「深雪先輩♪ チョコ、貰ってください♪」
ドアを開けた先にたっていた智巳ちゃんが、とびっきりの笑顔でチョコを差し出す。
「……気持ち悪いから止めろ」
「へぇ。結構、冷たいよね、俺に対して」
「だいたい、それ、貰いもんだろ、どうせ」
「よくご存知で」

そう言って、大量のチョコが入った袋を持って、中へと入り込んでくる。

「……あのさ、今日、バレンタインですよ?」
「そうですね」
「……もうちょっとしたら、俺出てきますから」
「どこへ?」
「……彼女んとこだけど」
智巳ちゃんは、冷めた目つきで俺を見る。

「……変わりましたね、先輩も。バレンタインに彼女の元へってさぁ。乙女じゃあるまいし」
「お前は? 尋臣んとこ、行かないわけ?」
「……そういう約束はしてないから」
智巳ちゃんに素直じゃないところがあるのは十分に知っていた。
尋臣のこと好きなくせに。
自分からはなかなか行かないのだ。

拗ねてるってのが、目に見えていた。
そりゃ、昔は俺に恋愛感情を持ってくれていたわけだから?
そう言った意味合いで今日来ることも可能性としてなくはないが。
尋臣から誘いの電話が来ないのに関して、寂しくて、俺の元へと空元気で来ただけだろう。

「……智巳。尋臣に断られたわけじゃないんだろ?」
「別に。誘ってないし」
「お前から誘ってやれよ」
そう言うと、しょうがなくなのか、ため息をつく。
わざとらしいため息ではなく、素で。
「俺はね、尋臣から誘われたいんだよ。求められたいわけ」
「わかるよ。だけど、平日だろ? 俺ら社会人だろ? …あいつはわがまま言わないタイプだから、気を使って誘わないでいてくれるんだよ。わかるだろ」
「わがまま、言ってくれたらいいのに」
「お前がわがままなんだよ。お前の方から求めてやれよ」

そう話している最中でも、智巳は一人でもしゃもしゃとチョコを食べていた。

しょうがなく、少しの時間、智巳と過ごし、その後、俺は彼女である雪之丞に会いに行った。

夜8時。
雪之と待ち合わせた公園へ。

思ったとおり、不機嫌そうな雪之が俺を見る。
「雪之……」
「仕事ですか。急に1時間遅れるって」
そう。
智巳ちゃんの目を盗んで、1時間約束時間から遅れるとの連絡はメールでしていた。
とはいえ、この公園が雪之の家と近いわけじゃない。
どこかで時間を潰してくれていたんだろう。

「あぁ。ちょっと同僚に捕まって……」
俺はそれ以上は話さずに、雪之の腕を取り引き寄せる。
後ろから抱きしめて、耳元にキスをすると、それだけで雪之の体がこわばるのがわかった。
「待ってた?」
「っ……だから、こうしてここにいるんでしょう…? わかりきったこと聞かないでください」
あいかわらずの強気は言い回しが、かわいくて。
もう一度、ギュっとその体を抱きしめた。
「……キツいですっ。公共の場で、そういうのは抑えてください」
やめてください……とは言わないんだな、こいつ。
そっと、腕の中から雪之を開放してやると、あまりにもあっさり俺が話したからか、少しだけ不安そうにこっちを振り向く。
別に、嫌でやめたわけじゃないんだけどなぁ。
だけれど、こいつがマイナス思考で恋愛に関しては特にねじれた方向に考えることを俺は知っているから。
不安にさせないように考えてあげなければならない。
俺は、雪之の手をとって、握ってやった。
「……これくらいなら、公共の場でしてもいいだろ?」
そう言うと、つまらなそうに視線をそらす。
これが、照れ隠しだってのも、俺にはわかるから。
そのまま二人でベンチへと座った。

思った以上に雪之の手が冷たくて。
ずっと待っててくれたのが、ものすごく伝わって。
俺の手で、あっためてやりたいとも思った。
繋いだ手から、体温を奪い取って欲しいなぁなんて思うわけ。

「……雪之が平日に呼ぶのは珍しいよな」
「……はい」
少しだけ、俯いて。
しょんぼりしているようだった。
わがままを押し付けてしまったとでも考えているんだろうか。
「どうした? 俺に会いたかった……?」
軽くからかうようにそう言っても、こいつには冗談が通じない。
ただ、だまってしまうもんだから。
図星なんだろう。
「雪之がそう思ってくれたのなら、嬉しいし。平日だろうがなんだろうが、会いに行くよ」
優しくそう声を掛けてみる。
が、雪之は機嫌を損ねたままだ。
「……そんな迷惑な行動、俺はしないですよ」
「迷惑って……」
「女じゃあるまいし。毎日会いたいだなんて……。そんな我侭言いませんから」
言わないけれど、会いたいと思っていてはくれるわけ?
わがままだと思うから言わないって。
そういうこと?
「会いたいとは思ってくれてるんだ?」
「っ……それは、そういう日もありますけど……」
かわいいなぁ、ホントに。

もう一度、身を乗り出して、雪之へと口付ける。
公共の場だけれど。
雪之は俺から逃れようとはしなかった。

「じゃあ今日はどうして会おうって。そう思った? 雪之の我侭?」
目の前でそう問う俺から、雪之は視線をそらす。
「……わがまま、なんですかね……やっぱり」
少し残念そうにそう言うもんだから。
言い出したのは俺だけど
「いや、違うだろ」
否定する。
「え……」
「たとえば俺が寝込んでたり仕事が忙しかったりして。どうしても会えそうにもないときに無理やりにでも会いに来てって、そう言ったのならわがままかもしれないけれど。雪之は違うだろう? 会いたいって思ってくれて。誘ってくれて。二人で会おうって決めたんだから。そういうのは我侭とは言わねぇよ」

雪之の手から、少し力が抜けるのがわかった。
いままで、自分のわがままだと思ってたせいで緊張してたんだろうか。


「でも俺は……。あなたが、他の子とこの日を過ごすのが耐えれなくて。だから誘ったんですよ」
だから、自分が普通に誘ったのとは理由が違うということですか。
確かに、理由は違いますよ。
実際、自分が会いたかったからと。
他の人と会わせたくなかったからと。

どっちも似たようなもんだけどなぁ。
違いがわからんでもないけど。

「他の子と過ごして欲しくなかったわけ?」
「……はい」

卒業してから、こいつ、素直になったよなぁ。
あいかわらず、照れ隠しなのか、拗ねたような態度はとってくるけど。

「じゃあ、俺が誰とも会わないってわかってたら、会いたいって気持ちは生まれなかったのか?」
「いえ、そういうわけでは……」
「じゃあいいだろ」

そう言いきる俺を見て、コクリと頷いた。


かわいいな。
俺は、乗り出していた身を元の体勢に戻し、ベンチへと背を預けた。

と、俺と繋いでいた雪之の手が、離れる。
一応、目を向けていると、カバンからなにかを取り出していた。

「……これ」
俺の前に差し出して。
チョコですか。
まさか、雪之がこういった行動に出るとは思ってなかったから、めちゃくちゃドキドキするし。
「去年は、渡せなかったから……」
去年のバレンタイン時。
付き合いだしてはいたが、学校ということもあったし、なにげなくスルーされていた。
俺も、雪之はこういうの気にしないタイプだと思っていたし。
というか、雪之は周りの生徒を気にしすぎるタイプなのだろう。
女々しい行動は慎もうと考えていたに違いない。
でも、本当は、去年も気にしてくれてたのか。
「ありがとう」
「去年……たくさん貰ってるのを目の前で見て、あげれない自分が悔しくて……だけど、そのうちの1つになるのも嫌だったから、そのまま、過ぎちゃって……」
「気にしてくれてたの?」
雪之が素直だと、俺も素直にこいつをかわいがれるんだよなぁ。

ホントにかわいくて。
チョコを受け取り、そのまま、抱きしめた。
「どうせ、今日もたくさん貰ったんだろ」
「職業がら、しょうがないだろ。生徒のは断れないんだよ」
わかっているけれど、少しいい気持ちはしないという感じで。
雪之は俺の背中に手を回した。
「職業がらみ以外では、雪之にしか貰ってないし。雪之が嫌だっつーんなら、全部、返しに行くけど」
「そんなことまでしなくていいですよ……」
「顔、あげて」
俺の腕の中で。
まだ、少し不安そうな顔で雪之が見上げる。
雪之と口を重ねて。
不安を取り除いてやれるように。
強く抱きしめた。

「雪之……好きだから」
「はい……」
「信じてる?」
「……少なくとも、先生だから生徒にいい顔しなくちゃいけないとか……そういった意味合いではないんだろうと、思えるようにはなりました」
ホント、前は、好きだっつっても、生徒みんなにいい顔してるやつだと疑われてたからなぁ。
「別に、俺はお前を生徒として見てるわけじゃないから」
「じゃあ、なんですか?」
「恋人に決まってるだろ?」
そう言う俺に、少し恥ずかしそうにして。
それでも、雪之の方から口を重ねてくれた。