おおやけにしたくない。
そう言ったのは自分だけれど、やっぱり、晃とか春耶とか珠葵とか。
優斗とか拓耶先輩とか和奏先輩には伝えたいなって思っちゃうわけだよ。
伝えたいっていうか。
いろいろと相談に乗ってもらったし、伝えないわけにはいかないような気がするわけだ。
あ、朔耶も、なんかたくさん心配してくれてたよなぁ。
とか思っても、わざわざ電話とかして言う内容でもないし。
っつーか、恥ずかしいから。
それとなく機会っつーか、頃合見て、言えそうなら言ってみようかな…。
春耶とかは啓吾が言うかもしれないし。
「なぁなぁなぁ、どうなったわけ?」
部屋に戻るとなぜかドアの前にいた凍也先輩にそう聞かれる。
「…なんでいるんすか…」
とりあえず、立ち話もなんだから、一緒に中に入るけど。
「裏ルート情報でね。今日は深山悠貴は戻らないって聞いたから」
悠貴先輩戻らないのか。
「どういうルートで…?」
「んー…。お前、金髪のくせにさりげに真面目そうだからなぁ」
なんのことですか。
少し言いとどまってから、にっこり笑う。
「結構、お前、知り合い多いらしいな。凪が言ってたけど」
「まぁ、そうかも」
「じゃ、どいつ知ってるかしんねぇけど、4年の優斗先輩とか雅先輩とか総一郎先輩とか、3年の霞夜とか2年の尚悟とか、そこら辺の喫煙仲間といろいろ情報交換すんのよ。やっぱ、ルームメイトいるとそれなりに一応、気ぃ使うじゃん? 今は尚悟の部屋が俺らの喫煙所になってんの。で、そこからの情報」
だから、どこからですか。
っつーか、そんな喫煙仲間とかいるんだ…。
「いまいち、ルートわかんないっすけど…」
「うーん。ま、尚悟が真綾に聞いたらしいね。今日は真綾の部屋に泊まるみたいだって」
そういうことですか。
「そんなに、悠貴先輩、避けてるんですか」
「っつーか。うーん…話ややこしくなるんだけど、総一郎先輩が去年、真綾とルームメイトでさ。悠貴とのこといろいろ知ってるわけ。で、総一郎先輩、真綾が初の後輩ルームメイトだったからか、わりとかわいがってて。悠貴に嫌悪感抱いてたんだよねぇ。それなりに、ちくちくと嫌味らしいことしてたわけでさ」
あ、悠貴先輩が、真綾先輩とのことで、先輩からかわいがられてたって、前言ってたやつか。
総一郎先輩だったのか。
総一郎先輩って、今の生徒会長だろ。
真面目に見えてそういう人なのか。
だいたい、タバコとか吸ってるみたいだしな。
「俺は、総一郎先輩とか喫煙仲間だし、そっち側に立ってた人間だから、たぶん、悠貴に嫌われてっからねぇ」
そうなのか…。
「で、付き合ってもいいよって言ったんだ?」
結構、聞きたがりだな、この人。
「…まぁ、だいたいそうなんだけど…。あまり人に言わないでくれますか。っつっても、そんなに共通の知り合いがいるわけじゃないと思うから、あんま言う人いないかもしれないけど…」
「なになに、秘密なんだ? 深敦って、他、3年で知り合いとかはいんの?」
「俺は…一拓耶先輩とは結構、仲いいけど…」
「拓耶って、悠貴とすっげぇ仲いいあいつだろ? 知ってた? あいつ双子なんだって」
「そうなんですか」
「たまぁに、顔出しに来るよ、弟」
双子なのか…初めて知ったぞ。
見てみたいな。
そっくりだったりするんだろうか。
拓耶先輩、写真とか持ってっかな。
「…似てるんですかね」
「そっくりだっての。髪の色と目の色違うくらい」
「…目?」
カラコンですか。
っつーか、あなたは青いですけど。
なんだかんだでしばらく話し込んでしまう。
「…そろそろ寝ません…? 明日キツいんで」
「うーん。お前はHしちゃって疲れてんだろ、どーせ」
そう来ましたか。
そうですけど。
「っつーか、一応テスト週間よ? 深敦、勉強してんの?」
結構、忘れてた…かも。
「…俺、ちょっといまから勉強少しします…」
「まぁがんばりな。俺はいまから、誰かとヤってきます」
「なっ…!?」
彼女とでなく誰かと?
誰かって?
つい目を向けてしまう。
「…お前、どーせ遊びで出来ないだろ? そんなさ、今やってきて、お風呂入ってきました…って姿の子みたら、俺の欲求は膨れ上がるでしょ。にしてもテスト週間だしー、誰捕まえっかなぁあ」
そう言って、俺に手を振り、凍也先輩は部屋を出て行った。
変わった人……だよな…。
結局、勉強なんてできやしない。
やっぱり寝ちゃって、もう朝だっての。
しょうがない。
今日やろう。
っつーか、教室で啓吾とどう顔合わせれば…。
朝、教室に入ると、遠くの席にもう啓吾を見つける。
すぐさま顔を逸らして、俺はなんとなく目が合わないようにしていた。
なんか。
気まずい。
休み時間とか、珠葵とかとしゃべるから関わらないし。
なに、結局。
昼までしゃべんないじゃん。
接点なし。
いつもこうだっけ。
俺、意識しすぎ…。
昼休み。
啓吾と春耶が俺らのところへ来て、いつもどおり5人で食堂に向かう。
俺は、珠葵としゃべって。
でも、会話が頭に入らない。
わけわかんないって。
混乱。
啓吾の顔もまともに見られない。
「深敦、何食べる?」
そう話を振られて。
あぁ。啓吾だ。
啓吾の声だって理解できるけど、顔上げれない。
「…まだ決めてない」
珠葵がなんでもないみたいに俺に、ラーメンを薦める。
「深敦くん…?」
ほら。
晃はするどいからわかるんだ。
心配したような声で俺を呼ぶ。
珠葵はわかっててあえて言わない子だろうけど。
急に腕をとられて立ち上がらされる。
啓吾に。
やっと啓吾を見た気がする。
目が合って、ついそらして。
「水城、5時間目のノート頼む」
「…ラジャー」
「ちょっ…」
なにそれ。
どういう意味。
結構、強引に腕を引っ張って、食堂を後にせざる得ない。
「なっ…っぁ、痛いって、離せってばっ」
食堂を出てすぐ。
俺を壁に押し付ける。
「っ…啓吾、ちょっとは人目気にしろよ」
食堂入る人、みんなに見られるだろっての。
啓吾は、がっくりと力が抜けたように下を見る。
壁に俺を押し付けたまま。
「…あのさぁ…。そんなあからさまな避けかたすんなよ」
そう言われ、わかってたけど、なんか恥ずかしくなる。
「っだって…っ」
なに言い訳したいんだろ、俺。
怒ってたりするんだろうか。
そっと顔を上げると、啓吾と目があって。
つい目線だけそらすけど、やっぱり悪いからまたもとに戻す。
なに考えてるのかよくわかんないってば…。
啓吾はまた俺を引っ張って。
わりと近い保健室へと俺を連れ込んだ。
「柊先生。借りていい?」
って、おいおいおい。
「いいよ。俺、いまから昼ごはん行くから」
そう言って、柊先生もあっさり貸してくれるし。
こんなとこで二人きりになってどうすんだよ。
「っ啓吾、俺っ」
「意識しすぎ」
先に言われ、どうにも言い返せない。
「深敦、やっていい?」
「っはぁ…? まだ昼だしっ」
ってか、夜ならいいのか、俺は。
めっちゃ直球だな、おい。
啓吾が、俺にキスして。
頭がボーっとする。
俺、なに普通のラブラブカップルみたいな感じになってんの。
恥ずかしーじゃん。
だめだって、こんなの。
テスト週間なのに。
保健室借りて。
男同士だし。
駄目すぎだろ。
「もっと、普通にしてろよ。今日、お前俺のこと避けてたろ」
「っ…違…」
「違うんだ?」
違わないけれど。
「……深敦さぁ…。なにをそんな意識してんだよ」
だって。
するだろ、普通。
意識しないようにしてるけど、しちゃうだろ。
めちゃくちゃどきどきするんだってば。
あぁあ、なんか乙女チックだな。
こういうの女々しくて駄目だったりするんだろうか。
啓吾って、女の子っぽいの嫌いみたいだし。
そんな風に不安を抱くのでさえ、女々しく思えてくるし。
どうすればいいんだよ。
答えられずにいる俺を見てか、
「付き合わない方がよかった…?」
そう問う。
「な…んで…」
いや、俺が意識しすぎてるからだろう。
そりゃ、付き合う前の方が気楽に話せてたけど。
「啓吾は、どういうつもりで、俺と付き合おうって思ったんだよ…」
少し気まずくなるくらいで別れようって思うんだ?
いや、別れようって思ってないのかもしれないけど。
付き合わない方がよかったって思ってるんだ?
「…わかんねぇの…?」
逆にそう聞かれてしまう。
わかるようなわかんないような。
だって。
俺のこと好きだからだろって。
そう思うけどうぬぼれみたいで、そうだとは言いにくい。
真面目な目でそう言われると、つい気まずくて目線をそらす。
「まぁいいや。戻るか」
俺の頭をポンっと軽く叩いて、ドアへと向かう。
なんだよ、それ。
5分もたたないやり取り。
ホントは啓吾、俺とやるつもりだったんじゃねぇのかよ。
春耶に5時間目がどうとか言ってたから、ホントはサボって俺とさぁ。
そういうつもりでココきたんだろ?
俺の受け答えが気に食わなくって、やる気が失せたんだ?
あぁあ、こういうマイナス思考なのもすごく嫌だ。
難しいよ。
啓吾の気持ちもわかるよ。
こんな風に、いきなり意識して避けがちになられちゃ、嫌にきまってる。
わかるんだけど、どうにも落ち着かない。
啓吾と付き合うことになって、嬉しい気持ちももちろんある。
だから、なんつーか、すっげぇどきどきしちゃうんだってば。
しょうがないじゃんか。
俺は、なにも言えずに、啓吾の後に続いて保健室を出た。
食堂に戻った俺らは、なんとなくなりゆきで、春耶たちとは合流しなかった。
一度、出て行った手前、戻りにくいってわけでもないんだけど。
ホント、なんとなく、流れでそうなった。
二人で食事をしてても、特に会話もないし。
ただ、食べてるから話す間がないんだと思わせるために、もくもくと食べ続けた。
実際、時間も少ないし、早めに食べなきゃいけないってのはあったんだけど。
「深敦―っ」
名前を呼ばれ顔をあげると凍也先輩だ。
なんとなく沈黙が破れてよかった気さえする。
たぶん、食堂内には俺の知り合いたくさん来てるんだろうけど、俺と啓吾が二人でもくもくと食べてるところにあえて入り込むのは、この人くらいなのかもしれない。
「凍也先輩も食堂なんすね」
「たまにはねー。いつもってわけじゃねぇよ。あぁ、深敦の彼氏だっけ? こんにちわー」
啓吾は一瞬俺の方を見てから、凍也先輩へと視線を向ける。
「こんにちは」
「お前ら、早く食べないと時間なくなるぞ? 俺は次、体育だからもう行くな。ばーいばい、またな」
少しだけ、そういった話をして去っていく。
だけれど、啓吾はめちゃくちゃ不機嫌そう。
予想はつくけれど。
「…深敦さぁ。俺に『おおやけにしたくない』つってなかったっけ」
やっぱりな。
「…しょうがないだろ。凍也先輩は、お前が俺襲ってたときちょうど居合わせてたし、お前が俺に、付き合ってっつったとき、聞かれてたから、どうなったかって聞かれて…」
「結局、そうやって聞かれたら誰にでも言うんじゃねぇの? 水城たちならいいみたいなこと昨日は言ってたけど…あの先輩とはそんな仲良しなわけ?」
「っ…だって…」
違うって言い切れない。
確かに、凍也先輩とは知り合って間もないし、そこまで仲良くなっていない。
これがもっと仲のいい奴だったら、言わないわけにはいかないなって状態になるんだろうけど。
たとえば、晃とか珠葵とかだったら、聞かれて隠すのはなんかやだし。
だけど、凍也先輩みたいに少し遠い存在だからこそ、彼氏が誰かわかられたって恥ずかしさが薄いとかあって。
だから…いいと思って、つい言っちゃって…。
なんにしろ、自分からおおやけにしたくないとか言ったわけだから、どんな理由であれ、こうも早くに誰かに伝えてしまったのを悔いた。
まだ保留してるとか言って、言い逃れればよかった。
でも、嘘もやだし。
今度伝えるって言えばよかったかなぁ。
「…ごめん…」
啓吾は、ため息をついて。
「まぁいいけど」
そう言ってくれた。
だけれど、気が気じゃない。
怒ってるんだろうか。
沈黙がさっきよりも苦しかった。
「…別にさ。俺はおおやけにしたくないとも、言いふらしたいともどっちとも思ってねぇから。深敦に合わせるし。お前が言いたいなら言いたいやつにだけ言えばいいし。…ただ、俺も、伝えたいって思ってる奴、いるし。お前がおおやけにしたくないっつーなら、言わないでいようとも思ったけど」
つまり、啓吾は俺に合わせて、言いたいと思ったやつにも隠そうとしてくれてたわけ…?
「…言ってもいいわけ?」
そこまで合わせてくれてたわけだから。
駄目なんて言えるわけねぇだろ…。
「…いいよ」
結局。
そうやって広まっていくんだろうなって思ったけど。
しょうがないよな。
隠そうと思ってて、そう出来なかったのは俺なんだし。
「…誰に…?」
「あぁ。…お前の知らない人だと思うから」
なにそれ。
俺の知らない人…?
なんとなく体がこわばって、緊張が走った。
啓吾って。
俺の知らない人と誰か知り合いなわけ…?
いや、俺だって、啓吾の知らない人と知り合いだったりするかもしれないよ。
凍也先輩もたぶんそうだし、和奏先輩も。
啓吾が知らないうちに知り合った。
なに、俺不安になってんの。馬鹿じゃねぇ?
なにに対する不安なのかもよくわかんねぇし。
「ふぅん」
とりあえず、なんでもない風にそう答える。
なにこれ。
初めての感覚だ。
付き合いだすと、こんな些細なこと、不安になるわけ?
ちょっと、苦しいかも。
もっともっと。
考えてから付き合いだした方がよかったんだろうか。
やっぱり、俺だけじゃ答えを出せそうにない。
だけど、もし俺が逆の立場だったら?
啓吾が、誰かに俺のことで相談してるのとか嫌かもしれない。
でも、しょうがねぇよ。
俺、経験浅いもん。
誰かに、頼らないとわけわかんねぇ。
二人、食べ終わって。
いつもみたいな感じに、食器を返して教室へと向かう。
だけれど気分は最悪だ。
俺って、恋愛でこんなに悩むタイプだとは思ってなかったよ。
意外に女々しいんだなー…なんて客観的に分析してる場合でもない。
5時間目は、誰に相談するべきなのか、考えているだけで、時間が過ぎていた。
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