すごい。
 心臓がおかしいくらいにバクバクいってる。
「ふぅん…」
 なんで?
 とか、聞かないわけ?
 沈黙が耐えられない。
「あのさっ…別に、啓吾が嫌いとかじゃなくって、どっちかっつーと好きなんだけどっ。付き合うとかよくわかんなくて、こんなよくわかんない状態で付き合うとか簡単に答え出すの、よくねぇと思うし。だからって、考えまとまるまでなにも言わないで保留しとくのもどうかと思うし、とりあえず伝えたいし、どう言えばいいかわかんねぇけどっ」
 自分が、またベラベラ言ってしまって。  
息が切れる。
「啓吾…。ごめ…なんか、いいわけ…くさいけど…」
 啓吾は、ジっと俺を見て。
 少し目を細めるのは機嫌が悪いわけじゃなくて、視力が悪いだけだろう。
 俺を、ジっと見てるんだ。
 目が離せない。
 だけれど、啓吾の手が、そっと上がるのを確認すると、自分は悪くないとは思うんだけれど、打たれるような気がして、つい目を瞑ってしまっていた。

「深敦…」
 予想に反して、啓吾は俺の頭に軽く手を置く。
 別に、打たれる理由なんてないと思ってはいたけれど。
 ものすごく、ほっとするような感覚だった。
 だけれど、気持ちはまだ、ハラハラ状態。
 変に焦る。
「深敦さぁ…。説明くさいし、いいわけくさいし、気持ちベラベラ語りまくりだし? しかも、言葉の整理、ついてねぇし」
 駄目出しかよ。
「なっ…だって、わかんねぇもん。わかることだけ話してみたら、おかしくなったんだってば」
「だから…。整理ついてねぇくせに、話したり。支離滅裂な会話とか。馬鹿正直で、いいわけくさいけど、それって自分のこと全部言おうとしてくれてるみたいで…。俺は、好き」
「な…」
 なに、言ってんだか、こいつ。
 前向きすぎねぇ?
 たしかに、自分のこと、全部言おうとか思ってるけどさ。
 全部知って欲しいからってわけじゃなくって、中途半端に言って、勘違いされたら嫌だからであって…。
 …なに言ってんだ、こいつ…。
 驚きの方が強くて、口がポカンと開いてしまう。

「今は付き合えないっつったっけ」
「え…あ、う…ん…。もうちょっと、考えたいんだけど…」
「わかった」
 わかったって。
今付き合えないなら、もういいってこと…だったりしないよな。
 不安になる。
「啓吾っ…。待ってて…くれるわけ?」
 俺の考えがまとまるまで。
 俺って、なんてわがままなんだろう。  
今は付き合えない。
 くせに、答え出るまで待てだなんて。  
ずるい。
 そう思うけど、啓吾は、
「わかった。待っとるわ」
 なんでもないことの様にそう言った。
   
やっぱり。
 好き…かな…。
 だけれど、啓吾が俺を想ってくれるって気持ちが嬉しいと思うだけで。
 自分自身はどうなんだろう。  
 
もっと、考えたい。

 俺らは2人、部屋を出て、春耶と合流。  
晃と珠葵も呼んで、5人で昼ごはんを食べに食堂へと向かった。
 
気分がすっきりしなかったけれど、なんでもないフリをして、俺はいつもどおり、食事を済ませる。  
いつもどおり、部屋に戻ったんだけれど、落ち着く間もなくドアをノックする音。
晃だ。

「深敦くん、なんかあったん?」
「え…? なんで?」
 わかるわけ…?
 妙な緊張が走る。
「なんか…考え事してる感じだったから…」
 俺って、考え事してるとボーっとしちまうからなぁ。

「ちょっと。もうすぐテストだし? 晃、勉強してる?」
「してはいるけど、全然、わかんなくって…。…水城くんに教えてもらってるんだけど…」
 あぁ。
 別になんでもないことなのに。
 少しノロケだとかに聞こえてしまう自分がにくいね、まったく。

 俺も勉強するか…。
「晃って、どの教科が得意なわけ?」
「僕…は…。あんまり得意なのってないんだけど…。国語がまだマシかな」
「おー。俺、保健とか結構、得意かもしんないんだけど、保健得意とか言うとなんかエロいとか思われそうで嫌じゃない?」
「別に、思わないよ」
「そうかなぁ。でもなんとなく、隠しちゃうんだよ」
 
 なんてどうでもいい会話がしばらく続く。
 俺が元気だというのを確認したからか、晃はほっとした様子で、俺の部屋を後にした。


 勉強…。
 わざわざ日曜日にしなくてもなぁ?
 
 遊びに行くか…。
 昼からやることないんだよ、うん。
 明日テストってわけじゃないし。



 誰か…。

 そう思ったとき、つい啓吾は避けようだとか考えてしまう。
 相談したい。
 誰かに。
 だけど、春耶とか晃に言うのも軽軽しいような感じだし。
 なんつーか、そういうこと、啓吾と近いやつに言うと、啓吾も嫌だろうし。

 だけど、啓吾のこと知ってる人の方が相談はしやすい。
 優斗とか。
 凪先輩とか。
 榛先輩…。

 口が硬そうで信頼出来るのは慎先輩だ。
 だけれど勉強で忙しいだろう。
 凍也先輩の話はいろいろもう聞いたし…。

 そうだよ。
 また、誰かに相談するより先に、自分の気持ち、まとめないと…。
 
 なにもやる気がしない。
 だけれど、考えることも嫌で。

 つい一人でごろごろしちまっていた。


 なんか、恋愛ごとでこうもかき回される自分が嫌だ。
 
 

 結局、大してなにも出来ないまま。
 一人で軽く勉強をするだけで。
 考えがまとまらないから誰かに相談することもできず、次の日を迎えていた。



 
 駄目だ。
 またいる。
 啓吾の隣に、隣のクラスのかわいい子。
 
 昨日と変わらないんだけど、昨日よりも苦しいや。
 待ってるとか言ってくれたけど、そんな保障はない。
 
「あの2人って、付き合ってたりするのかなー」
 そういう声が聞こえる。
 やっぱり。
 そう見えるくらいにお似合い…だったりする。
 啓吾はかっこよくて、あの子はかわいくて。
 
 ものすっごい、心臓がバクバクいってるや。
 変な感じ。

 俺、なんで断ったんだろうとか思えてきた。
 あいつに取られたくないとか思う。
 だけど、それってもしかしたら、たんなる負けず嫌いみたいじゃんか。
 そんな負けず嫌いかどうかもわかんないあいまいな気持ちで受けたくないし。

 でもわかんねぇんだってば。
 
 だいたい。
 俺って、似合わないじゃん。
 いくら啓吾が俺がいいとか言ってくれても、自分にそんな自信ない。
 かわいくないしかっこよくもないし。
 マイナス思考だし、長所とか見つかんねぇもん。
 なんだよ、俺のいいところって。
 普段、マイナス思考だから、ちょっとしたことで、幸せ感じたりすることはあるよ?
 でもそんなん長所なのかよくわかんねぇもん。


「はぁ…」
 ついため息が洩れる。
「あのー…」
 呼びかける小さな声。
 そっちを向くと、春耶の弟、朔耶だった。

「どうしたんだよ。入ってきなって」
 朔耶は、周りをキョロキョロ見渡してから、俺の席までやってきた。

「なんで、そんなこそこそしてんの?」
「だって、他のクラスとか入り辛いじゃんかぁ」
「あいつとか、どうどうと入ってるよ?」
 啓吾の方に顔を向けてそう伝える。
「…そうだけどー…。たとえば、ここのクラスの誰かと一緒に入るならいいけど、なんでもないみたいに一人で入るのって難しいよ」
 わからなくもないけどな。

「で、どうしたんだ? 珍しいじゃん」
「あのねー…。楓くんが、啓吾くんと付き合ってるって噂があって…」
 楓くん?
「…誰それ。もしかしてあの子?」
「え、あ、そう。名前、知らなかった?」
 聞く気なかったしな。
「楓って言うんだ? 結構、かわいい名前なんだな」  
俺も別に自分の名前好きだからいいけど。
「深敦くんの名前もかわいいよぉっ」
「いや、別に…」  
あえて言ってくれなくてもいいんだけど。
「ありがと…」
 ここは素直にお礼言っとくか…。

「でもっ…でも、啓吾くんは、深敦くんと付き合ってるから違うんだよねっ?」
 そう必死で俺に言う。
「……いや、俺…付き合ってないんだけど…」
「えっ…えぇえ…」
 そんな不安そうにされても困るんだけど…。
「付き合ってなかったの…?」
 いつから付き合ってたことになってるんだか。
「違うよ」
「俺、啓吾くんの話題のときに、深敦くんの名前は出してないけど、彼女がいるみたいって言っちゃってたよぉ…」
 啓吾の話題?
「あいつ、なんか話題になるわけ?」
「うん。かっこいいからぁ。でも、俺がそう言っちゃったからなおさら、楓くんが彼女みたいに思われちゃってたらどうしよぉ」
 話題になるのか。
 やっぱり、そこまでかっこいい?
 あぁ。しかもいつも春耶と一緒で美形コンビみたいだしな。
 コンビっつーとお笑いみたいだけど。
 先輩たちからも、優斗の弟ってことで注目されるだろうし。
 
 すげぇやつ…なのかも…。

 確かに。
 彼女がいるって言ったら、近くでじゃれつくみたいなあいつが、彼女に見える。

「…あいつら…付き合ってるっぽいよな」
「でも…違うんでしょ?」
 違う。
 啓吾は俺に告ったし。
 俺が振ったから、あいつと付き合うことにした…なんてことないだろ。
「違うんだけど、そう見えるよなって。似合ってるじゃん」
 朔耶は、なんだか泣きそうな顔をするもんだから、悪いこと言っちまった気がして焦ってしまう。
「朔耶…?」
「…どうして? 俺らだって、こうやってしゃべってて。俺と深敦くんが仲良く話してるのと、変わらないよぉ」
 …そうかもしれないけれど。
 変わるところと言えば。
「…やっぱ…。似合っちまってるもんな…」
 つぶやくようにそう口に出していた。
「そんなことないもん…。俺、深敦くんと啓吾くんが仲いいの知ってるから、2人の方がイイと思うし、もっと、前向きな考え方して欲しいよぉ…」
 そんな。
 俺の服の袖をつかんで、上目遣いにそう頼むような視線を送られるともう、たまんないんすけど。
 かわいすぎ。
 なんだ、この子。
 しかも、わざとらしくないし。
「深敦くん? 聞いてる??」
 あぁもう、そんな風に覗き込まれるとね。
 やばいんですけど。
 
 俺の精神が狂ってるときだった。
 
「痛っ」
 頭に横から、なにか飛んでくる。
 周りを見渡すと、近くに転がる消しゴム。
 消しゴムが、あたったのか…?

 誰だよ、おい。
 
 飛んできたであろう方向に視線を向けると、少したくらむような笑みを見せる春耶。
「ちょっ」
 俺がなにか文句のひとつでも言おうとしたときだった。
「なーんか、『たまんねぇ…』とか言いだしそうな顔してたんですけど」
「っなっ…!!」
 そんな、大きな声で変なこと言わなくても…っ!
 まぁ、周りもざわついてるからいいんだけど。

「……っしょうがないだろ」
 近づいてきた春耶に、ホントにしょうがないからそう伝える。
「まぁ、朔はかわいいからな」
「春とおんなじ顔だよー」
 そうなんだよなぁ。
「でも、だいぶ雰囲気違うよな。髪の色とか、春耶わけわかんねぇ脱色してるし、ピアス多いし、変な笑みとかするしな」
 にしても、やっぱりこの2人、並べて見ると、ちょっと楽しいかも。

「わけわかんねぇ脱色ってなんだよ。金まで色抜いてる奴に言われるとなぁ。ピアス多いっつっても全部で5つだろ? 
変な笑みとかわけわかんないし」
 笑いながら、俺の言ったこと全部にツッコミを入れる。
 たしかに。
 俺、金まで脱色してるしな。
 ピアスも。
 俺も2つ空けたし。
「ってか、深敦って、穴、空いてたんだ?」
 春耶が俺のピアスに気づいたのか、そう言って俺の髪をかきあげる。
「一昨日、先輩に空けてもらった」
「ふぅん。あ、じゃあ今度、貫通祝いにピアスやるよ」
「いいの? サンキュー。でもまだちゃんと空くかわかんねぇよ」
「1ヶ月の辛抱だな」
「先輩にももらったんだぜ? この二つのもだし、あと、これも」
 胸ポケットから透明な袋に入ったままの十字架のピアスを見せて。
 春耶は、それを取り上げると、やたらジーっと見る。
「結構、変わってんな、このピアス。ただの十字架くさいけど、文字入っててかっけーじゃん」
「文字?」
 俺もじっくり見ると、確かに文字入ってる。
 結構、かっこいいかも。


 そんな話をしていると。
「違うクラスのやつは、早く戻れよー」
 そう言う声。
 担任の渡部先生だ。
 朔耶は慌てるようにして俺らに手を振ると、教室を出て行った。

「俺も席着くかな」
 春耶はそう言って、消しゴムを拾うと後ろの席へと向かう。

 あぁ。
 消しゴムぶつけられたのに、怒りそこねちまったじゃん。
 まぁ、春耶の弟をいやらしい目で見た俺が悪いのかもしれないけどさ。



一人になった俺の元へ、楓って子が、やってくる。
「なに…」
なんか、ドキドキする。かわいいし。
「…ホント、啓吾くんって、かわいいなーって思って」
 俺だけに聞こえるように、そう言ってくる。

「っ…だから…っ」
かわいくねぇって…。
そんなこといちいち言わなくていいのに。
俺のこと、煽ってるんだろう。
「啓吾くんね…。頭のいい子が好きなんだってさ」
そう言われ、一瞬、体がこわばる。
「…は…?」
「だから。好きなタイプ聞いたの。君にも教えてあげようかなーって思って」
まぁ、教えてくれてありがとうですが。
頭のいい子が?
「うそだろ…」
だって、俺、昨日、告られたぜ?
あぁ…。啓吾、別に俺が馬鹿なの知らないっけ。
普段、馬鹿っぽいけど、テストとかではちゃんと点数取るやつだーとか思ってたりする?

馬鹿なの知ったら、呆れる…?

「お前、頭いいわけ?」
「別に…普通だけど…」
あぁあ、この学校の普通ってよくわかんねぇってば。

俺が、落胆してると、それが楽しいのか、
「頭、悪いんだ?」
そう聞いてくる。
「別に、悪くねぇって」
つい、そう言い返してしまっていた。
「ふぅん。じゃ、テスト、楽しみだね」
楽しくねぇよ。

楓は、やっと教室をあとにする。
テストなんてどうでもいいと思ってたけど。
啓吾がどうとかじゃなくて、なんとなく、がんばらなきゃいけないような気になってきてしまっていた。