俺って、とことんさびしがり屋なんだ。
悠貴先輩と真綾先輩、見てるとなんか悔しいような感じになってくる。
だけど、啓吾んとこなんて行けねぇじゃん?
行って、甘えることなんてもちろん出来ないし。

そのとき、自分の机の上にメガネがあるのに気づく。
借りたまんまだった。
返さなきゃ。
優斗か…。

悠貴先輩と真綾先輩、ラブラブで居づらいし。
「ちょっと、出かけてきます〜」
俺は、優斗のところへ行くことにした。



ピンポーンって。
インターホンを押して、優斗の部屋からの応答を待つ。
「はいはーい♪」
なぜかノリノリで優斗がドアを開けた。
「お。めずらしいね、深敦くんだ」
「…メガネ返しに来た」
「わざわざどうも♪」
にしても、メガネをかけてない優斗ってのは、やっぱり啓吾にそっくりだ。
啓吾がもし、にっこり楽しそうに笑ったら、こんなんなんだろうな…。
つい、じっと見入ってしまう。
「なんやん。啓っぽい?」
俺の頬を両手で包み込みながら、ワザといやらしく笑う。
あぁ、似てるっての。
「っ…うるさい」
俺は、優斗の手を払って、一歩下がった。

だけど、いまさら自分の寮には戻れない状態だよな。
絶対、2人がラブってるだろうし。

「…あのさぁ…。彼女とか、今日、呼んだりする…?」
「この部屋? 呼ばないね。ルームメイトもいないし俺一人♪いつもなら、夜、どっか出かけたりするけどさ。俺の部屋に人が来るってのはあんまないよ」
「じゃぁ、今日、泊まっても平気?」
優斗は一瞬驚いたような顔を見せる。
「無理ならいいけど」
「いやいや、構わんよ。ただ、深敦くんが俺んとこ泊まるなんて、どーゆう風の吹き回しかと思って」
「ルームメイトが彼女呼んでるからいる場所ねぇんだよ」
「で…俺んとこ来るの、めずらしいだろ」
そう…だよなぁ…。
いつもなら、どこ行ってるかな。
晃んとことか?

メガネのこともあったし…。
啓吾をさけたってこともあった。

啓吾と少し遠い関係のやつの部屋の方がいいだろうなって。
そりゃ、兄貴だから近いけど、また、学校だと違うだろ。
たとえば、珠葵とか晃の部屋に行ったら、あきらかに啓吾のこと避けてるのバレバレだし。
それは優斗でも同じことだけど。
普段、友達な奴に、そういうこと悟られると、なんか妙に気まずいときがある。
だから、優斗みたいに、友達って感じじゃないタイプがいいと思ったり。
「おいで。じゃ、いろんな奴呼んではしゃぐ?」
部屋に入り込んで、俺にそう言って、携帯を見せる。
「それとも、俺と二人で楽しむ?」
冗談めかして。
それでも、なんか、少しやさしくそう言った。

「優斗…。啓吾って…わけわかんねぇ…」
結局、俺っていつも啓吾のこと考えてるんだ。
優斗が啓吾の兄なせいもあるけど。
「…啓ね…」
少し考え込んでから、優斗はイキナリ、俺の体をベッドへと押し倒す。
「なっ…」
有無を言わせず、俺の腕を取って、口を深く重ねた。
「んぅんっ…ンっ…ゃっ」
何考えてるのか、さっぱりわかんねぇ。
両方の手を、片手で上に一まとめにされ、余った手で、優斗は、ベッド近くにある電気のスイッチをOFFにする。
「啓は…あまり自分のこと、言わんよな…。啓が、深敦くんを好きになったきっかけとか、知らんやんね」
そんなのは、もちろん、話されたことがない。
俺らって、そういう関係じゃないし。
だいたい、本当に好きでいてくれるのかも疑問になってきてるし。
「本当は、啓から直接、聞くべきだし、俺が言っちゃかんのだけど、啓は、一生言わんだろうから言うわな…」
「…な…に…」
啓吾が…俺を好きになったきっかけ…。
「言ってたよ。眠ってる顔がね。幸せそうで、羨ましかったって」
なぜか、切なそうな声で。
電気が消えてるせいで表情はわからなかった。
「羨ましい…って…」
啓吾は、幸せじゃないわけ?
俺だって、そんな幸せってわけじゃないけど、不幸でもないし。
やっぱ、不幸な人から見たら、普通に生活してる俺でも幸せ者に見えるかもしれない。
「俺が、頼むのもあれやし、啓にこんなんバレたら、でら怒られると思うけど…頼むから…。啓といるときさ…怒ったり、すねたり、ふくれたり…百面相するのは構わんから…悲しそうな顔、しんといて欲しいんよ…」
優斗は、そっと、俺の腕を放して、寝転がった俺を放置したまま、ベッドに座り込んだ。
「な…んで」
なんで…なんて、聞くのはおかしいかもしれない。
啓吾は、幸せそうな顔してる俺が好きだから?
だから、悲しい顔すんなって?
なんで、そんな苦しそうに言うんだよ、こいつは。
「あのな…。啓って、なんも言わんけど、いろいろ考えてるやつで…。もし、啓がいる前で、深敦くんが悲しそうな顔とかしたら、絶対、自分のせいだって思い込んでまうんよ。自分とは関わらん方がいいって考えてまうだろうし」
啓吾って、そんなネガティブなやつだった?
俺みたいに、たくさん不安だったりするんだろうか。
だからこそ、いろいろいやみらしく聞きまくったりするんだろうか。
「だからさ…。もし、今、啓が深敦くんと離れてるんだったらさ…。啓は、深敦くんを思ってしてるんだと思う…」

啓吾に関わってから確かに、苦しいこととかたくさんあったよ。
だからって、いまさら、離れられても、もう遅いんだよ。
戻れないんだってば。
そういうとこまで、来てるんだ。
啓吾にはたくさん悩まされるけど。
だけど、啓吾がいなくちゃ、もっともっと、駄目なんだよ。

迷惑なんかじゃないから。
絡んで来いよ、馬鹿。

駄目じゃん、俺。
離れてようとか思ったけど、やっぱ無理。
全然、無理。
少し離れただけで、すっごく苦しいもん。
「…優斗…。やっぱ、ちょっと出掛ける」
「言うと思った。いつでも戻ってこりゃええでな」
ちょっとだけ。
啓吾のところに行こう。
なんで来たかって言われても、理由がなくてもいいだろ?
会いたいから行くに決まってるだろっての。



啓吾の部屋の前までつい来ちゃってた。

やべぇよ、すっげぇ緊張する。
なんで来たのか聞かれたらどうすんだよ。
会いたかったなんて言えるわけねぇだろ?
あ、俺の部屋が先輩に占領されて、俺の居場所がなかったからとか。
そうだよ、それがいい。
アキの部屋も春耶がいたとか言って…。
よし。
俺は、一応、言い訳を考えてからインターホンを押した。

「あ、深敦くんだ」
ドアが開かれた先にいたのはルームメイトの凪先輩。
「…あの…」
「あ、啓吾くんならいないけど…」
なんか拍子抜け。
力が抜ける。
「水城って子んとこ泊まるって言ってたけど」
そっか。
啓吾って春耶と仲いいもんな。
というか、凪先輩は一人なんだ…?
優斗も一人で。
お互い付き合ってんなら会えばいいのに。
にしても、2人とも、動きまわってること多いから、どうせ部屋行ってもいないだろうって意識があるのかも。

「おいでよ。一緒に遊ぼ♪」
「え…」
凪先輩と?
まぁいっか。
いつ啓吾がくるかわかんなくってちょっとドキドキするけど。
泊まるってんならそうそう来ねぇよな。
「うん」
俺は、部屋に入ると、凪先輩が座り込むように、床に座り込んだ。


「うーん。金髪だからピアスとかしてると思ったのにしてないんだ?」
正面から俺の髪の毛をかき上げながら、ジロジロと耳を見る。
「うん。あけようかとは思ってるんだけど、そのまんま」
「あ、じゃぁ今あけようよ」
今っ!?
「俺、ピアス持ってないよ」
「そんなんあげるって。しばらく安全ピンでもいいしさ」
どうする…? みたいな目を向けられ、考え込む。
いずれあけようと思ってたし。
「うん。わかった」
そう言うと、凪先輩はてきぱきと氷とライターと消しゴムを用意してくれる。
「消しゴム…?」
「うん。後ろで支えるから」
で、前から刺して、貫通して、消しゴムに刺さるというわけか。
俺はライターを受け取ると、安全ピンに当てて消毒。
凪先輩は袋に入った氷を俺の耳に当ててくれた。
冷…。
「…どぉ? 感覚」
しばらくして、凪先輩がそう言ってくれる。
「…ない…ね…」
きっと、耳たぶを掴んでくれてるんだろうけど。
「じゃ、いくよ」
あんまり心の準備できてないんですけど。
それでも安全ピンを取り上げられ、消しゴムを当てられ、断る隙もなく、凪先輩は一気に俺の耳たぶに穴をあける。
「…っ…」
強張る俺の頭をそっと撫でて。
「別に、我慢できるくらいの痛さでしょ?」
「…ん…」
それを確認すると、抜いた安全ピンでもう一度、別の箇所を刺す。
「っなっぁっ…」
「感覚ないうちに2つ空けとこうかと。ほら、1つじゃあんまかっこよくないでしょ。痛くてとりあえず1個、みたいで」
確かにそうだけど、なんの断りもなくやられるとは思わなかった。
その方が逆に構えてなくってよかったかもしれなけど。

凪先輩は、引き出しから取り出した箱を俺に渡すと、
「こっちのは貰い物だから駄目なんだけど、こっちから2つ、好きなのあげる」
そう言って、2つに仕切られたうちの左側を指差した。
「…いいんですか」
「うん。俺、たくさん持ってるし」
たしかにたくさんあるな…。
俺は、左側からいろいろ物色しだした…ときだった。
「あ…。1つはこれにしなよ」
そう差し出されたのは十字架っぽいピアス。
もらう立場だし、もちろん俺は、それを受け入れた。
「うん。もう1つは好きなのいいよ」
俺が選んでる最中にも、凪先輩は、消毒してくれたりしていた。
面倒見いいよな…この人。
「これ。いい?」
トカゲっぽいやつ。かわいいともかっこいいとも言えないようなやつだけど気に入った。
「うん。いいよ」
俺の手からそれを取って、つけてくれ、鏡を前に差し出してくれる。
「十字架とトカゲを同時にハメるのはちょっと合わないかもね」
凪先輩はそう言うと十字架の方をはずしてから、シンプルな丸いピアスを手に並べて見せてくれる。
「どの色が好き?」
「…青…かな…」
すると、青色以外を箱に戻して、またつけてくれた。
「こっちもあげるから。3つ、交互に使って」
引き出しに戻った凪先輩は、以前ピアスを買ったときの空袋だと思われる小さな袋に十字架のピアスを入れて渡してくれた。
「いいの?」
「いいよ♪」
「ありがとうございます」
「いえいえ♪」

いい人だな。
かわいいだけじゃないっていうか。
面倒見いいし。
俺もいい人にならなくちゃ。

「あ、俺、そろそろ友達と約束してるから、夕飯行くね。またね」
「はい。じゃぁまた…」
凪先輩はにっこり笑って、俺を残したまま、部屋を出て行った。


結局、今日、啓吾はここに帰って来ないわけだよな。
俺は、啓吾の方のベッドを借りて寝転がった。

っと。
視界にちょうど入る位置に携帯。
啓吾のなんだろうな。
うわ。
こういうのって、見たくなる。
なんか、ドキドキしてきた。
誰もいないってわかってるのに、もう一度、部屋を見渡す。
メールとかは見ねぇよ。
ただ、アドレス帳くらいなら…。
いいよなぁ?

つい、携帯を手にして、アドレス帳を開いた。

優斗。
晃。
榛先輩。

あとは知らない名前がいっぱい。

あ。
水城春耶…。

俺の名前はもちろんない。
アドレス交換なんてしてねぇもん。
晃はいいよ。
中学から啓吾と一緒だから。
だけど、春耶は?
俺の方が、たぶん、春耶より先に啓吾に知られてたんだぜ?
啓吾と話したりしたのは、春耶よりも後だと思うけど…。

駄目だ、俺。
わがまま。
ノリとかあるじゃん。
俺だって、知り合ったばっかでも拓耶先輩のアドレス知ってるし。

それなのに、変に、春耶にまで嫉妬してんのかなぁ。

春耶が前、言ってたよな、
『俺が知らない啓吾を深敦が知ってるように……深敦が知らない啓吾を俺は知ってるかもしれない』
って。
だけど、どうなんだよ。
俺が知らない啓吾を、春耶が知ってても。
春耶が知らない啓吾を俺が知ってるとは限らないっていうか。
絶対とは限らないけど、俺よりも春耶の方が啓吾のこと知ってるんじゃないかなぁって思う。

晃なんてなおさら。
俺よりも啓吾のこと、知ってるんだろう。

別に、たんなる友達だと思うんだけど。
だけれど、俺は啓吾のこと何も知らないから。

啓吾も、俺のことそんなに知らないだろうし。
『好かれてるかわかんねぇ』って。啓吾は、春耶に俺のこと、そう言ってたよな。
俺の好きって気持ちとか。
やっぱちゃんと伝わってないんだろうな。
それは、俺がちゃんと伝えてないってのもあるんだけど。

もちろん、隣のクラスの子のことだっていまだに気になるけど。
それだけじゃない。
春耶や晃よりも、啓吾のこと知りたいし、近くにいたいし。
それでいて、春耶と晃がいつのまにか仲良くなってたりするの見ると、ねたんじゃってんのかなぁ、すごく、うらやましいような悔しいような感情になる。
俺って、実は、すっげぇ負けず嫌いなんだろうな。
それでいてわがままで。
だけど、ネガティブで。

晃はすっごくかわいいんだ。
春耶がベタ惚れなのもよくわかる。
俺は?
啓吾が惚れてくれる要素が自分で見つけられない。
隣のクラスの子も、すっごいかわいいから。もし啓吾が好きになったとしても、わからないでもない。
性格が悪くても、かわいかったら、許しちゃう部分とかあるんだよ。
俺は、どうすればいいわけ?

携帯を握り締めたまま、ため息をついて、ボーっとしていると、ドアが開く音に気づく。
ビクっと体が跳ねるけれど、反応しきれず、ただ、俺はドアの方へと目を向けた。
「…深敦…?」
啓吾だ。
携帯、取りに帰ってきたのかも。
だけど、俺は、携帯を握り締めたままで。
いま、いきなりその携帯を離すことも出来ないし。
ただ、緊張が走る。
「なにしてんだよ。人のベッドで」
「あ…。今日、俺の部屋、空いてなくって…。凪先輩が、今日は啓吾、春耶の部屋泊まるっつってたから、ここで休ませてもらおうかと…。駄目だったらいいんだけど」
勝手にベッドを使ってたことにも、罪悪感がある。
だけれど、それよりも携帯の方が、怖かった。
啓吾は何も言わないで、少し起き上がる俺の手から、携帯を取り上げた。
「…かまわねぇよ」
「え…?」
「ベッド。使ってもかまわねぇって話」
「…うん…」
携帯は?
俺が、見ちゃったって、思ってるだろ?
なにも言わないわけ?
俺から言うの待ってる?

「深敦…。今日の夕方さ…。お前、数学の勉強してたんだよな…?」
確かめるように、そう聞かれ、俺は一瞬、返す言葉に迷った。
「…はじめはしてたけど…だんだんわかんなくなってきて、絵、描いてた」
これは、ホントのこと。
いや、してないかもだけど、少し、教科書とか開いたし…。
「そっか」
はじめはちゃんとしてたんだと伝えられて、少しだけ、俺の心は落ち着いた。

それよりも携帯で気が気じゃない。
だけど、そんな俺をよそに、啓吾は、自分のポケットへと何事もなかったように携帯をしまった。

俺が、変に先輩に手、出されたりしたから…。
ほかにもあるけど。
啓吾と今、変にすっげぇ気まずい状態になっている。
目だって、合わせんのつらくなっていた。
それに上乗せするみたいに、携帯のこととか。
怖い…なんて、俺が考えてると、啓吾の手が俺の頬をなでて、上を向かせる。
どきどきするのは、啓吾のことが好きだからか、それとも罪悪感があるからなのか、わからない。
きっとどっちもだと思うけど、今は、罪悪感の方が勝ってるんだろう。
そっと、口を重ねられて、甘ったるいキスをされる。
「ぁ…ん…」
なにこれ。
すっごいやさしくって、甘くって、たまらないはずなのに、罪悪感のせいで、うまく感じれない。
泣きそうになる。
やさしく俺の舌に舌を絡めて、何度も重ね直してくれて、体中が熱くなるようだった。
「んっ…ふぁっ…ゃ…」
肉体と精神が一致しないんだよ。
いつもみたいに、変に意地とかはってない分、素直に感じられる部分もあった。
体はこんなに熱いのに。
気が焦ってる。
そっと、口を離されても、俺はなにも言えないでいたし、啓吾の方もなにも言わなかった。


「じゃぁ、俺、今日は、水城んとこ行くから」
そう言って、俺に背を向ける。

春耶が晃にしたみたいに俺に痕、残せよ。
お前のものにしてくれてかまわないのに。
晃が春耶にしたように、俺にも、お前に、残させてくれればいいのに。
どれだけ、安心出来ることか。

春耶が晃に頼んだみたいに、お前は、俺に、痕残してって、頼んではくれない…?

携帯は?
俺が持ってたんだぜ?
折りたたみの携帯を開いて。
見ただろうって思ってんだろ?

ドアが開かれる音がして。
「啓吾っ」
とっさに呼び止めていた。
「なに?」
「…っ…聞かないわけ…?」
啓吾は、少し考えるようにしてから、ゆっくりこっちに向き直った。
「…携帯?」
そうやって聞き返すってことは、やっぱりわかってんだ。
呼び止めたのは自分だけど、俺もどう言えばいいのかわからず、なにも答えれないでいた。
だけれど、このまま、なにも言わないで、なにも聞かれないでいるのは罪悪感とかで苦しいから。
だから、呼び止めないわけにはいかないんだよ。
「ごめ…。その、俺、勝手に見ちまって…」
「別に」
そっけない態度が怖い。
「あぁ…どんだけ見た?」
そう付け足され
「アドレス帳だけ…」
素直にそう答える。
「メールとかは見てないわけ?」
「うん」
見られたら困るもんとか入ってたわけ…?
やっぱり、怒ってる?
「…そうやって、人の携帯とか勝手に見るんだ?」
ほら。やっぱ、怒ってるんだ。
呼び止めない方がよかった?
だけど、怖いんだよ。ずっと罪悪感感じるのやだし、隠し事とか。
それに、メールは見てないのに全部見たと思われたりするのとか。
「だって…っ」
言い訳なんてねぇけど。
「だって?」
「だってっ…。俺の名前、ねぇもん…っ」
めちゃくちゃだ。
俺、なに言ってんのかわかんねぇ。
全然、『だって』と続いてねぇよ。
理由になってない。
わけがわからなくって、泣きそう。
「んなことは、わかってんだろ」
俺の名前がアドレスにないのはもちろん、自分ではわかってた。
「わかってるけど、だから俺以外に誰の名前があるか気になったんだってば」
俺よりも、啓吾と仲いい奴がどれくらいいるのかとか、わかりたかったんだよ。
結局、嫉妬とかしただけだけど。
知りたかったんだからしょうがない。
知りたくないわけがない。
どうでもいい相手の携帯なんか見るわけねぇだろ。
「別に…いいよ」
そう言って、また俺に背を向けた。

なんで、そうやって、許してくれるわけ?
別に許さないで欲しかったわけじゃねぇけど、啓吾らしくねぇよ。

もっと『お前のも見せろよ』とか言って、携帯取り上げたり。
お仕置き…とかなんとか言っちゃって、また変なことしたり。

あぁ。
啓吾らしくないからどうとかじゃなくって。
俺、啓吾にかまって欲しいんだ…?

わかったとたん、急に変に胸のあたりが苦しくなってきた。
どうしてかまってくれないんだろうって。
泣きそう。

背を向けられただけで、ものすごく遠い存在に思えるから怖い。

俺にも、アドレス教えろよ。
なんで?
お前は俺からの連絡なんていらないって思ってるわけ?
もっと、求めてくれてもいいだろ?

俺のアドレスだって聞けよ。
「啓吾っ…」
わけもわからず、またついつい呼び止めてしまう。
なに俺、もう、呼び止めてどうすんだよ。
「なに?」
また、なんでもないみたいに振り返って。
「なんだよ、お前。むかつくっ…」
つい、逆ギレみたいにそう言ってた。
啓吾が、怒ってんのかはわかんねぇけど。
「許してんのに、怒られるわけ?」
確かにそうだけど、苦しいから、へこんでもられなくって、ついそう言うしかない感じだった。
「なんで、許すんだよ、もういいっ…」
自分で呼び止めといてなんだけど、勝手に怒ったまま、布団を被って逆を向いた状態でベッドに寝転がった。

変だよ、俺。
涙が出てくる。

ドアが閉まる音が響いて。
もういいって、言ったのは俺だけど、ホントにもういいわけじゃねぇし、ほっとかれたんだとわかって、涙がどんどん溢れてきていた。

だけど、そっと、髪の毛を指で絡めとられる感触がして。
ドアは閉められたけれど、啓吾は、まだ部屋の中にいてくれたんだとわかった。
わかったけれど、いったん勘違いしたせいもあってか、余計に変に涙が出てきてた。
「深敦…」
上から、そうやさしい声で、呼びかけられ。
優斗じゃないよな? 啓吾だよな。
いつのまにか入れ替わった…なんてことないよなぁって、自分の頭の中で確認する。
俺って、啓吾と優斗の声の区別もつかないんじゃん。
だって、真似とかしたら、声質似てたら、そっくりになっちゃうじゃんかよ。

泣いたままで、恥ずかしいけど、もうどうでもよくって。
仰向けになる俺の髪をそっとまた、掻きあげてくれた。
「…啓吾…」
ベッドに座って、振り向きながら、俺の方をチラっと見て。
また、前に向き直った啓吾の表情ってのは、涙でぐちゃぐちゃな視界の俺にはよくわからなかったけど、なんとなく曇ってるように見えた。
髪やら俺の頭を撫でる手だけが、やたらに優しく感じた。
「…悪ぃ…」
そっと、そう言うのが聞こえる。
なに…?
俺が、むかつくとか言ったから?
お前が謝ってくれるわけ?
むしろ、悪いの俺なんだけど…?

考えてると、つけたしで。
「お前のこと…わかってやれねぇみたいで…」
そうそっと言われた。
「じゃぁな」
軽く、ポンっと、頭を叩かれて、ドアへと向かう啓吾を、今度は呼び止めることが出来なかった。

部屋へと出てく啓吾を見送って。
俺は一人きり。
啓吾の手の感触がまだ残ってる頭にそっと手を重ねてみたりしていた。

啓吾は、俺のためを思って、許したりしてくれたんだろうな。
たとえばいつもみたいに馬鹿な振る舞いしたいのも抑えて。
許してくれたのに、俺って馬鹿だから。
だけど、もっと絡んでほしかったんだよ。
今、不安になってるからこそなんだろうけど。

もしかして『深敦と付き合ってくなんて俺には無理だな…』とか思ってるんだろうか。
俺には啓吾しかいないのに。
このまま、終わり…なんてことねぇよな…?