昼ごはんの時間。
いつもみたいに学食で食べてると、また、かわいい子が啓吾んとこへ。
もらってくださいーってやつか。
チョコらしきモンを差し出す。
今度は、わざとなのか、俺にあてつけるようにして、笑顔でそれを受け取って。
いやみらしい。
…でも、別に俺の方はまったく見ない。
あてつけでもなんでもなく、笑顔で受け取ってたらそれはそれでかなり寂しいけど…。

かわいい子が向こうに行ってしまった後。
「啓吾くん、チョコ好きなの?」
珠葵が、そう突っ込んでくれる。
「まぁ、好きだけど」
まぁ好き?
中途半端な答えだな、おい。

はぁあ。
一口、やっと頼んだラーメンを口ん中に運ぼうとしたときだった。
後ろから抱きつかれる感触。
「っ?」
「やっほい」
って。
優斗だ。
「なんだよっ」
「チョコ、好き?」
チョコ?
「好きだけど…」
好きじゃなきゃ、チョコフォンデュなんてやってらんねーよ。
「じゃ、あとであげよう」
って。
「ホント?」
「ホント」
「俺、美術室、行くよ?」
「俺のチョコのために、来てくれるんだ?」
いや、そうじゃなくって。
「今日は、行く用事が別にあるからなんだけど」
「へぇ。なになに」
「拓耶先輩に呼ばれて」
「ふーん。いいよ。おいでね」

よし。
とりあえず、啓吾みたいに、誰かに好かれて貰うのとはわけが違うけど、貰えるのはやっぱ嬉しい。
智巳先生に言うにしろ、あんなモテモテの人に言うのに、数少ないんじゃ、言いにくいし。
とはいえ、男子校だからって、割り切ることもできるけどな。
なんか、この学校じゃ、それ、通じなそうだし。

「写真部にも、顔出しゃあて」
耳元でそっと優斗が言う。
「…う…ん?」
俺の頭をポンって叩いて、そのまま、別の席の方へと行ってしまった。
写真部か…。
ってっと、榛先輩か。
うん、美術部行く途中で寄ってくか。


っと、啓吾と春耶の後方、そっとこっちを見る子が。
俺と啓吾たちは向き合わせだから、啓吾たちは気づいてないんだろうけど。

「佐渡啓吾くん、ちょっと…」
って、やっと、声がかかる。

知らない人だ。
先輩かな。
学食って、こう学年違う同士が会うのに絶好の機会だし。
「なにか…?」
啓吾も、その人が先輩だとわかってか、少し敬語っぽい。
あ、啓吾が敬語って、シャレみてぇ。
「っふふ…」
「何、笑ってんだよ」
啓吾が、冷たくそう言って。
あぁ、これじゃあ俺、この先輩が啓吾に声かけたのがおかしくて笑っちゃった失礼なやつみたいじゃん。
「違っ…。うーん…」
どうにも、言い訳なんて出来ねぇや。

すると、先輩と共に立ち上がって、少し離れたところへ。
2人で話したいのか。

「どーすんのさー、深敦くーん」
そう珠葵がいつもみたいに、はっきり聞いてくる。
「どうするって…」
「あの人、啓吾くんのこと、好きなんじゃないの?」
やっぱり?
だからって、どうするってなぁ。
「俺には、どうすることも出来ないし」
「えー…それでいいの?」
「別に、貰うもんだけ貰って、断るだろ」
って、俺、自信満々に言うけど。
どこにこんな自信があるんだか。
別に、俺と比べて先輩がどうとかじゃなくって、なんか、啓吾が他の人と付き合うイメージってのがどうにもわかなくて。 軽くあしらうイメージの方が強すぎるから。
「でも、さっき笑ったのは、ちょっとどうかと思うけど」
珠葵がそう言うのに、相槌を打つように、晃と春耶も少し心配そうに俺を見る。
「あれはさぁ。啓吾がなんか、あの先輩に対して敬語使ってたから、啓吾が敬語とか思ったら、シャレみたいで、そう考えたらつい笑っちまったんだよ」
「深敦くんらしいねー」
俺らしいってなんなんだろう。

しばらくして、やっぱりなんか包みを持った状態の啓吾が戻ってくる。

それを、自分の隣の椅子に置いて、まるでなんでもないみたいにまた、ご飯食べ出すから、なんか突っ込むにも突っ込めないし。

まぁいいや。

とりあえず、夜、数学のことは謝っとくか。



放課後も、啓吾は、誰かになんか貰ってるみたいだし。
けっ。モテるこった。
もう、どーでもいい。
春耶も、貰ったみたいだな。
春耶って、晃のこと考えて断りそうなのに。
そこら辺、根がいいやつだからムリなんだよ。人の気持ちを考えて。
啓吾が断らないのは、なんかもう、俺のこと無視って感じだけど。
ま、それは別にどうでもいいんだけどさ、俺は。


「珠葵―。美術部行く?」
「うん。もちろん行くよ。約束したもんね。晃くんは?」
そう振ると
「僕…やっぱ、水城くんにあげた方がいいかなぁって…」
あぁ。チョコ?
「なんか、水城くんが、他の子からもらうの見てたら、やっぱり…そう思って…」
「うん、あげなよぉ」
珠葵は、そう晃に勧める。
「うーん…。あげるかはまだ迷うけど…とりあえず、用意はしてみようかと…」
つまり、今から買いに行くってことか。
「深敦くんは…? 買いに行かない?」
俺…?
「俺は…いいよ。わざわざ…」
そんなんあげるキャラじゃねーもん。
「あ、でも、別に付き合うよ? 美術部とか、顔出すだけだし、すぐ終わるし」
一人で、買い物って寂しいかもしんないし…っていうか、『買いに行かない?』ってのは、誘われてるのか、ただ、聞いてるだけなのか微妙な感じで。
誘われてるんだったら、ついてってやりたいし。
「じゃあ、美術部行こうかな」
「うん。そうしな。ちゃんと時間、配慮すっから」
そう言うと、少し安心したのか、笑顔で頷いた。
あいっかわらずかわいーなー。

「くぅう。春耶の幸せもんめー」
「あぁあ、晃くんが笑顔なんて見せるから、深敦くんが壊れちゃった」
壊れたとは失礼な。


春耶と啓吾は、いっつも2人でいるから、こうやって出かけたりするときに誘ったりはしない。

別に、2人セットだと嫌だとかそういうわけじゃねーけど。
5人でゾロゾロ行くのも変だし?

俺らは3人で美術室へ…。
っとその前に。
「あのさ、写真部寄っていい?」
「うん。いいけど…」
「昼んとき、優斗に、顔出してみろって、言われてさ」

写真部の扉をノックして。
中から出てきてくれたのは、部長の榛先輩。
「久しぶりだね。どうした?」
あぁ。そうだ。
なんの用か聞かれたらわかんねーじゃん。
「えっと…。わかんねぇけど…。優斗が顔出しなって言ってて。ちょっと、覗きに」
何言ってんだろね、俺も。
「うん。わかった」
にっこり笑ってくれて。
なんか、あいかわらずいい人だなぁ。

いったん奥へと行った榛先輩は、すぐ戻ってきて、俺ら3人に
「はい」
って。
袋の包みを渡してくれる。
「チョコ。たくさん作ったからね」

「ありがとうございます」
珠葵と晃がそう言うのに対して
「すみませんっ」
って。
俺一人だけが、そう言っていた。
「深敦くん…?」
3人ともが不思議そうに俺、見るし。
「っだって…なんか、わざわざ貰いに来たみたいで…っ」
珠葵と晃は、ついてきただけだからいいかもしんねーけど。

「いいよ。ホント、たくさん作ってたし。余ったら持ってこうと思ってた物だし。あ…春耶くんと啓吾にも、あげてもいい?」 そう俺と晃の顔を見て言う。
一応、晃が春耶と付き合ってて、俺と啓吾が付き合ってるから、そうわざわざ聞いてくれるんだろう。
「俺は、全然、別にいーけど…」
晃も、OKだと、頷く。
「春耶くんも啓吾もさ、いろいろ世話になってるから。他の人たちにたくさんあげてるのに2人にあげないってのもなんかなーって思って」
この人も義理堅い人だな。

「あ、もしかして、このあと、美術室とか行く?」
優斗に言われてここに来たわけだし、このあと、美術部に寄るってのは、簡単に予想出来るだろう。
「うん。行きますよ」
「じゃあ、ちょっとアルバム、持ってってくれないかな」
って、1冊、アルバムを渡してくれる。
「わかりました」


俺らは、アルバムを預かって、写真部をあとにした。
思えば、アルバム渡してくれなかったら、写真部、立ち去りにくいよな。
チョコもらって、それだけってのはさ…。
もしかしたら、そういうことまで、考えてくれちゃってたりするんだろうか。

追い払ったとも思えるけど。
そうじゃなくって、慎先輩の場合、俺らが立ち去りやすい状況を作ってくれた感じがする。



「あー、みつるくん」
廊下を歩いていると、そう声がかかる。
「拓耶先輩」
「おいでおいで、美術室―」
「あんま、長くはいれないんだけど」
前もってそう言っておいた。

でも、こうやって声をかけてもらえて、よかったと思った。
なんか、自分から行って、物貰ってすぐ帰るのは申し訳ないし?
もう、いかにも貰うためだけに行きましたって感じが出まくってて。

今の場合だと、拓耶先輩に連れてこられたって感じがするから。

あぁあ、なんか、俺、嫌な考え方。
でもそうだろ。
人に、がめついやつだって思われたくないし。
結局、拓耶先輩のおかげで、そう思われずにはすみそうだけど、やってることは同じだ。

でも、もともと、拓耶先輩には呼ばれてたしね。


美術部に招き入れられて。
拓耶先輩はやっぱり俺らにチョコをくれた。
晃も連れてきたけど、ちゃんと余りあったかな…。

「昨日の、悠貴にあげた?」
バナナチョコのことだ。
あ、チョコバナナ?
どっちでもいいや。
「うん。でもまだ、今、冷凍庫で冷やしてるけど」
「そっかぁ。冷やして食べるのも、よさげだね♪」
にっこり笑って。
しばらく話してると、奥にいたらしい優斗が出てきて俺らを見つける。

「深敦くん、昼はどうも」
別に、なんもしてないけど。
「あ、これ、榛先輩から預かった」
アルバムを差し出すと、ありがとうって受け取って。
代わりみたいに、チョコをくれて。

うーん。
俺って、なかなか順調に数が増えてるぞ。
4つか。

しばらくは一応、付き合いで、遊んでたけれど、時間が5時半。

「ちょっと、買い物行くから、もうそろそろ…」
そう切り上げる。
晃が、少しほっとした顔をした。
やっぱ、俺が時間忘れちゃわないか、不安だったんかな。
大丈夫だって。

「買い物? なんか、買うんだ?」
「ちょっとね」
あえて、なにも言わないでおいた。
晃だって、そんなにチョコ買うんだーとか言われたくないだろうし。
この人たちなら、別に、言ったところで、からかったりするとかないとは思うけど。


いったん、それぞれ寮の部屋に戻って。
着替えてから、行こうってことになった。
別にどっちでもいいんだけど、貰ったチョコとか持ったまま行くと、盗んだと思われそうだし。
つっても、既製品は、優斗のだけだけど。
その前に、必要最低限、昼ごはんのお金しか、俺ら持ってきてなかったから。


部屋に戻ると、ドアの前に凪先輩が。
「あれ…」
「今日は、バレンタインデーだよ、深敦くん」
にっこり笑ってそう言って。
俺は、とりあえず、ドアの鍵をあける。
悠貴先輩はいないのか…。
「凪先輩は、やっぱ優斗にあげたんですか?」
「一応、昨日、あげたんだ。昨日っていうか、12時過ぎだから今日だけど。チョコレートケーキを」
ケーキっ!?
「すごいっすね」
「優斗先輩さー、モテるから…。ケーキくらい作らないと、目立てないよ」
目立つもなにも、凪先輩自身が彼女だからいいと思うんだけど。
でも、自分が、ただのちょっとしたチョコで。
他の人が、ケーキとかすごいもん優斗にあげてたら、嫌かもしんないな。
「あ、智巳先生って、前、凪先輩たちの担当でしたよね」
「うん。そうだけど。あの人もモテるよねー」
「そうそう。俺1時間目に聞いたら、もう6個もらったって言ってたし」
「俺も、あげたよ、さっきね。よく遊ぶからさー」
「えー」
さっきってことは、じゃあ、最低7個か…。
絶対、もっと貰ってるよなぁ。
「深敦くんは、誰かにあげないの?」
啓吾に…じゃなく、誰かにって聞くんだ?
「うーん。あげないね…」
「そっか。はい、これ、あげる」
そう言って、カバンから取り出した箱を1つ渡してくれる。
「え…」
「チョコ」
「あ、ありがとうございます。すいません、俺、全然用意してなくて…」
「あぁ、いいよ、そんなん全然」
それが用件だったみたいで、俺にチョコだけ渡すと、またねって。
部屋を後にした。


もらっちゃった。
俺は、カバンから、今日貰った他のチョコも取り出して自分の机の上においといた。
カバンの中だとぐちゃぐちゃになっちゃいそうで。
珠葵と。
榛先輩と。
拓耶先輩と。
優斗と。
凪先輩。

5個か。うん、いい感じ。

とりあえず、着替えて財布用意して。
珠葵と晃、呼びに行くか。
そう思ったときだった。
「深敦、いるかー?」
って。ドアが開かれる。
「…あれ。凍也先輩」
「さっき、凪が俺んとこきて、今なら、お前、部屋にいるっつーからさ」
なるほど。
で、なにか用なのかな。
「誰にも貰えないっつーのはさ。男として寂しいだろ」
やっぱ、バレンタインデーのことか。
「うん」
「まぁ、凪もやったっつってたけど、俺もやるよ」
「…同情?」
「いつもかわいがってやってっだろうが。素直に受け取れって」
そう言って、チョコをくれた。
「ありがとうございます」
「…でも、思ったより貰ってんのな。お前」
俺の机の上を見てか、そう言って。
「…ん…。誰も、俺を好きでくれる人はいないけど」
「まぁまぁ。とりあえず好意はもってんだよ。くれるっつーことはさ」
そうだよな。
「じゃ、俺は、他にもあげるやついっからさ。まったな」
俺の頭をぐしゃぐしゃーってやって、笑いながら、部屋を出て行った。

見た目怖いけど、いい人だ。
6個め…っと。
机に並べてから、俺は部屋を出た。