先輩。
……でも、当たり前だけど、悠貴先輩もいるわけで。

悠貴先輩の前で真綾先輩に、総一郎先輩のことを聞くのはちょっと難しいよなぁ…??

どうしよう。
知らないフリして聞いてしまおうか…。

「…なんか、きょろきょろしてるね」
そうあっさり悠貴先輩に見破られるし。

「えぇっと…真綾先輩が、学級委員だって聞いたんで…」
きょろきょろする理由にはならないけど…。

「うん。学級委員だよ? どうしたの?」
「実は、俺も学級委員になっちゃってて…。昨日、委員会サボっちゃったんですよ」
真綾先輩はにっこり笑ってくれる。
「あぁ、大丈夫だよ。また、暇なときにでも、生徒会長のとこに行って話聞いてもいいし。来週の委員会のときでもいいんじゃない? そんな特別なこと、話してないし」
「はぁ…」
本当は、どこにいるのか聞きたかったんだけど、悠貴先輩もいるし、これ以上聞くのはやめておこう。
だいたい、いまはテスト勉強で忙しいんだよ。

悠貴先輩も真綾先輩も真面目に勉強しているし。
俺も、便乗するように勉強をしていた。

「深敦くんって、一夜漬け派?」
「…そうですね」
「あ、じゃあ、夜遅くまで電気つけててもOK?」
悠貴先輩も一夜漬け派なのか。
「全然、いいですよ。…ついてても寝れますし」

そっか。
もし、暗くしないと寝れないって人がルームメイトだと困るよなぁ。

真綾先輩のルームメイトはそうなのかな。
今日はここに泊まるのかも。

にしても、やる気しねぇな。
俺は勉強もそこそこに、珠葵と晃を誘って夕飯を食べに行った。

「…日本史ってさ。わけわかんなくね?」
「深敦くんって、理系なんだ?」
「…そういうわけじゃないけど…。やばいなぁ…」



そんなわけで。
この3日間、寝るか寝ないかの間の世界をさ迷いながら、勉強らしきことをして。
やぁっと金曜、テスト最終日。
今日は、1教科だけ。午後から。
最後の教科、英語のテスト終了のチャイムがなった。

ぶっちゃけテストでいっぱいいっぱいで。
啓吾のこと考えてられなかった。
というか、テストと啓吾と学級委員と。
いっぱいいっぱいで、どれも適当になっちゃってるような。
駄目すぎだ。

テスト70%、啓吾20%、学級委員10%といったところだろうか。
俺の心パロメーターは。

「深敦くーん…どぉだった?」
隣から、珠葵の声。
「…死んだね。英語死んだね」
「2度も言ったね」
「珠葵がなんかグッドの比較級がグッディじゃないとか言ってただろ? それは覚えてたんだよ。ベターだっけ? でも、ベターって書けないし。ベテェって書くんだっけ」
「そこなのっ!? それ、一番初めの基本問題じゃんっ!? 大丈夫? やばくないっ?」
「…だから、やべぇよ…。っつーか、渡部先生もさぁ。もっとアイウエで選ぶやつ増やしてくれないと、勘でも当たんねぇじゃんっ」
「深敦くん、英語、勘なのっ?」
「…え…珠葵、全部考えて答えてんの…?」
うーん…と悩むように沈黙が続いた。

晃と春耶と啓吾も俺らの方に来る。

「…珠葵と深敦、なんかどんよりしてるな」

「…だって、深敦くん、勘で答えるとか言うんだよっ!?」
珠葵のほっぺがまた膨らんでる。
饅頭みたいだな。

「そう言うだけだろ。実際に勘でやる奴なんて、いねぇし」
そう啓吾が言ってくる。

なにこいつ。
勘で答えねぇのかよ。
「じゃあ、わかんねぇやつは?」
そう言うと、啓吾と春耶は、顔を見合わせてどうしてたっけ? と首をかしげる。

晃は? そう俺が目を向けると、少し迷って。
「…わかんないやつは、空欄にしちゃってたかも…」
「選択肢のあるやつでわかんなかったら、適当に勘にならない?」
「うん…そうかも」

「でも、選択肢のって、あきらかに文法おかしいやつとか意味違ぇやつ混じってるから、消去法でいきゃ残るだろ」
啓吾めっ。
なんだこいつ、むかつく。
だいたい、全部、読めねぇし。
意味わかんねぇし。

「…社会だったら文法ないじゃん」
「…なに怒ってんだよ、お前」
わからん。
なにがむかつくのかもわからんが、寝不足でテンパってきたんだ、俺。

沸騰しそうだ。
っつーかしてるのか?

「きっと、テストがうまくいかなかったんだよぉ」
そう珠葵が啓吾たちとの仲を取り持ってくれる。

あぁあもうホント、うまくいかなかった。
きぃいい。
イライラする。
終わったのにイライラする。
みんなが、意外にも出来ちゃってるとこにイライラするっての。
出来てるかどうか知らないけど。

「…なぁ? こいつら、頭いいから、ちょいずれてる感じ?」
そう後ろから俺に抱きついて、俺が思ったことを代弁してくれる。

………誰…?
「選択肢は、勘だろ? 全部読まないし」
おぉ。
同意見。
振り返って確認するけれど、知らない奴…??
見たことあるような気がしないでもないけど。

「な?」
俺に同意を求めるもんだから、とりあえず頷いてみるけれど。


「じゃ、またな、深敦」
そう言って。
教室を出て行くけれど。
…なんなんだ?
俺の名前、知ってるみたいだし。

確かに、テスト終了直後は、廊下にあるロッカーからカバン持ってきたりするから、ざわついてて。
他のクラスのやつがドア近くの俺の席に来たところで大して問題はないけれど。

知らない奴だし。

…まぁ、俺とおんなじ馬鹿かもしれないと思うと少し気が楽になった。
珠葵たちも、別にそいつが誰かとか気にする様子はなかった。
というか、今の俺に、聞く気がないのかもしれないけど。

「いまから、ボーリング行こうって話、出てんだけど。深敦、行くよな」
そう春耶が聞いてくる。
話出てるって、いったい誰と話し合ったんだか。
どうせ啓吾だろうけど。
っつーか。
俺、一夜漬けしてっから、そんな元気ないっての。
テスト終わって気が晴れたーなぁんて感じではない。
なに、みんな。
一夜漬けじゃねぇの?

「…ごめん、俺、先約あって」
そうそう。
元気以前に、俺には先約がある。
湊瀬先輩と。
「なにそれ」
軽い感じで啓吾が俺に聞く。
ピーチパイを作る…だなんて、もちろん言えるわけもねぇし。
ものすっごく恥ずかしくなって、つい顔を逸らしちまう。
そらした後で、あぁ、やばかったかもって思ったけど。
いまさら戻すことも出来ないし。

「…前から…テスト終わったら遊ぶって…約束してて…」
「ふぅん」

俺だけ、仲間はずれになった気分。
…別に、俺だって誘われたけど。
まぁいいや…。
しょうがない。

寮へと向かい。
俺が部屋に入ろうとしたときだった。
春耶が、肩を叩いて俺をとめる。
他のやつらは、それぞれ自分の部屋へと向かっていた。

「…なに?」
「いや。先約って?」
「……なんで…」
「…なぁんとなく。啓吾が気にしてるっぽかったから。俺も、なにかなぁって思って」
…まぁ隠すのもあれだしなぁ。
「別に。湊瀬先輩って知ってるだろ。あの人と会う約束してんだよ」
「写真、撮るわけ?」
そっか。それ、いい言い訳だな。
でも、俺、そんなモデルになるようなタイプじゃないし。
「…違う。買ったりはするけど。写真見せてもらったり、いろいろ。先約だからさ」
そう言うと、春耶はにっこり笑って『そっか』って。

春耶は、もしかして啓吾にもう聞いたんだろうか。
俺らが付き合いだしたこと。
それを考えると、急に恥ずかしくなる。
つい、顔をまた背けてしまっていた。
「なに、どうした?」
「…別に…」
「なぁに、ちゃんとお土産買ってきてやるって」
あ。
俺が、仲間はずれにされて凹んでるとか思ってる?
…いいやつだよなぁ、春耶って。
「うん…。あのさ。どれくらいボーリングするわけ? 夕飯とかは…?」
「食べてこようかって話してたんだけど、深敦は湊瀬先輩と食べるわけ?」
「いや。そんなに長くはかからないと思うんだけど…」
「じゃ、これそうだったら来る? 途中から合流すりゃいいじゃん」
合流できると、嬉しいかも。
やっぱりいつも一緒にいるやつらだし。
俺だけ、外されるのって寂しいから。
「うん。あの近くのボーリング場だろ? 行けそうだったら行く」
「ん。連絡待ってる」
「サンキュー。春耶」

春耶ってやっぱり気が利くよな。
啓吾も、気にはしてくれるんだろうけど、俺が気にしないように、ほっといてくれるやつだ。
たぶん、あいつは「ほおっておくことが気遣いだ」とか考えるタイプだろう。


にしても。
俺、なに持ってけばいいんだろう。
わかんないや。
湊瀬先輩の部屋とはそこまで離れていないし。
なんか足りなければ、取りに戻れば問題ないだろ。

そう思い、とりあえず湊瀬先輩の部屋へ。

「こんにちは」
「あ、深敦くん、こんにちは。…テスト、どうだった?」
「…最悪でしたよ。もう…。まぁ一夜漬けだったからしょうがないんですけどね」


そんなわけで、俺らはピーチパイを作り始めたわけだけど。
「…湊瀬先輩…。俺、これ、どうやって渡せばいいのか…」
「うーん。渡しにくい?」
「そりゃ…」
ただでさえ、気まずい状態なのに。

たとえば珠葵にあげるのとかは、全然平気。
みんなにあげてから、啓吾にも…?
あ、でも、啓吾が自分だけだとか勘違いしたらやだし。
そうだ、みんなが集まってるときに…って、なんでそんな乙女チックな行動をっ!?

…まぁいっか。
啓吾にも『みんなにもあげた』って初めに伝えよう。
差し支えのない珠葵や晃から配って。
…なんか、カモフラージュみたいな使い方して悪いけど。


湊瀬先輩は、大して材料費とか気にしないみたいで。
俺が、お金を出そうとしたらいらないと言ってくれた。

「…できた…」
結構、たくさん。
なんとなく丸いのを想像してたんだけど、長方形だった。
でも、切りやすくていいかも。

味見をしてみると、まだあったかくてすっげぇおいしい。
やっぱり、あったかいとちょっと違うよな。

ついでにお世話になってるいろんな人にもあげてしまおう。
でも、優斗にあげるとからかわれそうだな。

そうだ。
俺らが付き合いだしたのって、啓吾、誰に言ったんだろう。
俺の知らない人ってのも気になるけど、俺の知ってる人。
もっと気になるっての。
春耶には伝わってるのかなぁとか。
珠葵や晃。
…まぁ啓吾から言うとは思えないんだけど。
春耶と啓吾って、俺が知らないうちにいろいろと話してるみたいだからなぁ。


湊瀬先輩にお礼を言って。
部屋を出る。

まだ5時。
いますぐ合流すっかなぁ。
一夜漬けを3日間、続けただけあって、すっげぇ眠い。
2時間だけ眠ってそれから合流しようか。

でも、いま寝たら絶対、2時間じゃ起きない。
俺は珠葵に電話をかけた。

『あ、深敦くーん』
「珠葵? 俺、用事終わったんだけど。そっちどんな感じ?」
『あのね。俺、結構いい点数だよ』
たまに珠葵ってずれてるよな…。
わざとなのか?
「…いや、まだ、遊んでる?」
『うん。深敦くん、終わったんなら来る?』
珠葵の方からそう言ってくれるとありがたいな。
「うん。行く」

そう返事をしてとりあえず、電話を切った。