俺と珠葵と晃は、学校近くの店に入って。
晃がチョコを選ぶのを、珠葵が一緒に、勧めたりして見ていた。

っと。
量り売りのお菓子売り場を見つける。
こんなのあったっけ。
いや、なかったぞ。
新しくできたんだ。

おもしろそうだから、俺は、箱を手にして、お菓子を乗せていく。
ラムネとか、ミンツとか、1つ1つ包装されてないのは、上に掛かってる小さい袋に入れて。
傍にあるテープで止める。
いいんだよな、このテープ、使っても。
飴とか、他にもいろんな種類のお菓子。
自分でも、重さを量って、確認して。
これなら500円くらいか。

こういうのって、知らないうちにたくさん取っちまうよな。
まぁいいや。
レジの人に箱を渡すと、重さを量ってから、そのあと、紙袋に移し変えてくれた。
思ったとおり、500円弱。

なかなか、面白いものをやったぞ。
「深敦くーん」
紙袋の重みを確かめていると、そう声がかかる。
「あぁ、珠葵」
「もう、捜したよー。いつのまにかいないんだもん」
「ごめん。ちょっと、これやってて」
量り売りのところを指差して。
「へぇ。いつのまにか、出来たんだねぇ」
って、やっぱり。
前はなかったよな。
とりあえず、俺は紙袋を自分のカバンの中へとしまった。
「あ、晃、買った?」
珠葵の後ろにいた晃に聞くと、恥ずかしそうに…それでも嬉しそうに
「うん」
って、頷いた。

「ねー、深敦くんは、いいの?」
珠葵が、俺にそう聞いて。
目でチョコ売り場を示す。
「…うーん」
「別に、買いにくいとかそういう雰囲気じゃないしさぁ。なんていうか、女の子しか買わないーとかそんなんじゃなくって、ここ、ただ、いろんな種類のチョコを集めた場所って感じだし」
確かに。
デパートのバレンタインデーコーナーみたいな感じとはだいぶ違う。
いろんな国のチョコを集めた…輸入雑貨のチョコバージョンみたいなノリ?
これなら、買いにくいこともなさそうだ。
でもなぁ。
「いいよ、別に、俺は」
おかしいよな。
男が男にあげるってさぁ。
だいたい…
俺には、啓吾にチョコをあげるなんて女々しいこと、出来ないし。



俺らは、3人で寮の学食に寄って、夕飯をすまして。
それぞれ、自分の部屋へと帰った。
晃はたぶん、春耶のところへ行くんだろう。
珠葵も、たぶん、御神先輩のところに、また、行くんだろう。
朝、渡して、なにかOKだったとしても、それっきりなわけないし。

…ってか、春耶と御神先輩、ルームメイトなわけだから、みんな会っちゃうのか?
どうすんだろ。
そこら辺は、たぶん、珠葵が、春耶に『晃んとこ行って』とか言うんだろうな。


「おかえり」
って。
悠貴先輩が俺を迎えてくれる。
「ただいま」

「貰ったの?」 悠貴先輩が、俺の机の上のチョコを見てそう聞く。
「うん」
「それ、俺も貰ったよ」
悠貴先輩は、そう言って、俺に1つチョコを見せる。
俺が机の上においたチョコのうち1つと同じだ。
「…拓耶先輩の…」
「そう。今回は、まともなモン、作ってんのかな」
今回はって…。
「去年とか、やばかったんすか…?」
「ちょっとね…」
「でも、昨日、拓耶先輩の部屋で貰った生チョコはおいしかったよ」
あ、生チョコじゃないけど…。
「変なもん、混ぜて工夫とかしてくれてなければいいけど…」
あぁ。
そういうことしちゃう人なのか、拓耶先輩って…。
大丈夫か?

「智巳先生の授業、今日あったよ」
「そっか。なんかトークした?」
すっげぇした。
「うん。悠貴先輩、もうあげた?」
「智巳先生に? 放課後、渡したよ」
おぉお…。
放課後…ってことは、朝の6個に、悠貴先輩の分は含まれてなくて。
凪先輩のもあるし、最低でも、8個目、貰ったってことか…。
「俺、智巳先生と、なぜか明日、もらったチョコの数、教えあうことになってさ」
「そうなんだ? 俺にも教えて欲しいな」
「智巳先生が貰った数?」
「深敦くんのは、机に置いた数、見ればわかるからね」
そうだよな。
「…うん…。それはいいけど」
自分があげた人が、他からどんだけ貰ったかって、知ってどんな気分になるんだろう。
別に、義理とかなら関係ないか。
「とりあえず、朝、1時間目の時点では、すでに6個貰ったって言ってたけど」
あと、凪先輩にも。
「やっぱりモテるね、あの人は」
苦笑いして、そう言った。
「智巳先生って、付き合ってる人とか、いるんすかねー」
どうなんだろうって、悠貴先輩も言うと思って、軽いノリで言ったのに。
「いるよ」
あっさり、そう答えてくれちゃう。
「え…」
そりゃ、彼女いそうだなとは思ったけど。
…って、別に、前々から、そんなこと、考えたりはしてないけど。
今思うと、いてもおかしくない…というか、いそうだなって思う。

本当に、いたんだなー…。
「この学校の副会長」
少し冷めた口調で。
それでも、少しだけ笑うようにそう言った。
「嘘…」
「神宮寺尋臣先輩」
そうだったのか…。

あ、俺もなんだか、これって、裏から情報貰ったって感じだな。
智巳先生が俺と啓吾のこと、なぜか知ってたように。
俺も、智巳先生のこと、知っちゃった。

明日、それとなく智巳先生にさぐりを入れてみようか…。


しばらくすると、インターホンの音。
真綾先輩だ。

「こんばんは」
入ってくるなりそう言って、俺の机の上のチョコを見る。
「なに? これ」
「ん。俺の」
「もらったんだ?」
「うん」
真綾先輩は、にっこり笑って、俺を見て。
「俺もあげる」
って。
1つ机に置いてくれる。
「え…いいの…?」
真綾先輩に聞くと、もちろんいいって言うし。
つい、悠貴先輩にも目を向ける。
だけど、昨日も、あの子は、誰にでも配りまくる子だからって言ってたし、どうやらいいようだ。

「ありがとうございます〜」
俺は、一度、机の上に置かれた真綾先輩のを手に取って、また、机の上に並べた。
なんか、おきっぱなしだと、俺が、どうでもいいみたいに思ってるみたいだから。
ちゃんと、一度は手にとらねぇと。
7個か。


にしても、バレンタインデーで。
カップル同士で…。
俺、邪魔だよなぁ…。
うーん。
晃の部屋はたぶん、春耶がいて。
春耶の部屋はたぶん、珠葵と御神先輩がいて。

…やっぱ、ここは啓吾の部屋しかないか。
数学のノートのことも、早いうちに謝っといた方が、いいだろうし。

「ちょっと、出かけまっす」
菓子でも、持ってくか。
俺は、お菓子の入ったカバンを持って、啓吾の部屋へと向かった。



ピーンポーン
って。
インターホンが鳴り響く。
誰か出ろよー…なんて待ってると凪先輩だ。
「啓吾は…」
「電話で呼び出しかかってたみたい」
なんだよ、もう。
まぁいいや。
「ちょっと、俺も出かけるけど、深敦くん、まだここにいる? 啓吾くん、すぐ帰ってくると思うけど…」
俺が、すぐ出てくなら、凪先輩は俺が出てったあとにカギを掛けるんだろう。
「ん…。じゃ、啓吾が戻ってくるまでくらい、俺、いますから…。いいですよ、カギかけなくって」
「そう。ありがと」
そう言って、凪先輩は、部屋をあとにした。



俺はまた、いつもみたいに啓吾のベッドに座り込む。
枕もとの方。
投げ出されたチョコがいろいろ。

あ、これは、優斗のか。
榛先輩のも。

他は知らない。
メッセージカードなんてつけるほど女々しい子はいないのか。
渡すとき、直接、なんか言ったりしてんのかな。
うつ伏せになって、寝転がって。
ベッドに肘を付きながら、そっとチョコを手に取った。

今日の朝。
啓吾にチョコをあげた子は、貰ってくれさえすれば…って言ってた。
付き合うとかじゃなくって。
そりゃ、俺が貰ったチョコも、付き合うとかじゃないけど。
でも、それは、全然、意味が違う。
あの子の場合は、啓吾が付き合ってる人がいるって知ってるのかはわかんないけど。
とにかく、振られてもかまわないから、気持ちだけは伝えたいって、そういった感じだろう。

16個…かな…。
でも、俺みたいなのじゃなくって。
全然、価値の違う16個だと思う。
そりゃ、俺が貰ったのが、価値がないってわけじゃないけど、意味が違う。

例えば、先生とかは、立場上、俺がもらったのと近い意味のチョコをたくさん貰うんじゃないかなって思う。
智巳先生の場合は、本当にモテるんだろうけど。

なんでみんなさ…。
啓吾に、付き合ってる人いるって、知ってないわけ?
それとも、俺が啓吾に似合ってないから、あげるわけ?

もう、付き合うとか関係なく、ただ、気持ちだけは伝えたいーなんて、熱い子もいるのかもしんねーけど。

深敦くんは、あげないの?

って。
今日、何度も聞かれた気がする。
初めは、なんとも思わなかったけど、何度も聞かれるうちに、少しだけ、『あげない』って言いにくくなってた。

チョコを元の場所に置いて。
横向きに布団を被って寝転がる。


なんで…。
晃も珠葵も。
凪先輩も、真綾先輩も。
あげてんだよ。

拓耶先輩とかとは、違った意味で。
ちゃんと、あげてる。

なんで。 男だろ。
おかしーじゃん。

おかしいって思いたい。

ホントは別におかしくないんだ。

バレンタインデーっていう機会に、物をあげて気持ち伝えて。
別に、男女、同等でいいと思うって、ちゃんと前にも考えた。

だけれど、おかしいって思いたいのは、自分があげないから。
あげないから、あげるって行為の方が、おかしくて、あげない自分が正しいんだって。
自分を正当化しようとしてるんだろう。

なんかもう、涙出そうになってくる。

すっげぇ、罪悪感。
苦しい。
だって、あげなくていいだろ?
俺、男だよ。
あげなくて普通じゃん。
なのにすっげぇ、苦しいし。

啓吾が、貰ったのが、むかつくとかそんなんじゃない。
そりゃ、そういうのも少しはあるかもしれないけど。
それ以前の問題っつーか。
啓吾の彼女でもなんでもないやつが、いろいろ用意してんのに。
俺は、なにも用意してなくって。
啓吾が、どう思ってたかはわかんねぇけど、もしかしたらすっごい期待はずれみたいなことしてんのかもしれなくて。

そう思うと、罪悪感で押しつぶされそう。

だって、そんなんあげらんねーもん。
恥ずかしくって渡せるわけねーじゃんか。

「むかつくっ…」
つい、そう口から洩れる。

こんな自分がものすごく嫌だ。
罪悪感で苦しいなら、チョコくらい用意すりゃいいのに。
でも、渡せそうにないからって、結局、用意しなかったり。

こんな自分、嫌すぎる。

そう思ったら、悔しくて。
涙が出て来た。


泣いてしまうと眠くなるのは、俺だけじゃなくって、人間全部なんだろうか。 目が疲れるから、目を瞑りたくなって。
目を瞑ると、眠りたくなるんだ。
きっとそう。

手作りのチョコが混ざってるからか、昨日、凪先輩がここでチョコケーキを作ったからか。
少し甘い匂いがする。
いい匂いなんだけど、今の俺には、罪悪感を余計に感じさせられて、少し苦しかった。