啓吾のことは、もちろん好きだ。
 啓吾も、俺を好きでいてくれて。
 付き合わないかって言ってくれて。
 両思いで。

 断る理由はなにひとつない。
 というわけでもない。

 男同士で付き合おうとか、そういうのってわけわかんねぇし。
 それなら、男を好きだと思ってる俺自身も結構、わけわかんなかったりするけど。
 
 これって、恋愛感情であってるのかなぁって。
 友情の延長なだけじゃないかって。
 負けず嫌いだから。
 ほかの誰かに取られるのが嫌だとか。
 そう思うことがあったりして。
 結局は、友達を独占したいだけかもしれない。
 恋愛感情だなんていう、重苦しい感情ではないのかもしれない。

 自分のことがよくわからなくて。

 思えば啓吾もそうだ。
 俺のこと、恋愛感情で好きって言ってくれてるのだろうか。
 ただ、友情で。
 独占したいだけとか。
 そういうこともありうる。
 ありえないとは言い切れない。
 
 でもなんとなく。
 啓吾は俺のこと、恋愛対象で見てくれている気がした。
 普段、あいつは、春耶とばっかりいるから。
 春耶とは友達って感じがするけど、俺とはちょっと違う感じ。
 だからそれは、恋愛感情と友情の違いなんじゃないかなって思う。
 俺は?
 俺もやっぱり、そうなのかな。
 
 晃も珠葵も春耶も好き。
 啓吾も。
 ただ、違うのって、相手側が俺をどう見てくれてるかってことだけじゃないかとも思うわけだ。

 啓吾が俺のこと、あんな風に好きとか言わなかったら、こんな風に意識することだってなかったはずで。
 
 付き合うとか。
 よくわからなくて。
 
 今、啓吾が俺を好きでいてくれて。
 俺も、啓吾が好きで。
 他の誰かが入り込めば嫉妬したりやきもち妬いたり。
 だけれど、結局は、お互いが好きで。
 
 そういうので、俺は、十分だなって思ったりするわけだ。
 男同士だし。
 そうやって恋人っていう肩書きがあるのとか。
 理解しにくい。
 
 そりゃ、安心出来るかもしれない。
 俺のものだよって感じがして。
 
 だけれどそれが、なんとなく重荷な気がしないでもない。
 付き合ったり出来るほど、俺って啓吾のこと、本気で好きなんだろうかとか。
 付き合ったあとで、やっぱり駄目だったみたい…なぁんて別れたりするのは嫌だし。

 俺だけの力じゃ無理だな。
 誰かに相談しないと。
 付き合ったこととかないし。
 ましてや相手は男だし。

 誰がいいんだろ。
 大人な人?
 先生?
 いくらなんでも先生はまずいか。
 でも、生徒に聞くのも、変にすぐ噂で広がりそうだし。
 晃とかは黙って聞いてくれるだろうけど。
 なんか、啓吾のことで相談するのって、恥ずかしい気がしないでもない。

 晃とかに相談して。
 そのあと、晃と俺と啓吾で会ったときとか、妙な気まずさとか感じるわけだよ。
 そんな思いするのは俺だけだろうけど。
 それに、告られた自慢くさく聞き取られたら嫌だし。

 普段、啓吾と俺とが一緒のときには、会わないくらい、離れた存在の人がいい。

 
 悠貴先輩も啓吾のこと、知っちゃってるし。

「はぁ…」
 ため息が漏れる。
 ふと、視線を感じて、そちらを向くと、俺のことをジっと見てる人が。
「なっ…あ…。凍也先輩…っ」
「…俺のこと、すっかり忘れてなかった?」

「そんなことっ」
 ありまくり。
 すっげぇ忘れてた。

「にしても、あーゆう場面に居合わせることって、そうそうねぇから楽しいな」
というか、いつからだ。
凪先輩に手、出されてたときからいたよな…。
啓吾は気づいてたんだろうか。
気づいてたから最後までやらなかったとか?
普通に気づいてないのかもしれないけど。
「で。付き合うわけ?」
「……迷ってて」
「…なんで? 相手のこと好きじゃねぇの?」
「…好きだけど…付き合うとか…そういうのとは…」
「んじゃ、やめれば?」
あっさりそういうことを…。

「…ってか。いまお前らなんなわけ? 付き合ってなくって、でもやるんだ?」
「…まぁ…」
「セフレとか、そういうわけじゃないんだろ?」
「そんなつもり…俺はないけど…」
違うって。
言い切れないような気がして。
「じゃ、どんなつもりでやってんのさ」
そんなこと聞かれてもな…。
「流れで…なんつーか…。友達の延長みたいな…」
「お前ら、仲良しな友達なんだ?」
そう聞かれると、ちょっと違う感じがする。
友達の延長って言ったのは自分だけど、違うよな…。
友達として仲がよくって、それで肉体関係まであっちゃうって感じではない。

啓吾とやるときは、友達…って感覚とはちょっと違う気がするから。

「よくわかんなくて…」
「ふぅん…。だから、付き合うとかそういうのもわかんないわけだ?」
「だって、男と付き合うとか、どういうこと…なんすかね…」
よくわかんないってば。
「どういうって、意味なんてなくね?」
「はい?」
意味…なくて、付き合うわけ?
さっぱりわかんねぇ…。
「まぁ、意味まったくないってわけじゃねぇけど? 好き合ってて。それの証明みたいなもんだろ。両思いですって。もしくは、拘束するモノのひとつ? …付き合ってって言われるってこたぁ、お前を拘束したいんだぜ?」
少し楽しそうに、そう言われ、ちょっと俺は気分的に後ずさりした。
「逆に言うなら、向こうも、お前に拘束されてかまわねぇってことだな」
理解は出来る。
だけどなぁ。
「…それって、男同士でも…?」
「おまえなぁ。男とか女とか、関係ねぇっての。なに? 日本じゃ異性としか結婚出来ないから? だから男同士で付き合うのに抵抗があるわけ? ってか、男女だって結婚前提に付き合うとか、お見合いじゃあるまいし? そんなこと、考えずに、好きだから付き合うわけ。まぁ、中には結婚考えてる切羽詰ったやつらもいるだろうけど。 それはさておきだ。つまり、同性と付き合うことに抵抗もつくらいなら、先に、男好きになった時点で、もうアウトでしょ♪」
…そうなんだよなぁ。
すでに俺、アウトなんだよ。
こっちの世界、入ってますみたいな。
わけわかんねぇ。

というか、だからこそ、俺って、啓吾がどういう意味で好きなのか、いまいちわかんねぇんだってば。
世間体とか、気にしすぎなのか…?
啓吾が俺を好きだから。
だから、俺も好き。
そんな感じがする。
そりゃ、啓吾が他のかわいい子と一緒だったりかばってたり。
そういうことされるとむかついたりするのは、嫉妬なのかもしれない。
だけど。
それは、友達の感情としてもありうる。

「…難しいですね…」
自分の中で、さっぱり答えが出なかった。
だけれど、先輩が一応、いろいろ言ってくれたわけだし。
妥当な返答をしてみたり。

「まぁさ。迷うくらいならやめといた方がいいんじぇねぇの? とりあえず付き合ってから、見定めるって手もあるけど? 普段、よく会うやつだってんなら、そういうの大変だろうな。付き合ってるときはいいけど、別れたあととか」
まぁ、そんな先のことまでは考え、なかなか、まわんねえんだけど。
「なんつーかさ。迷った状態で、まぁとりあえず付き合おうっての、なんか馬鹿にされてるみたいで嫌だと思うし? それくらいなら、いったん、断った方がいいだろ。今の時点では、付き合えないって。そういうのが差し支えないけど?」
今の時点では付き合えない…か。
うん。それいいかも。
なにが駄目なのかって聞かれたら、自分自身の考えがまとまらないから。
好きなのかどうか。
いや、好きなんだけど。付き合うとか、そういうレベルのものなのか。

答えが出るまで、返答しないのもあれだし。
先に、いったん、そうやって断るのがいいのかもしれない。

でも、断るって、なんか、しにくいよな。
けど、こんなあいまいな状態で付き合うのも微妙だし?

いまは付き合えない。
啓吾に落ち度があるわけじゃない。
俺。
俺が自分の気持ちに自信がないから。

「ってか、この冷蔵庫の冷やし中華って、食っていいわけ?」
冷やし中華…?
それも忘れてた。
「だっ…駄目っ」
「……ふーん…。さっきのやつがくれたから?」
「……なんで、そう思うわけ?」
「さっきのやつが冷蔵庫にしまってたから」
啓吾が…?
あぁ。
俺、食べかけじゃん。
失礼…だったりする?
まぁいっか。
まだ、食べるつもりで机の上に置いといたってことで。
忘れてたけど。

「そう…ですか…」
「まぁいいけど。な。お前、今言いにいけば?」
「はい?」
言いにいくって。
啓吾に…?
「な…そんな急がなくても」
「あのなぁ、日にちおいてから断られると凹むぞ? 日にちおいてからOK出されるのもなんか嫌だけどな。なんにしろ、早い方がいいんだよ。次の日、休みだし?」
そうだな…。
1日、次会う余裕があると、学校でなにごともなかったみたいにすごせるかもしれないし。
変に、意識しちゃうとやだしな。

「…な? さっきのやつの部屋、おしかけてこいって」
「……ってか、ここ啓吾の部屋だし」
あーもう。
時間も時間だしな…。
今、春耶の部屋に啓吾に会いに行くのも…。
たぶん、起きてるだろうけどさ。

「…明日の朝、返事しに行きますよ…」
今日だけど。

夜中って感情高ぶるし、啓吾も落ち着いたら、なんであんなこと言っちまったんだろうって思うかもしれない。
俺も、よくわからないし、とりあえず、夜中に物事を考えるのはあまり良いとはいえない。

とりあえず、今は、眠ってしまおう。





「…いつまで寝てるんやん」
その声に目を覚ます。
啓吾だ。
「あ…っと…」
どう言えばいいんだか。
時計を見るともう昼だった。
先輩はいなくなっていて俺らだけ。

昨日…っつっても今日か。
告白されたことを思い出すと、一気に眠気がふっとんだ。

「まぁいいけど。いまから水城と昼飯食べに行くけど、お前、行く?」
「あ、うん、行く」
じゃなくって。
気が気じゃないから、早く返事をしたいんだよ。

「あのさぁ、啓吾っ」
財布の準備をする啓吾の背中に呼びかける。
啓吾は振り返らないで、俺の言葉を待っていた。
たぶん。
俺がなにについて言いたいのか、予想がついてるんだろう。
緊張が走って。
心臓がなんか、変にドクドクいっていた。

「……俺…今は、啓吾と付き合えない…から…」