「…柊先生…。ちょっとお時間いいですか?」
『どうかしました? 忘れ物でも…』
「はい…。ちょっと…もう一度、会ってもらえますか…?」
『俺はかまいませんよ。…今日はもう遅いけど…』
「…はい…でも、どうしても…今日がいいんです」
『わかりました。もう一度、会いましょう。今日のうちに…』


そう電話をした理由は、バレンタインチョコを渡すため。
結局、俺が柊先生の家まで。

インターホンを押すと、すぐさま柊先生がドアを開けて出迎えてくれた。
…待っててくれたんだろうか。

「あ…あの…」
やばい。
勢いで来ちゃったけど、やっぱり恥ずかしい。
「どうしました? あがっていきますか」
ひとまず、玄関に入れてもらえるけれど、部屋にあがるほどの用事ではない。
「っ…貰って…いただけますか?」  
チョコを差し出すと、まぁもちろんだけれど受け取ってくれる。
「…ありがとう。顔、真っ赤だけど」  
俺の頬を撫でてくれるけれど、恥ずかしくて顔をあげれずに、うつむいていた。  
ただ、柊先生の左手が、俺のチョコを確かに持ってくれているのだけが目に入る。  

「顔、あげて」  
やっぱりこの人はサドだ。  
右手が、俺の顎を撫でて、さりげなく上を向かそうとする。
「っ…明日…仕事だし、もう帰らないと…っ」
「うん。とりあえず顔、あげて」
 しょうがない。  
顔をあげて、柊先生を見る。  
あ…なんか、企んでるような、サドっぽい顔。  
やっちゃってるとき、不意に見せるあの顔だ。  
素っぽくて、俺の好きな。  
よくイく直前に見る。  
そう考えたら、急に体が熱くなった。  
やばい。  
慌てて視線を逸らす。
「どうしたの…? 芳春…」
「っ…」  
俺の頬を撫でながら、耳元でささやくように俺の名を呼ぶ。  
芳春って。  
いつもは先生って言うくせに。  
ヤってるときだって、俺の名を呼ぶことは少ない。  
今日も呼ばれなかった。  
場所が学校だったから、素になりきれてない部分も少しあったと思う。
 
今は、柊先生の家だ。
「明日、学校だし、早く帰らないとね」  
そう…なんだよな。  
けれど、こんな風に柊先生が、俺にタメ口でしゃべるのって、いつもヤるときだけだし。
 敬語のときもあるけど、激しいときはタメ口だ。  
って、俺もなに考えてんだろう。  
やる…気か?  
いやでも、もう一回したし、帰ろう。
「帰り…ます。それ…やっぱり渡したくて…っ」
「うん。ありがとう。キスだけしていい?」
 キスだけ…なら…。
「…すぐ、帰りますよ」
「わかってる」  
頷くと、柊先生はわざわざチョコを靴箱の上に置いてから、俺に、口を重ねた。  
後ろのドアに体を押し付けられる。
「んぅっ! んっ」  
舌が入り込んで、俺の舌に絡まって。  
熱い。
「…芳春…舌、出して」  
一旦、口を離してそう言われ、少し舌を出して見せる。
「ん、もうちょっと、出してごらん」  
恥ずかしいけれど、舌を出すとその舌の上をなぞるように柊先生の舌先が這う。
「んぅ…」  
その後、また含まれて吸い上げられて。  
口が深く重なり合う。
 
ねっとりと絡む舌に頭がボーっとした。  
どっちのかわからない唾液が、口から溢れて顎を伝う。  
 
口を離した柊先生が、指でそれをぬぐい、俺の唇を撫でた。
「駄目じゃない? こぼしちゃ…」
「はぁっ…あ…」
「ちゃんと飲んで」  
そう言って、俺の後頭部を支えるようにして、上を向かせる。
「もう一回、舌、出して」  
舌を出すと、その上に柊先生が唾液を垂らす。
 
たまになんでこんなことするんだろうって思うときもある。  
けれど、このとき柊先生はものすごく愉しそうで。  
俺もなぜかすごく興奮していた。
   
気持ちいいとかの問題じゃなくて。  
好きじゃないと出来ないって思ってるし、 柊先生に従わされてる感覚に、欲情する。
 …変態だ。  
 
飲み込むのを確認してか、今度は指先を口の中に入れられる。  
なんだか妙に恥ずかしい。

「上手にしゃぶって?」  
耳元でそう言って、差し込んだ指先をゆっくり中で蠢かす。
「んっ…んぅ…っ」
「そう…気持ちいいよ。芳春の舌、すごい熱いね。絡まってくる…」
「はぁっ…んっ」
「いやらしい音も、たくさん出てるね…。聞こえる?」  
それを示すみたいに、先生が音を立てるよう俺の耳を舐めあげる。  
体がビクついて、軽く先生の指に歯を立ててしまっていた。
「…イケナイ子だね…」  
ゾクっとするほど響く声でそう言ったかと思うと、正面から俺をジっと見た。
「はぁっ…あっ」  
あいかわらず入れたままの指で俺の舌を撫で、もう片方の手が俺の髪の毛をそっとかき上げるよう撫でると、足に力が入らず、その場に座り込んでしまう。
「芳春は、本当に舌撫でられるの好きだね」  
やっと指を抜いてくれるけれども、立って『じゃあもう帰りますね』なんて言える状態ではない。

「明日、仕事でしょう? だから、おあずけ。また明日…」  
おあずけ…?  
…立たなきゃ…。  
そう思うのに、しゃがみこんだ柊先生が俺のズボンの上から股間を掴む。
「っあ…っ」  
すごいソコが大きくなってるのはわかってたけれど、柊先生に掴まれて、柊先生にも思いっきり悟られ、恥ずかしくなる。
「すごい…脈打ってるね」  
教えるように俺の耳元で言って、やっと手を離してくれた。

「じゃ、約束だし。帰ろうか」  
意地悪だ。  
こんな状態にしておいて。  

「聞いてる? 芳春。……おあずけだよ」  
くれない…ってことか。
「は…い…」  
でも、『おあずけ』ってことは、『今度くれる』ってことだ。  
文字通り、預けてるわけだし。
 
ゆっくり立ち上がり、息を整える。
「帰ります…」
「そんなにしょんぼりしないで。さすがに、これからしたら明日に差し支えますよ」  
 
…一応、俺のこと考えてくれてるのか。  
実際、本当にいまからやったら時間的に厳しいというか。  
日付超えちゃうし、明日、仕事にならないよなぁ。  
 
だったら、こんな風に煽らなくても。  
その俺の意図が通じたのか、軽く笑って、俺の頬を撫でた。
「あまりにもかわいくて、我慢できなかったもので。すみません」  
また恥ずかしいことを…っ。
「いえ…」
「それに、キスだけでこんなに感じてくれるとも思ってませんでしたし」
キスだけ…というよりあからさまに、誘うような口調だっただろう?
…でも、俺、過剰反応しすぎかも。
「チョコ、ありがとうございます。本当は、このまま朝までたっぷりかわいがりたいんだけれど、歯止め利かなくなりそうですし。  
おあずけされて物欲しそうにしてる姿も、見ててたまんないんで。少しそれ、堪能させてください」  
物欲しそうとか。  
……やっぱ伝わるよな。

「芳春は、おあずけされてる間、ずっと俺のこと考えてくれるでしょう?」  
言葉通り、そうなってしまうだろう。

「あの…いつまで、あずけるんでしょうか」  
つい俺も馬鹿な質問をしてしまう。
「そうですね。たまにはゆっくりと味わいたいですし。次の休み、時間ありますか?」
 土曜日…。  
明日は金曜日。  
明後日か。
「…はい」
「じゃあ、土曜日に」  
これじゃあ、ヤる約束してるみたいで、恥ずかしいし。  
自分が聞いちゃったんだけれど。

「…柊先生…。金曜日の夜は…用事ですか?」
 そう聞く俺に、笑顔を向けてくれる。
「泊まってくれるんですか?」
「……先生さえよければ…」
「もちろん、いいですよ。それまでいい子にしててください」
 いい子にって。
「なんですか、それ。大丈夫です」
「他の人についてったり、噛み付いたりしないでくださいね」
「噛み付きませんよ」
   
結局キスだけ、約束通りで、先生の家を後にした。  
元々は、チョコだけあげてさっさと帰るつもりだったし。  
すでに今日、一回やってるし。  
そうだよ。もうやってんだよ。  
俺、どんだけ欲情してんだか。  
しょうがない。  
…好きな人、目の前にしたら。  
名前囁かれたら。

「はぁ…」
 ため息が漏れる。
 やっぱりどうしようもなく、好きみたいだ。