「はいはーい。宮本先生は、やっぱチョコあげるの?」
そう元気に朝っぱらから凪が聞いてくれる。
だから、授業中ですってば。
「チョコって…」
「バレンタインだよ? 今日」
あぁ。
すっかり忘れてましたよ。
最近、いろんな店でバレンタイン特設コーナーみたいなのを見かけるから、もうすぐだなって意識はあったんだけど。
実際、今日がバレンタインだという意識は特になかった。

「俺は別にあげないよ。凪は?」
「俺はね、結構いろんな人に配るよぉ。あ、後で宮本先生にもあげる」
「ありがとう」
とりあえず、そう応えておいて。
さて。
授業に取り掛かりますか。

3学期ともなると、この生徒たちの扱いに多少は慣れてきていた。
とはいえ、まだまだ困ることもたくさんあるけれど。
以前よりはうまくあしられるようになった気がする。
生徒たちも、授業中に俺に構うことは減っていた。
飽きたってのもあるのかもしれないけれど。

にしてもバレンタインかぁ。
去年までは大学で同じサークルの女の子がくれたりもしたけれど。
男子校だし、特に意識してなかったんだよなぁ。

6時間目を終え、今日の授業で使った三角定規を戻そうと数学準備室に寄ったときだった。
4年生の数学担当である桐生先生とめずらしく一緒になった。

「桐生先生、お疲れさまです」
「お疲れ様。宮本先生は、やっぱりあげるんですか? チョコ」
やっぱり2月14日だとこういう話題になりますか?
「あげるって…そんなことは考えてなかったんですけど…」
「柊、結構チョコ好きみたいだけど?」
と言われましても。
普通、あげないでしょう?
男ですよ。
男と付き合っちゃってる俺もどうかと思いますけれども。

「桐生先生は、誰かあげる人、いるんですか?」
俺も、おかしなこと聞いてるよな。
桐生先生に対してこんなこと。
でも、海外では男の方からなにか贈り物をするとかあるみたいだし。
そうだ、そう考えたらなんらおかしいことはないな。

「俺は、あげないけど…。彼女がくれたら嬉しいなぁとは思います」
にっこりと俺に笑顔を見せる。
あぁ、なんですかそれは。
結局、柊先生にあげたらきっと喜ばれますよ、と言っているような気がして。

「宮本先生、とりあえず会いに行ったらどうです?」
「ええっ?」
なにがとりあえずなんだろう?
そう、つい目を向けてしまう。
「宮本先生が柊にあげるチョコが、ないならないでいいと思いますけど、このままこの日をスルーするのは、寂しいじゃないですか」
そうですか?
でも、そう言われればそんな気になってくるし…。

「はぁ…じゃあ、顔だけ出してみようかなと思います…」

…って、俺、なんか桐生先生に乗せられた気がしますけど。
桐生先生に言った手前、今度は会わないわけには行かない気分になってくるし。
…まぁ、しばらく保健室には顔出してなかったし。
いいきっかけにもなったかなぁなんてことも考えちゃうけれど。
…でも、今行って、保健室に俺がいる姿とか生徒に見られたら即効で噂になりそうだよなぁ。
待ってたら来たりしないんだろうか、あの人は。
なんでもないときにはひょっこり現れるのに。

というか、今行く必要はないか。
掃除しないといけないし。

帰りのSTも。
そわそわした感じの子は、これからチョコをあげに行く子だったりするんだろうか。

「宮本せんせーい」
職員室に戻る途中。
後ろからの声に振り返るとそこには凪と凍也の姿。
「はい。チョコレート」
そう二人が差し出してくれる。
凍也はキャラじゃない気がするんですが。
「…俺…に?」
「そうだよー。お世話になってるもんね」
「そうそう。芳ちゃんって、あんまり貰うタイプじゃないからさぁ。俺らがあげないと」
同情ですか??
でも、嬉しいな。
「ありがとう」
俺は遠慮なく貰って。
そんな俺ににっこり笑う。
「宮本先生。明日お話聞かせてねー」
そう言って、2人は去っていく。
お話って。
バレンタイン事情ですか。
特になにもないままだと思うんだけどなぁ。

バレンタインだからってねぇ。
でも、そういえば最近、まともに会ってなかった気はする。
なんていうか、すれ違って挨拶程度はあるけれど。
こう二人での時間を過ごす…というのはここ最近なかったかと。
たまにはこっちから会いに行ってみるってのもありですか。

そろそろ部活動以外の生徒は帰った?
部活動の子たちは、保健室に寄ったりしないよな?
急な怪我があれば駄目だけれど…。

……というか、柊先生は科学部の顧問じゃないか。
となると、保健室にいる可能性は低くて。
科学実験室にいる可能性の方が高いんだろう。

どうしようか。
もちろん、科学準備室へ行くのはパス。
行って生徒がいる前でどうしろって話だ。
保健室に行くという選択は、いない可能性の方が高いからパス…かなぁ。
結局、夜遅くにしか無理そうですね。
携帯にメールでも入れておこうか。

…でも、夜会いたい…なんてメール送ったら紛らわしいよなぁ。
なんか、考えちゃうっていうか。

あぁあ。
俺、柊先生に会うために、なんでこんなに考えこんでしまってるんだろう。

いつもは、どこからともなく現れて、俺から会おうって気分になる隙もなかったから。
というか、会わない時間が長くてもわりと平気だったんだわけで。
なんだかんだ言って、俺、1年目だし。
テストとか成績つけるのとかでいっぱいいっぱいな部分もあったわけで。
仕事に打ち込むことで、会えない時間を悲しむことはなかった。
学校で一応会えるわけだし。
なんかストイックな関係が続いてたんだよ。

でも、バレンタインっていうイベントの日はやっぱり少し意識してしまう。
いつのまに俺は乙女な性格になってしまったんだ、俺は。

とりあえず、職員室で自分の仕事を片付ける。
結構、これが時間かかっちゃうんだよなぁ。

職員室でもくもくと仕事していると、生徒がちらほら俺にチョコをくれたりもした。
先生の特権ですかね、これは。
ワイロとかじゃないよなぁ?
嬉しいかも。

なんか、自分がもらえたことに関して嬉しくて。
柊先生のこと、すっかり忘れてた。
こうやってあげる子が多いってことはなおさら、柊先生は俺にもらえるの期待してたりして。
でも若い子じゃないんですよ、俺は。
大の男がチョコあげて、貰って…って。
そんなのおかしいでしょう。
なんとなく、自分の中でのいいわけ考えちゃってるみたいだけれど。

なんだかんだで部活もそろそろ終わりだろう。
なんだか、こういう行動する自分も嫌だけれど、保健室へと向かった。

たぶん、部活後には保健室へと寄るだろうし。
これで捕まえ損ねたらちょっとむなしいから、俺は少しだけ部活終了時間よりも早めの時間帯に保健室へと入り込む。

「あ、宮本先生。遅かったですね」
そうにっこり笑ってくれるのは、一応、俺の恋人である柊先生だ。
「…遅かったって…」
「いえ? 来ると思ってたんで」
なんだか、行動を読まれたみたいで無性に恥ずかしい。
「そのっ…部活中だと思ってたんで…」
「じゃあ、わざわざ俺の部活終了時間に合わせて来てくれたんですね」
「はぁ…」
結構、俺、恥ずかしいな。
「今日はみんなそわそわしちゃってたんで、早めに終わったんです」
「そうなんですか…」

柊先生は、俺を引き寄せていきなり抱きしめる。
「…あの…」
「ホントに、待ってたんですよ…? 俺から行こうかとも思ったんですけど、来てくれるんじゃないかって、期待して」
それは今日がバレンタインだからですか。
残念ながら、チョコは用意してないんですけど。
「…柊先生…その、俺…なにも用意してなくて…」
そう言うと、俺を離して、にっこり笑ってくれる。
「いいですよ? 代わりに体で相手してくれるつもりなんでしょう?」
そんなつもりはございませんが。
断れないし。

腕を引かれ、ベッドの方へと連れて行かれる。
「あの…やるんですか」
「なにをいまさら言ってるんですか」
聞いた俺が馬鹿ってことですね。



当たり前のように柊先生は俺の衣類を剥ぎ取って行く。

全裸にされてしまい、いくらなんでも羞恥心にかられる。
「あのっ…」
「今日はちゃんともう鍵かけました。安心でしょう?」
「生徒に見られなくても、あなたに見られますっ」
「…俺相手に、まだ恥ずかしがってくれるんですか?」
にっこり笑ってそう言われると、いまさらまだ恥ずかしがってしまう自分にもまた恥ずかしくて。
もうなにが恥ずかしいのかわからなくてテンパってくるし。

柊先生は寝転がった俺の足の間に体を割り込ませ、俺を見下ろして。
股間のモノへと口付ける。
「んっ…」
なにも言わずにソレを含んで舌を絡められて。
唐突ですよ、それは。
やばいし、すっごい気持ちいい。
「はぁっ…んっ…ぅんっ…」
腰が動きそうだ。
吸い上げられて、唇で挟み込まれて。
手でも刺激を送られると、ホントにやばい。
耳元のベッドのシーツをギュっと掴み、膝を軽く立て、足でベッドを踏みしめながら耐えていた。
「あっあのっ…」
こんな急にイかされたら、駄目だろう?
柊先生が、俺へと目を向け、なにか? と問う。
「やめっ…ぅんっ…あっっ…」
イってしまいそうなくらい、たっぷり愛撫されて、やっと柊先生は口を離してくれる。
いや、それはそれで困るのですが。
でも、わざとなんだろう。
「…宮本先生は本当にエッチな体になりましたねぇ。嬉しいですよ」
そんな恥ずかしいことを口走って。
柊先生は舐め上げた指を1本、俺の中へと納めていく。
「んっぅんんんっ」
「力、抜いて…? 何度やっても、初々しい反応、ありがとうございます」
ありがとうございますって言われても。
恥ずかしくてたまらない。
「そん…なっ」
「褒めてるんですよ?」
その1本に添うように、もう1本、指を差し込んでいく。
「んっ…んーっ…」
「…久しぶりなんで、キツいですかね…」
「はぁっ…せんせ…っ」
2本の指が、ゆっくり退いて、また中に入りこんで。
ゆっくり、ゆっくりとその繰り返し。
「んっ…ぅんっあっ…はぁっっ」
やばい。
腰が動いてしまう。
だけれど、止めれないし。
それを指摘されそうで。
たぶん、柊先生は俺が腰動いちゃってるのにも気づいてる。
恥ずかしい。
出入りに合わせて声を洩らしてしまうのも。
「久しぶりです…ホント、宮本先生のそういう声」
柊先生の顔が見れずに、横ばかり向く俺の耳元で、そっとそう囁くような声。
「っやっ…んっ…ぅんっっ…んーっ」
「…もっと声、出してくださいよ。腰、自分で動かしちゃうくらい感じてるくせに…」
ほら。
バレてる。
恥ずかしくてたまらないし。
耳に舌を這わされて。
中に入り込んだ2本の指が感じる部分を擦りながら出入りする。
「んぅんっ…あっ…ぁあっ…やぁっ…せんせっっっ」
「どうしました?」
「っぁっもぉっ…やっ…ぁあっっっ…」
「イったら駄目ですよ…。俺の入れてからじゃないと」
あいかわらず、あっさり焦らしてくる。
そう言って、指を引き抜かれて。
顔を背けている俺の頬をそっと撫でる。

もう我慢出来ないし。
いままで指が入り込んでいたソコが、変にヒクつく。
「っ…柊せんせ…っ」
「なんですか?」
俺に体を近づけて、耳元でそう優しく聞いてくれる。
恥ずかしいけれど、言うまでしてくれない人だってのは十分わかっていた。
「…入れて…くださ…」
「どうしてです? 我慢、出来ないんですか?」
「…我慢…できなっ…」
「そう…かわいい…」
かわいいだなんて。
言われ慣れない言葉に、体がゾクゾクしていた。

ゆっくりと、柊先生自身が、俺の中に入り込んでくる。
「んぅんんっ…ぁあっあっ」
「力、抜いて…?」
「あっ…キツ…ぃです…っ」
「痛いですか?」
「んっ…あっわかんなっ…」
痛いよりも、久しぶりの物量に、体中が熱くって。
「いい…からっ…もぉっ」
本当に俺を気遣っているのか、そういう言葉でわざと焦らしているのか。
わからないけれど、とにかく動いて欲しくて。
「急に動いて、切れたりしたらどうするんですか?」
そんなのもうどうでもいいんですけど。
「だ…めっ…ぁっっ…」
「じゃあ、まずはこのままゆーっくり、掻き回しましょうか?」
企むようにそう言って。
中に入り込んだモノがゆっくりと動いてく。
「やぁあっ…せんせっ…ぁあっあんっ…」
「そう…もっと、かわいい声、出して…」
恥ずかしい言葉を言われれば言われるほど、体が熱くなっていく。
俺、この人のせいでMになったみたいで。
こういう風にたくさん恥ずかしいくらいの要求されるのが、好かれている証拠みたいに思えるから。
だって、どうでもいい相手なら、こんな風に焦らしたりして遊ぶ前に、とっととハメて終わっちゃうだろう?
そんな前向きな考え方しちゃってる自分もどうかと思うけれど。
でも、なんだかドキドキしてたまらなくなる。
「はぁっんっっ…やぁっ…もっとっっ…」
耳元で、軽く笑い声。
だけれど、柊先生は俺の望み通り、抜き差しして感じるところを突き上げてくれる。
「あっ…やっ…ぁああっ…せんせっ…ぁんんっ…」
激しく何度も出入りされて。
ベッドがきしむ音が響く。
こんな音ですら、俺を興奮させていた。
「ぁんっあっ…ぁあっ…もぉっやっやぁあっ…」
もうイきそうだ。
そう頭をよぎったときだった。
それがわかってなのか、柊先生が俺の頭を押さえ込むように上を向かせる。
俺の顔をじっくりと柊先生が見下ろして。
このときだけは、いつもと違って、企むような、いかにもサドっぽい表情になる。
この表情が実はものすごく好きだったりする。
取り繕っていない、素の柊先生な気がして。
普段、学校じゃ見れない顔。
イく顔を見られてしまうのはものすごく恥ずかしかった。
だけれど、こういった柊先生の顔が見れるのはやっぱり好きかもしれない。
「やっぁあっ…」
「どうしました…? 急に締め付けちゃって。キツいですよ」
企むように、汗ばんだ顔。
そんな表情にまで、感じてしまう。
「はぁっやっ…せんせ…あっっぃくっ…やぁっ」
シーツを握っていた手を、柊先生の腕に絡めなおす。
そんな俺の頭を柊先生はいつも撫でてくれた。

「ぁあっ…せんせぇっ…やっぁんっ…あっぁあっ…やぁあああっっ」


また。
大きな声をあげてイってしまう。
柊先生に見られながら。
途中からいつも、羞恥心が飛んじゃって。
よくわからなくなっていた。

だけれど、いつも思い出すのは終わりがけのあのサドっぽい笑みだ。
あれ、たぶん柊先生が見せる素顔なんだろう。

それを目の前で見せられると、かっこよくって。
でも、かっこいいとか思っている自分が恥ずかしくって、この人には伝えてない。

思えば、俺って、いっつもこの人に追われる立場かも。
好きですって言ってもらえて。
俺も一応それには応えているけれど、ちゃんとした答えって出してないのかもしれない。

結局、チョコだって用意してないし。
なんていうか、柊先生が俺を好きで居てくれることに、甘えているのかもしれない。

柊先生とお茶を飲みながら、体を落ち着かせる。
と、テーブルの上に置いてあるチョコが視界に入った。
8個くらい。
重ねるようにして置いてある。
「チョコ、好きなんですか?」
俺の視線に気づいたのか、そう聞かれてしまい、俺はあわてて、首を横に振る。
「いえ…そういうわけでは…っ」
「嫌いなんですか?」
そう言われるとなぁ。
「…いえ…どちらかといえば好きなんですけど…」
柊先生のチョコの数を気にしてるとか思われるのはちょっと恥ずかしいわけで。
だけれど、そんな俺の思いとはよそに、
「よかった」
にっこり笑って。
引き出しから取り出したチョコを俺の前に差し出す。
「一緒に食べません?」
「あの…これ、もらい物ですか?」
「いえ。俺が買ったんですけど」
そりゃ、もらい物が机の上に放置されているのに、そのうち1つだけ引き出しの中にあるとは考えにくい。

別に、いっつもお菓子とか出してくれますけれど。
バレンタインのせいで、チョコに過敏すぎだ、俺は。
とくに他意はないのかもしれないし。

そう思ったのだけれど、柊先生が差し出したチョコを一つ手にとって口にしたときだった。
「バレンタインですからね」
にっこりと笑ってそう言われる。

「え…?」
「宮本先生も、チョコ、貰ったんでしょう?」
「…まぁ、少しだけ生徒から…」
「来年は、俺のために用意してくれますか…?」
そう言われ、一瞬理解に苦しむ。
来年。
用意するって…?
今年用意してないことに罪悪感を感じている暇もなく来年の話ですか。

「あの…っ」
「宮本先生からのチョコが欲しいんですよ。俺は」
「俺、手作りとか出来ないですよ」
「別に、そこら辺で買ってきてくれればいいです。それでかまいません」
気持ちの問題ですから…。
とまでは言われなかったが、そういうことだろう。
これ以上、自分で買った方が好みのやつが選べるしいいのでは、的ツッコミを入れるのはやめておこう。

「…来年…でよかったですか。今年…」
「いいですよ。たっぷり味わいました」
「でもっ…じゃあ、チョコがあったら、やらなかったわけですか?」
「そういうわけではないんですけど。…宮本先生はきっとこういう行事ごとに参加しないだろうなって思ってたんで。大丈夫です」

 つまり、期待はしてなかったよ、ということですね、はい。
「…来年は…用意します」
「バレンタインがどんな日か、ご存知ですか?」
「え…? 知ってますけど…」
「念のため、確認させてください」
なにをさせる気だ、この人は。
「…恋愛とか結婚が禁止されていた時代に、内緒で仲人を努めた神父であるバレンタインが亡くなった日で。それから恋愛を大切にする日になったんですよね。好きな人に贈り物をするとか…。チョコレートを贈るという習慣がついたのは、日本の某チョコレート会社の思惑ですけど」
「そうですよ。つまり、チョコが用意出来てなくっても、俺は宮本先生に体を貰ったので今年は満足です」
体を貰ったって、なんてことあっさり言ってるんですか、この人は。
「来年は、用意してくれると言いましたよね。つまり、宮本先生は俺のことが、好きであると思って大丈夫ですか?」
いまさら、なにを言ってるんですか、この人は。
「あの…そうでなければ付き合ってませんけど…」
「念のためですよ。ただ、現状維持で別れようと思わないだけなのではないかと、考えてしまうこともありますので」
やっぱり、俺ってこの人に不安にさせてるんだろうか。
そんなにアピールしてないからなぁ。自分が好きだってことは。
「…来年は。ちゃんと用意しますから」
「ありがとうございます」
「…これからは…そういうのちゃんと、考えるんで」
そう言うと、少し首を傾げられる。
「そういうのというのはどういった意味ですか」
「いえ…。義理だったり、約束したから用意するわけではなく…俺の気持ちとして、ちゃんと用意させていただきますんで」
「…来年のバレンタイン、俺を好きでいてくれる自信があるんですか?」
好きでもないのに、約束したからって理由で貰っても、嬉しくないだろう?
「…好きじゃなかったら、義理で男にあげたりしませんので」
「…もし、冷めてても、義理ででも欲しいですけどね。俺は」
そこまで言われ、この人の俺を想う気持ちの大きさにドキドキした。

「夕飯でも食べに行きますか」
にっこり笑ってそう言われる。
なんだか話題をそらされた感じがした。
俺が気にしすぎるのを気遣ってなのか、もうこの話題はいいだろうと思ったのか。

とにかく二人で食事を済ませ、俺らは学校の駐車場で別れた。
明日も仕事だしな。

あげなかったことに関して、罪悪感があるわけではない。
柊先生が、来年がどうとか、代わりに体がどうとかフォローしてくれたから。
だけれどなんとなく。
義理でもないんだけれど、あげたいような気持ちになってしまう。
なんか、初めて女の人の気持ちに立ってしまったような、妙な感覚だけれど。

家までの帰り途中、近くのショッピングセンターで、売れ残りの…それでもちゃんとまだラッピングされたバレンタインチョコを購入してみる。
なんか、この時間帯だと、1つももらえなかった夫が見栄張って、自分で買って帰るみたいで嫌な気がしないでもないが。
店員にそんな風に考え込まれたところで、友人でもないし、他人だし。
なんだかんだ言って仕事だから、店員も気にせずにレジ打ちしてくれるだろう?
なんかまた、この恥ずかしい行動に対して、言い訳を考える自分も嫌だけど。

今度は携帯で。
恥ずかしいだとか、そんなこと考える必要ないよなぁって思えたから。
もっと俺は素直になるべきなんだろう。
この人を好きだということに関して。
それは恥ずべき行為じゃない。
現に柊先生は、どうどうと俺のこと好きでいてくれる。

「…柊先生…。ちょっとお時間いいですか?」
『どうかしました? 忘れ物でも…』
「はい…。ちょっと…もう一度、会ってもらえますか…?」
『俺はかまいませんよ。…今日はもう遅いけど…』
「…はい…でも、どうしても…今日がいいんです」

少しだけ、間をおいて。
『わかりました。もう一度、会いましょう。今日のうちに…』
柊先生はそう言ってくれた。