「やばい、緊張してきた」
2月13日。
バレンタイン前日ですよ。

チョコはもう用意した。さっき自分の部屋で作ったから。
その後、少し遊んで。

夜。
クラスメートの春耶くんの部屋へ。

「めずらしいなー。珠葵ってそういうの緊張せずサラっと出来るタイプかと思ってた」
俺が今日、春耶くんのルームメイトである御神先輩に告白するのを知ってて、春耶くんはそう言う。
「…っ出来るんだけどっ。やっぱり少しは緊張するんだよっ」
「まぁそうだろうね」
「いきなり襲っちゃう春耶くんとはワケが違うんだよ」
「言うねぇ……。もうすぐ帰ってくるんじゃないかな」
「ねーねー、2人になれる?」
やっぱりさ、春耶くんがいる前で告白ってのは気まずいし。
そりゃ、春耶くんがいないのに、俺がこの部屋残ってるのもちょっとおかしいけどっ。
「わかってるって。はじめからそのつもりだったし。俺、今日、アキんとこ泊まるから」
春耶くんは同じクラスの晃と付き合ってて、ものすごく仲がいい。
…いいな。



春耶くんが出てって。
俺、一人。
作ったチョコは、涼しそうな部屋にこっそり置いといた。
24時過ぎたら渡す。
俺、絶対1番に渡すんだから。

少しして、ドアの開く音。
御神先輩だ。
「おっかえりー♪」
「あ、珠葵。ただいま」

にっこり笑ってそう言ってくれる御神先輩がやっぱり大好きだ。
春耶くんと遊んでるうちに顔見知りになって、どんどん惹かれていった。
彼女がいないってのもちゃんとチェック済みだし。
大丈夫。

「今日、春耶、彼女んとこ行くって言ってたけど?」
あ、春耶くんがいないのに俺がいるから?
「みたいだねー。でも俺、自分の部屋、もうルームメイトの友達来ちゃってそうだし。ここ泊まることにしたの。いい?」
「うん、いいよ」

いいよって、そうにっこり言ってもらえるだけでなんか嬉しくてたまんないんだよなぁ。

「珠葵くんは、もう風呂入った?」
「あ、うん。入ってきたから」
「そっか。じゃ、俺も、とりあえず入ってくる」
そうわざわざ俺に断って風呂場へ。

なんか、シャワー浴びてくるって……ホテル来たみたい。
なーんて。

妙に緊張してきたし。
どうしようかなー。
一人でゴロゴロしながら妄想してると、インターホン。

……まぁ告白前だからいいけど。
邪魔されちゃ困るなぁ。
まだ時間早いけどねっ。

ドアを開けると、知らない人。
「あぁ、隼人のルームメイト?」
隼人ってのが御神先輩の名前だ。
慣れ慣れしいな……って、別に普通か。
いまさらだけど、俺って御神先輩の交友関係、全然知らないんだよなぁ…。

「違いますけど、御神先輩ならいま、お風呂に…」
「うーん。ちょっと待ってていい?」
用事?
ずっと居座られちゃ困るんですけど。

「…ちょっと…だけなら」
……別に俺の部屋ってわけでもないし、俺がそんなこと言う権利ないんだけど。

「ごめんね。用件だけ済んだらすぐ帰るから」
逆に気を使ってそう言われちゃうと、申し訳ない気持ちになる。
でも、俺って『別にいてくれて構わないです』ってこういうとき言えなかったりするんだよな。

だって。
俺にとって大事な日なだもん。

「あれ、涼?」
お風呂から出てきた御神先輩が、涼と呼ばれた人の存在に気付き近寄る。

俺はただ、その様子を少しだけ離れた春耶くんのベッドの上から傍観。
「隼人。携帯かけても出なかったから。これ」
「あー…悪い。ありがとう」

そう言って、紙袋を受け取る。
なに…それ。

24時……まだすぎてない…ね。
うん。
でも、それってチョコ?

暗黙の了解みたいな感じで貰っちゃってるわけ?
彼女…?

妙に胃が重くなるような。
なんか、長年連れ添った夫婦が、さりげなくチョコ渡してもらっちゃうみたいな。
そんな雰囲気にすら見えた。

「じゃ、俺帰るから」
「うん。わざわざありがとな」

2人きりになるけど、さっきとは違う意味で、胸がドキドキしてた。
なんだろうな、あのチョコ。

彼女いないって言ってたくせに…って、俺がそんなん言ってもしょうがないけど。
別に、俺にホントのこと言わなきゃいけないってわけじゃないし。

なんか、ちょっと甘い匂いがした。
チョコ…とは違うんだけど、クッキーみたいな?
……なんでもいんだけど。

「珠葵と2人きりになるのって、初めてだっけ?」
にっこり笑ってそういうこと言ってくれても、今は気が気じゃないんだよ。
「そう…かな。うん」

彼女かなぁ、あの人。
「ねぇっ! ……さっき貰ってたの、チョコ?」
俺が突拍子もなく聞いたからか、少しだけ沈黙。
俺には関係ないって言われるかなぁ。
恐い。

「……チョコ…ではないんだけど。似たようなもんかな」
なにそれ。
チョコじゃなくって、でもチョコと同じ意味合いを持つってこと?

「バレンタインだから…? でもっ……まだ13日だし、無効だよねっ」
って、俺、なに言ってんだろう。
すごい、嫉妬してる。
嫌味らしいこと言ってる。

だって。
自分があげるより前に誰かがあげるのを、こんな近くで見ちゃったらさ。
苦しい。
悔しいし。

無効であって欲しいんだもん。
13日だから、関係ない。
やっぱり、俺が一番にあげたってなりたいんだよ。

「無効かな。じゃ、明日に取っておこう」
なにそれ。
つまり、無効を有効にするの?
わけわかんない。

やだ。
いやだって、言いたいけど、そこまでうっとおしい存在になりたくないし。
我慢しなきゃ。

わかってるよ。
でも、俺っていろいろ隠せない人間みたい。
「どうしたの?」
ほら。バレバレ。
心配されちゃう。

俺が、先にあげようとしてたのに。
先を越されて悔しいだなんてこと、言えないし。

首を横に振ってなんでもないと示す。
御神先輩は、俺の頭をそっと撫でてくれた。

振られたら、俺、この部屋泊まりにくいよな…。
そんなことが頭をよぎる。
軽いノリで、チョコだけ渡せばいっかなぁ。
「春耶がいないから、寂しい?」
「っ…違うよ。御神先輩がいるからいい」
「ありがとう」

優しいな。
それを素直に嬉しいって思えない。
なんていうか、苦しい。
彼女がいるなら優しくされても困るし。
ね、ホントはいないのかなぁ。
どっち?

「…先輩…今日、一緒に寝ていい?」
「いいよ。こっち来る?」
なんでもいいよって言ってくれちゃうんじゃないかってそう思えてくる。

「うん…。キスしてもいい?」
「いいよ」
軽く笑って、それでもオッケーしてくれるけど。
でもなんか、これって本気で受け止められてないんだろうなーなんて思っちゃう。
まるっきり子供扱いなんじゃないかって。

御神先輩のベッドに座って、そっと触れるだけのキスをした。

好きだ。
やっぱりすごく好き。
いますぐ抱きついちゃいたいくらい好きなのに。

泣きそうになる。

部屋の中は、おいしそうな匂いが漂っていた。
わかってる。
あの紙袋の中身だ。

机の上の時計が24時を過ぎた。
「御神先輩…。今日、バレンタインだよ」
「そうだね」

ベッドから立ち上がった御神先輩が、紙袋からカップケーキみたいなのを取り出していた。

御神先輩が受け取ったものだから。
捨てろだとか、食べるななんて言える立場じゃない。

でもね。
嫌なんだ。
「御神先輩…っ…。駄目…っ!」
その背中に声をかける。
上手く頭が働かなかった。
咄嗟に言ってしまったんだ。

「…駄目って…?」
食べないで。
なんて、うっとおしいよ。
わかってる。
でもね。
せめて…。
「…俺がいないときに食べてよ…っ」
「どうしたの?」
御神先輩は、机の上にケーキを戻すと、俺の方へと歩みより心配そうに俺の顔を覗きこんだ。

涙が溢れた。
「珠葵…?」

けど、俺って、涙流して甘えるキャラじゃないし。
…冗談めかさなきゃ。
「なんか、春耶くんとか友達とかもさ、いっつもラブラブだし?
 もう、そういうカップル見てると一人身なのがすっごい寂しく感じちゃうからさぁ?
 御神先輩も見せ付けないでよ」
 軽く笑って言うつもりだったのに。
涙が止まらない。

御神先輩は、そっと優しく頭を撫でてくれていた。

「珠葵…。泣くほど嫌?」
「……別…に…ちょっと…っ」
どうにも言い訳できない。

「珠葵は、一人身で、寂しいのが嫌なの?」
100%そうとは言えないけれど。
俺が一人で、御神先輩に他の相手がいるってのが嫌なんだ。

頷くことも否定することも出来ないでいると、御神先輩の指が俺の涙を救ってくれた。
「…俺と2人になったら、寂しく無くなる?」

一瞬、よく意味がわからず顔を上げると、御神先輩に口を塞がれた。
「んぅっ!!」
さっきのキスとは違う。
舌が入り込んで、絡まった。
ぬるぬるして、気持ちいい。
御神先輩の舌だよ。

口が離れても、ボーっとしちゃってて、上手く頭が働かなかった。
「嫌だった…?」
御神先輩が、心配そうに聞くもんだから、俺は首を横に振って、嫌じゃないと示した。

「珠葵は見せ付けないでって言ったけど、俺も一人身だし、見せ付けれるもんなんてなにもないよ」
一人身って。
「御神先輩…。さっきの、彼女じゃないの?」
一応、確認で聞いてみる。
「違うよ」
違うって。
「……じゃあっ……告られたとか。ほら、手紙付きとかさぁっ」
「いや、ないよ。それに、あれは、俺がさっき、あいつ部屋に忘れてっただけのもんだよ」

なに。
じゃあ、あの子が、御神先輩にあげたってわけじゃなく…?
でも、あの子の部屋で貰ったとか?
それを置いてきちゃったとかさぁ。
「貰いものじゃないの?」
「違うよ?」
…紛らわしい…っ。

「なにそれ、もー…。すごく心配したのにっ」
「なんの心配、してくれたの?」
そう顔を覗き込まれ、なんだか恥ずかしくなった。

「…なんのって…」
御神先輩は、やっぱり本当に一人身なんだ…?
じゃあ、今言うしかないよね。

「俺…っ…。御神先輩のこと、好き…っ。他の人に取られたくないし。
だから、バレンタインで御神先輩が貰ったんだと思って、嫌だった…っ」
顔、上げられないし。

御神先輩が、机の方に向かうのが、下を向いたままでもわかった。
息がつまりそう。

そんな俺の視界に、入って来たのはカップケーキ。
「え…」
顔を上げると、御神先輩がにっこり笑ってくれた。
「ありがとう。珠葵…。今日、バレンタインだろ。これ、食べてくれる?」
「……俺が? でも…」
「元々、珠葵にあげるつもりで作ったやつだから」

俺に。
「うそ、なんで?」
「なんでって…。バレンタインだから。意味、わかるでしょ?」
そりゃ、さっきまで御神先輩が他のやつに貰ったんじゃないかって心配でたまらなくて。
そんな俺が、わからないわけがない。

わかるんだけど。
いいの?
「珠葵…俺も好き」
「嘘…」
「ホントだよ?」
差し出されたカップケーキを受け取った。
御神先輩が作ってくれたんだ…?
嬉しい。
「あ、ちょっと待って!」
俺も、急いで自分の作ったチョコを取りに行く。
「これっ!! …御神先輩に…」
「いいの? …ありがとう」
御神先輩も笑顔で受け取ってくれていた。

1番だ。
絶対、1番。
俺も、1番初めに貰えたし。

2人で、それぞれの手作り品を食べることにした。
おいしくて。
なにより、自分のを食べてくれる御神先輩を見てるだけで、幸せを感じた。

ね。
御神先輩も、俺見て幸せとか思ってくれてないかなぁ…なんて。
「珠葵、おいしい?」
「うん。おいしい♪」
「よかった」

そう言ってにっこり笑ってくれるくらいだもん。
御神先輩だって、たぶん俺と同じ気持ちだよね。

今、すごく幸せだ。