それからも、俺は放課後、桐生の受験対策に顔を出していたけれど、外に連れ出されることもなく、毎日が過ぎていく。
 たまに目が合って、そのたびに少し期待して。
 なにもないんだって思いかけたところで、頭を撫でられて、意識させられる。
 するときは、たっぷり時間をかけて……って言ってたし、しばらくする気はないんだろう。
 ただ、目を合わせたり、頭を撫でたり、そういうことはしてくれるらしい。
 本当になにもされなくても、俺は意識するんだろうけど。
 数学の解説をしている姿も、他の生徒に頼られたり慕われたりする姿も、かっこよくてたまらないし、そんな人が、実は俺と付き合ってるだなんて、考えるだけでにやけそうになるのをぐっと堪える。
 いまはそれで、満足するつもりだった。

 けれどほんの少しでも時間が生まれると、やっぱり期待してしまう。
「それじゃあ、今日はここらへんで終わっとくか。わかんなかったとことか、質問あれば聞きにきて」
 一通り解説を終えると、帰る準備をする生徒に紛れて、数人が桐生に質問をしに教卓に向かう。

 しばらくすると、最後の生徒が桐生にお礼を言って、教室を出て行った。
 残っているのは、俺と桐生だけ。
「……質問ないなら、行っちゃうけど?」
 桐生は教卓から、一番後ろの席にいる俺に向かって声をかける。
 他の生徒と変わりない対応。
 質問なんてない。
 ないけど、このまま俺を置いて出て行かれるのは、さすがに寂しくて。
 俺は席を立つと、プリントを持って教卓に向かった。

「どっか、わかんなかった?」
 俺が持っていたプリントを、教卓越しに桐生が取り上げる。
 とりあえず、桐生が書いた文字をそのまま書き写しただけのプリントだ。
「……全部」
「んー……そっかぁ、全部かぁ」
 桐生は笑いながら、プリント片手に俺の頭を撫でてくれた。
 やる気あんの? って、怒られてもしかたないのに。
 この人は、やる気のない俺を、いつも許してくれる。
 どうでもいいだけかもしれないけど、俺は桐生のことが好きだから、都合よく捉えてしまう。
 都合よく捉えているくせに、つい『どうでもいいだけだろ』って、言いたくなるんだけど。
 それもただ、否定されたいだけだ。

 俺の髪を撫でていた左手が頬に添えられて、桐生の親指が唇を撫でる。
「全部、解説させたい?」
 もう一度、マンツーマンで解説されたところで、頭に入ってこないだろう。
 俺は小さく首を横に振る。
「質問、ないの?」
 質問……。
 ないなら、やっぱり行ってしまうんだろうか。
 働かない頭でなんとか考える。
「……いつ、するんですか?」
「なにを?」
 そう聞き返しながら、桐生は親指を俺の口の中に差し込む。
 舌先を撫でられて、その気にさせられていく。
「ああ、次の受験対策? 土日はやんないよ。来週、月曜日は委員会だから火曜日の放課後ね。終わりがけに説明したはずだけど、聞いてなかった?」
 聞いたような気もするし、聞いてないような気もする。
 そもそも、そんな話をしたいわけじゃない。
「ん……」
「雪之から欲しがるまでおあずけ……って言ったのは、聞いてなかった?」
 俺の舌を撫でたまま、今度は身を乗り出しながら、耳元で囁くように告げられる。
 俺だけに向ける、やらしい桐生の声。
 耳がゾワゾワして、体が小さく震えた。

 じゃあ、俺が欲しがったらくれる?
 教卓が邪魔でもどかしい。
「1週間……経ったんですけど」
「そうだね」
「忙しいですか?」
「忙しいね」
 じゃあ、欲しがるのは迷惑だ。
 俺は、一歩後ろに退いて、桐生の手から逃れる。
「忙しくなくなったら……その……」
 ちらっと桐生の顔を窺うと、桐生はさっきまで俺の舌を撫でていた親指に、自身の舌を絡めていた。
「あ……」
「なに?」
 ずるい。
 俺も桐生を味わいたいのに。
 そんなことするくらいなら、直接キスすればいいのに。

 桐生は、教卓から回り込んで俺の方に来ると、肩にポンと手を置いて、耳に顔を寄せた。
「もっと欲しがってくれるまで、焦らしてあげる」
 意地悪な、やらしい口調で呟く。
 もう、いっぱい欲しいし、欲しがってるのに。
「素直じゃない雪之ちゃんには無理かなー。じゃ、またね」
 ちょっとした冗談だったのか、本気だったのか。
 俺が応える隙もなく、桐生は教室を出て行った。

 追いかけることもメールで連絡を取ることも、できないわけじゃない。
 ただ、ちゃんと欲しいなんて、言える気がしない。
 さっき指先で舌を撫でられたせいか、いま無性に口が寂しく感じた。
 たった1週間。
 普段なら、なんてことないはずなのに、土日を除いて毎日会っているせいか、煽られているような気にさせられる。
 実際、煽られてるし焦らされてるんだろう。




 それからさらに1週間。
 金曜日の放課後、また受験対策の授業を終えると、俺は質問に向かった。
 意地を張っていたら、たぶん桐生はこの先も、しばらくずっとくれない。
 俺のプライドが折れるのを、とことん待つだろうし、それは本当に無駄なんだってわかってる。
「質問?」
 そう尋ねてくる桐生に、俺は切り出した。
「……やっぱり……その……欲しいんですけど」
 忙しいかどうかは問題じゃない。
 ただ自分の状況だけ、教卓越しに顔も見ないで伝える。
 桐生はこちらに回り込むと、俺の腕を掴んで、自分の方を向かせた。
「顔あげて」
 せっかく逸らしてたのに。
 顔をあげると、思っていたより近くで桐生が俺を見ていた。
「なにが欲しいの?」
 頬を両手で包み込むようにして、今度は強制的に顔を逸らせないようにしてくる。
「……桐生、が……」
「駄目。具体的に」
「なんで……」
「言って欲しいからだけど?」
 そうはっきり言われると、断りづらい。
 言いたくないなんて言えば、結局、なにもしてくれずに終わってしまうだろう。
 でも、言って欲しいと思われること自体は、いやではない。
 というか、気持ちは理解できる。
 俺も、桐生に『キスしたい』とか言われたら、たぶん嬉しいし。
 もしかしたら、ただ羞恥心を煽りたいだけかもしれないけど。
「……キス、したい」
「いいよ。して?」
 桐生は俺の頬から手を離すと、そのまま待ちの姿勢を取った。
「え……俺から?」
「だって、したいんでしょ。それともして欲しかったの?」
 して欲しい。
 小さく頷くと、桐生の方からそっと口を重ねてくれた。
 ああ、本当に言ったこととか、示したことしかしないらしい。
 桐生の意図を察して、少しだけ悔しいような感情が沸き上がる。
 でも、言えばしてくれる。
「……それで? これだけでいい?」
 催促されて、首を横に振ると、俺は桐生に身を寄せた。
「腕……回して」
「なんでそんな言い方すんの? 抱いて欲しいなら、そう言えばいいのに」
 桐生は少し笑いながら、それでも俺の背に腕を回してくれる。
 俺がちゃんと言葉にしていないからか、ぎゅっときつくは抱いてくれない。
 それでも、久しぶりに間近で感じる桐生の匂いや感触に、心が満たされていく。
 ぼんやりしながら桐生の腕に包まれていると、背中に添えられた手が、腰へと移動していくのを感じた。
「ん……」
 体がぞわぞわして、心地いい。
 その手がズボンの上から尻に触れると、俺は身構えるように桐生の胸元のシャツを掴んだ。
 ここまで求めてない。
 そう言いかけたけど、やめて欲しいわけじゃない。
 尻に這わされた指先が、割れ目に沿って入り口付近を撫であげる。
「ん……」
 布越しに優しく撫でられると、ヒクついてしまうのが自分でもわかった。
 少しで満たされてたはずなのに、もっと欲しくなってくる。
「はぁ……」
 体が熱くなってきたのを見計らうみたいに、桐生は俺の足の間に、自身の足を割り込ませてきた。
「あ……」
 桐生の太ももでやんわりと股間を押さえつけられながら、秘部を撫でられて、すぐその気にさせられてしまう。
 思えば、ここ1週間くらい、ずっとその気だったのかもしれない。
「ふぅ……う……」
「顔あげて」
 撫でられたまま顔をあげると、至近距離で見つめられる。
「あ……」
「ああ、エッチな顔してんねぇ。自覚ある?」
 自覚はないけど、そういう気分なのだから、そういう顔になっていてもおかしくはない。
 もう一度、唇が触れるだけのキスをされると、さすがに我慢できなくて、俺から唇を重ね直した。
「ん……」
 深く重ねて、舌を差し込むと、桐生が舌を絡ませてくれる。
「はぁ……ん……ん……」
 久しぶりの桐生の味と感触。
 もともとぼんやりしていた頭が、さらにぼーっとして、何も考えられなくなってきた。
 舌も、太ももで押さえつけられてる股間も、指先で撫でられてる後ろの入り口も、ただただ、気持ちいい。
「ぁ……んぅ……ん、う……ふぁ……」
「雪之ちゃん、腰揺れてるよ」
「ん……」
 からかわれるに決まってるのに、つい腰をくねらせてしまう。
 布越しとはいえ、桐生の太ももで擦れて、どんどん高まっていく。
「はぁ……ぁ……んん……」
 気持ちよくなっていると、なぜか桐生は俺に回していた手を離した。
「なに……」
「いや、そろそろ別の欲しくなってきたんじゃないかなぁって」
 別の……。
 直接触れて欲しい。
 そう俺が思っているのを、察しているのかもしれない。
「言えよ。なにして欲しいの」
 もう口も離れてしまったし、尻も撫でてくれない。
 それでも、俺は桐生の足をまたいだまま。
 桐生じゃない、俺が密着しているからだ。
 まるで俺から桐生の足に股間を擦りつけてるみたい。
 恥ずかしくなって俯いたけど、一度味わってしまった快感は、とめられなかった。
 桐生の服を掴んで、そのまま、腰を揺らし続ける。
「ふぅ……う……ん、ん……」
「……俺にして欲しいこと、ないんだ?」
 違う。
 いっぱいして欲しい。
 それでも、言葉にならなくて、なんとか首を横に振る。
「じゃあ、まず俺の足使って1人Hすんの、やめようか」
 1人Hしてるつもりはない。
 けど、否定もできない。
「はぁ……はあっ、んっ……んぅっ」
「……いうこと聞ける? 腰とめて」
 せっかく気持ちいいのに。
 少し強めに桐生に言われて、腰をとめる。
 こんな状態にしておいて、桐生は俺から距離を取ってしまった。

 それでも、俺から少し距離を取ったまま、右手で確認するみたいに股間に触れてくれる。
「あ……」
「ああ……すごいガチガチじゃん。いっぱい我慢した?」
 布越しに、優しくゆっくり撫でられて、じわじわと感じさせられていく。
「はぁ……あ……ん、んぅ……」
「気持ちいい?」
「ふ……う……きもちい……あっ……あぁ……」
 いっぱい感じたくて、桐生に撫でられながら、腰を寄せてしまう。
「かわい……。今日の夜、空いてる?」
「う、ん……あ……あいてる……」
「明日は?」
「あいて……あ、ん……あっ、あっ」
 久しぶりだし、気持ちよくて、このままいきそうになる。
 それなのに、桐生は撫でていた手をとめて、ただ俺のを布越しにやんわり掴んできた。
「じゃあこのまま我慢して。1人ですんなよ」
「は……あ?」
「すご……脈打ってんな。夜、また俺に会うまで、ずっと俺のこと考えながら、我慢して」
 そう言うと、俺のから手を離してしまう。
「あ……う、んん……欲しがったら、くれるって……」
「ちゃんと欲しがった?」
 どうだっただろう。
 自分でもよくわからない。
「ん……欲しい」
 自分の行動を振り返るより、早く欲しくてつい、そう告げてしまう。
「うん。あとでね?」
 桐生は笑顔で、俺の要求を後回しにしてきた。
 むかつく。
 でも、あとでくれる……?
「……夜、会えんの?」
「雪之ちゃんさえよければ、うちこない? 前、約束したでしょ。次はゆっくりするって」
 桐生の家でゆっくり……。
「……行く」
「それまで我慢できる?」
「できないっつったら……なんか変わんのかよ」
「んー……ここでいますぐハメて、とっとと終わらせて、うち来るのはやめにしようか」
 また、前みたいに強引に……?
「どっちも……すんのは……」
「いましちゃったら、せっかくいっぱい我慢してきたのに、ゆっくりすんの、楽しくなくなっちゃうよ。まあ、うちは来てもいいけど」
 なんで楽しくなくなるのか、よくわからなかったけど、いましたら、ここまで我慢してきたものが台無しになるような、そんな気にさせられる。
「……わかりました」
 そう伝えると、桐生は頭を優しく撫でてくれた。
「じゃあ、またあとで連絡するから」
「あの……」
 教室を出て行こうとする桐生を、腕を掴んで引き留める。
「ん?」
「桐生は……我慢……」
「してるよ。いっぱい」
 そう言われて、胸の奥が掴まれたみたいに、きゅうっとなった。
 桐生のこと、好きだって気持ちが溢れそうになる。
 ぐっと堪えて頷くと、桐生はまた俺の頭を軽く撫でて、今度こそ教室を出て行った。