バレンタインだというのに。
尋臣は音沙汰無しだし。

しょうがなく桐生のところへ遊びに行く。

「深雪先輩♪ チョコ、貰ってください♪」
冗談交じりにドア先でそう言うと、冷めた目で俺を見る。
「……気持ち悪いから止めろ…」
あっさりと、ひどいこと言うなこいつは。
「へぇ。結構、冷たいよね、俺に対して」
「だいたい、それ、貰いもんだろ、どうせ」
「よくご存知で」

大量のチョコが入った袋を持って、中へと入り込む。

「…あのさ、今日、バレンタインですよ?」
疲れたように桐生はそう俺に言う。
「そうですね」
「……もうちょっとしたら、俺出てきますから」
「どこへ?」
「…彼女んとこだけど」
なんだよ、こいつもですか。

「……変わりましたね…先輩も。バレンタインに彼女の元へってさぁ。乙女じゃあるまいし」
「お前は? 尋臣んとこ、行かないわけ?」
「……そういう約束はしてないから」
2月14日っつったって、ただの平日だし?

「…智巳…。尋臣に断られたわけじゃないんだろ?」
「別に。誘ってないし」
「お前から誘ってやれよ」
俺から?

「俺はね…尋臣から誘われたいんだよ…。求められたいわけ」
「わかるよ。だけど、平日だろ? 俺ら社会人だろ? …あいつはわがまま言わないタイプだから、気を使って誘わないでいてくれるんだよ。わかるだろ」
「わがまま、言ってくれたらいいのに」
「お前がわがままなんだよ。お前の方から求めてやれよ」

だろうなぁ。
わかるんだけど。
「あいつってどうしてそう求めてくれないんだろうな」
「さぁ。俺に聞かれても」
「…なぁんか、俺が一方的に求めてるみたいでさ。チョコ欲しいし」
「お前、それ以上食べるわけ?」
「…数じゃねぇんだよ」
「それはわかるけどっ。お前、それ全部食べる気だろ、どうせ」
「まぁそうですねー…。でも1日に5つ食べたら1週間もたないし。…これ、見て。一粒で1260円もすんの」
「それは本命じゃねぇの?」
「あぁ。コレは俺が自分で買った」
「…なにしてんのさ。尋臣にあげるの?」
「いや。あまり深くは考えてねぇんだけど。バレンタイン時期って珍しいチョコ売ってるからさ。つい衝動買い」




桐生は、時計の針を気にしながらも、俺にしばらく付き合ってくれていた。
ホント、根はいいやつだよなぁ。
このまま、ずっと居てしまいたい衝動に駆られながらも、しょうがなく開放してやることにした。

「…尋臣に会ってくるから」
「…そう?」
「じゃあな。お前は雪之丞と仲良くしてろ」
「はいはい」

尋臣に。
電話でもするか?
でも、きっとバイト中だろう。
それがわかっているから、誘わなかったんだよなぁ。俺も。

桐生は彼女と会うってさ。

今日も、いろんな生徒からチョコを貰った。

だけれど、お前じゃなきゃ意味ねぇんだよ。

別に、尋臣は女じゃねぇし。
バレンタインなんて気にしているわけじゃないけれど。
無性に孤独を感じてしまう。
だってそうだろう?
こんなにたくさんのチョコがあるのになぁ。
高校にいるころは、きっと嫉妬してくれたんだろうけど。
いまはそうでもないんだろうな。

電話するか…?
携帯を取り出すと尋臣からの着信が残っていた。

やべぇな。
全然、気づかなかったし。
1時間くらい前。
俺は、すぐに掛けなおした。

「…尋臣? 悪い、ちょっと桐生と話し込んでて…」
「いえ、別にいいんですけど」
「……お前、今日、バイトは?」
「今日は…休みで…」
俺のために、空けておいてくれた…?
なんて。
やっぱり、愛しい。

求めて欲しいだなんて言ってるけれど、実際、尋臣はちゃんと求めてくれている。
俺も。
求めてる。

会いたいだなんて思ってるんだよなぁ、俺も。
「尋臣…なんでバイト休みなわけ?」
「今日……樋口先生、時間あるかなって……」
で。
俺の仕事終了時間、見計らって電話してくれたわけですか。
確認する前からバイト休んじゃうあたり、尋臣らしいよなぁ。



「平日なのに、どうしたんだ?」
わかってる。
だけれど、言葉で聞きたくて。
ついそう言ってしまうと、少し困っている尋臣が目に浮かぶ。

普段、平日に会うことは滅多になかった。
尋臣が卒業して。
学校から尋臣がいま一人暮らししているところまで1時間以上かかるから。
尋臣もバイトしているし。
土日だけでいいだろうと。
とはいえ、お互い忙しいし?
そんなに毎週会っているわけではない。
そういえば、最近会ってないよなぁ。

にしても、どうしてこう、チョコレート会社の陰謀にひっかかるかなぁ、俺らは。
俺は、自分の車が止めてある駐車場へと向かった。

「…すいません。なんとなく…なんですけど」
なんとなく…か。
周りのカップルにでも触発されたか?

「で。今日はもうバイトないんだろう?」
「はい…」
「っつーか、なんとなくってなに? なんとなく、どう思ったんだよ」
少しだけ沈黙が続く。

「尋臣…?」
「…会いたい…ような、気がして…」
その言い回しに、つい笑ってしまいそうになる。
本当に、かわいく思えた。
俺にめちゃくちゃ気、使ってるよな。
「で。俺の都合聞かずにバイト休んで空けておいて? 俺が捕まらなかったらお前、どうするつもりだったんだよ。無駄に休んでさぁ」
「…別に、ずる休みとかじゃないですし。元々休みを取ってたんです。樋口先生が、都合つかないのなら…俺の勝手な行動なんで、それはそれで、一人でいますし…」
「早いうちから、俺に連絡しとけよ。『バイト休みだから、会いに来い』くらい言え?」
「だって…っ」
あぁ。
本当にかわいいなぁ、こいつ。
「…まぁいいから。今、家だろ? そのまま、そこにいろ」
「…違…。今、学校の近く…」
「…学校の近く?」
「はい…」
「お前、ホント、俺に用事あったらどうするつもりだったんだよ」
「…それは…しょうがないので帰ります…けど」
「…1人でこんな日にウロついてんじゃねぇよ。危ねぇなぁ。じゃあなにか? 一時間、待ってたってのかよ」
なにも言われなくてもわかる。
申し訳なさそうに頷く姿が浮かんだ。
「もういいから。正門にいろ?」
「…わかった」


俺は、車で正門まで迎えに行く。
一人、寒そうにしてそこに立っている尋臣を見つけ、俺は、中へ入ってくるよう手招きをした。

「…樋口先生…」
「…俺はもうお前の先生じゃねぇよ」
助手席に乗った尋臣を連れて、とりあえず車を走らせた。

「…なにお前…。わざわざ来たんだ?」
「…はい」
「なんで? 急に?」
そこまで意識しますか、バレンタイン。
俺も、会いたいとか感じちゃってましたけど。

もう夜9時だ。
早くに閉店しているスーパーの駐車場へと車を止めた。

「後ろ。来いよ」
後部座席へ二人で移動して。
俺は、尋臣と口を重ねた。

まだ、緊張しているのか、尋臣の体が強張っていた。

「…尋臣、体冷たいし。1時間、ウロついてたわけ?」
「…ん…」
「風邪引くだろう?」
「別に、ひかないですよ…」
「…俺の体、跨いで」
「………はい」

どっかり座る俺の体を跨ぐようにして、尋臣は向かい合う。
「寒くないか?」
「はい」
「じゃあ、上、脱いで…」
尋臣は、少し左右を見渡して、周りを気にする。
が、文句は言わず、上半身を纏っていた衣類を脱ぎ去った。

「痩せたか?」
「…少し…」
「バイトばっかりしてるからだろう? もう少し休めよ」
元々真面目な性格だ。
学業もバイトも真面目にこなすだろう。
それなのに、結構、食事はいい加減になりそうだよな、こいつ。

指で尋臣の胸元を何度も撫でてやると、尋臣が体をビクつかせる。


「ぁっ…」
先週会ってないから、2週間以上たつか?
なんだかものすごく久しぶりに感じる。
指先が、胸の突起を何度も掠めると、尋臣の目がとろけていく。
「はぁっ…んっ…」
俺は何も言わないで、今度はその胸元を舌先で愛撫した。
「んっ…ぅんっ…くっ」
「なぁ…お前、大学で襲われたりはしてないの?」
「な…にっ」
「こんなにエロい体で。襲われないかなぁと」
「んっ…されてな…っ」
まぁ手、出すまでは頭硬そうで、禁欲生活してそうに見えるからなぁ。

「んっ…あっ…」
「どうした…? そんなエロい声出して…」
「っ…違…」
「なにが、違うんだよ」
久しぶりだから溜まってんのか。
いつもより過敏な反応を見せる。
場所も場所だからか。
はずかしがってる?
なんも言わないけれど、やっぱりこう一応外なの、気にしてる?

「尋臣…下も全部、脱ぎな…?」
そう言うと、やっぱり少し周りを盗み見てから、俺に従ってズボンと下着を脱いでいった。

もう一度、俺の体を跨らせて。
俺が尋臣の目の前に指を差し出すと、それだけで理解したのか。
恥ずかしそうに、それでも、その指へと舌を這わしてくれる。

尋臣は恥ずかしいから言わないのかもしれないが、早くして欲しくてたまらないって表情と体で示してる。
…無意識なんだろうけど。

「んっ…智巳…っ」
ほら。
なんにもしてないのに。
俺の指舐めながら、俺の名前呼ぶなんて。
相当欲しがってる。
俺は、尋臣の舌から指を離し、見せ付けるように自分でもその指先に舌を這わした。
尋臣の視線がその指に集中している。

俺は尋臣の背中側から、そっと足の付け根を撫でながら、入り口付近を指で擦っていく。
「んっ…んぅっ…」
尋臣が、俺へと体を預け、ギュっとシャツを掴んだ。
俺の肩へと、おでこをつけて。

何度も入り口あたりを撫でてやると、そこがヒクついて、腰が緩やかに動く。
「はぁっ…智巳っ…」
「なに…」
「っ…入れ…てっ…」
どうしてこいつはこうもエロくなったかなぁ。
こんな体じゃ心配だろ。

ゆっくりと、2本、指先を挿入していく。
尋臣が俺のシャツを強く掴んで、その刺激に絶えていた。
「んぅんんっ…あっ…んっ」
「尋臣。顔、上げな」
「んっ…」
顔を上げる尋臣へと口を重ね、舌を絡めると、もう絶好調に目が蕩けてく。
見てて分かりやすいな、こいつ。
何度も指で中を探って。
「はぁっ…んっ…ぅんっ」
「どうした、尋臣…。すっげぇエロい顔してるし」
「っ違…っ」
「だから違わねぇっての。エロいんだろ、お前」
少し困ったように、恥ずかしがりながら、それでもそっと頷いて示す。
「…だったら、素直に欲しがれよ」
「っ…ん…あっ…んっ…智巳ぃっ…」
「どうした…?」
「やっあっ…ぃいっ…あぁんんっ…」
理性が飛んだのか、俺へとすがりついて、泣きそうな喘ぎ声を洩らす。
「どこがイイって…?」
「はぁっあっ…そこっ…んっ…だっめ…ぁあっ」
俺はそっと指を引き抜いていくと、物足りないのか、俺の方をジっと見る。
「…俺の。入れるから」
「…う…ん…」
「あぁ。自分で入れるか、お前。ほら」
そう言うと、尋臣は俺のを取り出して手を添えながら、ゆっくりと自分の中へ納めていく。
そこまで求めちゃいますか。
「…尋臣、まだ動くなよ」
俺は腰を動かしそうな尋臣を、先に制止する。
「え…」
涙目で俺を見て。
ホント、こいつ虐めたくなる。

「…で。結局、どうして今日、会いたくなったわけ? お前は」
「なんで…そんなこと、今っ…」
「お前、いっつもやりだすとそのことしか考えてないもんなぁ。一人で突っ走りすぎっつーか」
「っ…だって…」
「いいから。答えろって」
「…智巳…毎年、たくさん貰ってるだろう…?」
「なにを?」
「……チョコとか…。だから気になって…」
やっぱ去年までは近くにいたからなぁ。
いくら貰ってる姿を見られてても、実際そこに尋臣がいて、すぐにでも抱いてやることが出来たから?
 今年とはわけが違う。
 俺が貰っている姿を見てなくても予測は出来るだろうし。

「ん…智巳…もぉっ」
「…雰囲気作りとか、ねぇの? お前。どうしたいわけ」
不安そうな目で俺を見て。
「…んっ…我慢できなっ…」
素直にそう言ってしまうのがかわいくて。
つい笑ってしまいそうになるのを我慢する。
「じゃあ、動けばいいだろ」
「…うん…」
俺がそっけなく言ってもこいつは、前向きに受け止めてくれるんだよなぁ。
ゆっくりと、腰を揺らして、俺のを味わってくれる。
「はぁっあんっ…あっ…ぅンっ」
「尋臣…。俺のこと、わかってる?」
誰が相手でも、こうやってるんじゃないかって。
そう思えてしまうくらい、こいつ素直に欲しがるもんだから。
「あんっあっ…智巳ぃっ…あっぃいっ…あぁあっ…ぃいよぉ…っ」
気持ちよすぎて困る…そんな口調。
「ん…よかったな」
そう頭を撫でてやると、不安そうな面持ち。
「やっ…」
「どうした?」
「っ…智巳は…? あっ…ぃい?」
俺は、尋臣の体を抱きしめて、頭を撫でてやる。
「…いいに決まってんだろうが」
尋臣の腰を掴んで、そっと揺さぶってやると、尋臣は俺の肩に手を置いて力をこめた。
「はぁっあっ…んっぁんっ…」
「もっとさ…やらしい声、だして…」
「やっ…あっんっはぁんっ…いくっ…ぅんんっ…智巳っ」
「いいよ、いきな…?」
「あっやぁあっ…ぃくっあっやっ…あぁああっっ」

もう知らないよ、俺は。
尋臣が、イってしまうのと同じくらいに。
後先考えずに俺も尋臣の中へと出してしまっていた。

ぐったりと、脱力状態で尋臣は俺へと体を預けていた。

「……なんかもう、お前、生徒じゃないわけだしさぁ。すっげぇ素になりそう」
「なに…それ…」
「いや。なんとなく。もうお前卒業して半年以上たつけどさ。今日、すげぇ実感したわけ。…生徒じゃないなって」
意味がわからないと言った感じで、尋臣はなにも応えなかった。

「尋臣さぁ。俺の恋人だし? …学校じゃないわけだし、もっと求めろよ」
「どういう…意味ですか」
「…俺のこと。先生としてじゃなくって、彼氏として見ろってこと」
「見てますよ」
「じゃあ、先生として見るな」
それには、『見てません』と即答できないのか。
言いとどまっていた。

「…もう俺のこと、樋口先生とか呼ぶなよ…。もっと、彼女と彼氏らしくさ」
なに言ってんだ、俺は。
自分で言っててよくわからなくなってきていた。
なぁんか、尋臣が、一歩退いたような気を使ったような扱いしてくれるもんだから。
「もっとわがまま言えな?」
「…は…い…」
「で。チョコとか持ってきてくれたわけ?」
尋臣は、俺に預けた体を、さらに近づけてくれる。
「…そんなの…っ」
あぁ。ないわけね。
「別にいいけど。なくても」
そう言う俺を心配そうに見上げてくれる。
ホント、学校内のときとは全然違うよな、こいつ。
「だって…智巳はたくさん貰ってるだろう?」
やきもちみたいでかわいいな、こいつ。
「お前は? 貰った?」
「…義理だけど…6個くらい…」
「見せてみ?」
「なんでですか」
そういいつつも、尋臣は大学帰りからそのままだったのか、カバンからチョコを取り出してくれる。
「これ。頂戴」
「はぁ? なに言ってるんですか?」
「義理なんだろう? お前、チョコそれほど好きじゃないだろう?」
「別にそれなりには好きですよ」
「俺はチョコが大好きなんだよ。本命じゃないならくれてもいいだろ」
尋臣はしょうがなく頷く。
「…俺の義理チョコ、かわりに全部やるから」
「……いらないですよ。それなら、俺の返してくれたらいいじゃないですか」
まぁそうなんですけどね。

「…これやるよ。あと、これ。これもだったな。はい」
「…人がせっかくあげたものを横流ししないでください」
「お前は、俺が本命のチョコを食べてても平気なわけ?」
「…そうじゃないですけど…。相手の気持ちとか…」
まぁったく人がいいですねぇ、尋臣くんは。
「…去年はさ。本命誰ですか、とかうるさくなりそうだったから貰ってたけど。…今年は本命、全部断ったから」
そう伝えてやると、おどろいたように目を見開く。
「なんで…? 智巳、チョコ好きなのに…っ」
「別にチョコに釣られるほど飢えてはいないし。義理もたくさんあるし」
それでも、俺が差し出したチョコを受け取ることを迷っているようで。
コレは、貰いもんじゃねぇんだけどなぁ。
もうちょっとこいつが見てみたくて、隠してしまう。

「…智巳に貰っても、食べる気にならないし…」
「なんで?」
「いくら義理でも…誰かが智巳のために買ったものだし…」
ここまで来て、そんな知らない相手のこと気にするかねぇ。
「これはねぇ。俺が俺のために買ったチョコだから。それをお前にやるの」
「え…?」
「衝動買い」
「なに無駄遣いしてんですか」
そうきましたか。
「まぁいいからさ。やるっつってんだよ。取っとけ」
「…はい」
「…お前、わかってんの? バレンタインだし? チョコもらって『はい』はないだろう」
戸惑う姿も、尋臣らしいな。
「…もっとさぁ。…会えばいいだろ? いつでも呼べば俺は行くから」
「…はい」
そうは言っても、こいつ、そんなにわがまま言わないだろうなぁ。
しょうがないから、俺からまた誘うか。

少しもの欲しそうな、尋臣の視線に気づく。
こういうとこだけ、素直にわがままだ。
俺は尋臣が欲しがるように、口を重ねてやった。