放課後、4年3組の教室には何人かの生徒が残っていた。
 桐生が受験対策を行うらしい。
 残っているやつらより、どう考えても俺の方が数学の成績は悪そうだけど、推薦の俺に対策は必要ない。

 ただ、桐生が3組……俺のクラスを選んでくれたことに、意味を感じてしまう。
 さすがに他のクラスだったら、覗きに行ったりしなかっただろう。
 でも、残ってるだけなら。
 数学を勉強したいからだと、言い訳すればいい。

 他のクラスのやつらも数人、教室に入ってきたけど、席がすべて埋まるほどじゃなかったため、俺はもう少しここにいることにした。
 幸い、一番後ろ、廊下側の席で、それほど目立つこともない。
 最悪、すぐにでも出て行けるだろう。

 しばらくして桐生がやってくる。
「おー、結構いるね。感心感心」
 そんなことを言いながら、教室内を見渡す。
 目が合った瞬間、少し笑ってくれた気がした。
 たぶん、あとでからかわれる。
 受験勉強なんて必要ないのに……って。
 ただ、以前と違って、桐生が個人的に補習してくれることはほとんどなくなってたし、少しくらい欲しがってもいいだろう。

「とりあえずプリント作ってきたから配るなー。この程度の問題は、20分くらいで解いて欲しい。厳密な時間制限はないけど、20分後、答え合わせと解説するから。解ける問題から解いてくように」

 他のクラスのやつらは、当然ながら前の方の席に集中してたけど、クラスメイトは自分たちの席に座ったまま。
 10人くらい、バラけて座る生徒に、桐生自らプリントを配っていく。
 最後、俺のところにプリントを持ってきてくれた桐生は、机にプリントを置いた後、後ろに回って俺の頭に手を置いた。
 一番後ろの席どころか、後ろから2番目の席も、俺以外座ってない。
 そもそも、みんなプリントに向き合って、問題を解き始めているし、後ろなんて気にしていないだろう。

 頭に置かれた手で、優しく髪を撫でられる。
 優しい手つきと、なによりこれだけいる生徒の中で、自分が特別扱いされていることを自覚させられて、嬉しくなってしまう。
 そんな俺に気づいてか、桐生は身をかがめると、音を立てないようにして、耳に軽く口づけた。
 桐生の吐息を感じて、顔が熱くなる。
 思わず桐生の方を見ると、ただ俺を見下ろして笑っていた。
 優しい微笑みというより、からかうみたいな笑み。
 受験生でもない俺がここにいるからか、俺にいたずらをしかけたからか、理由はわからないけど。

 桐生はすぐ俺から離れると、なにごともなかったかのように教卓の方へと戻っていく。
 俺は、そんな桐生の後ろ姿を眺めながら、さっきキスされた左耳を手で押さえた。

 熱くなってる……気がする。
 少なくとも、頬は熱くなっていた。
 こんな状態で、問題なんて解けそうにない。
 そもそも解く気もないんだけど。
 ただ、桐生が問題を解説する姿を見るのは好きだし、それまで待ってもいい。
 解説に使うのか、桐生は、黒板に数式を書き込んでいた。
 この姿を見ていられるのなら、20分くらいすぐだろう。
 
 スペースをあけながら何問かチョークで問題を書き込んだ後、桐生は教室内をうろついて、生徒たちの様子を確認していく。
 そうして、やっぱり最後には俺のところに来てくれて、目の前に立つと、熱くなってしまっている俺の頬に手を添えた。
「……顔赤いけど。熱でもある?」
 頬を撫でていた手が、今度はオデコにぴたりと這わされる。
 それこそ、熱でも計るみたいに。
「は……?」
 熱なんてない。
 それより、なんでわざわざ口に出して言うんだろう。
「無理して受けるもんじゃないから。体調悪いなら帰って休んでな」
 体調が悪くないことくらい、桐生ならわかっているはずだ。
 みんなの前で『受験生でもないのに、なんでいるんだ』って注意されるよりマシだけど。
「みんなも、受験できなかったら勉強なんて無意味なんだから、ちゃんと体調管理しとけよ」
 俺から手を離して、桐生がみんなに告げる。
 みんなが振り返って桐生を見ることはないし、あいかわらずプリントに視線は向けられたまま。
 計算を解いているいまは、どんな言葉も雑音でしかないだろう。

 帰った方がいいのかわからなくて。
 ただこの場にもいづらくて、俺は後ろのドアから教室を出た。

 はたから見れば、体調を気遣ってもらった生徒かもしれない。
 この時期、風邪でもうつされちゃ困ると、他の生徒の方を気遣ったようにも見えそうだけど。

 下駄箱に向かって歩いていると、後ろから俺を追いかけてくる足音に気づく。
 振り返った先にいたのは、桐生だ。
「待ってよ」
「なに。帰ればいいんだろ」
「いずれね。でもいまじゃないかな」
 そんなことを言いながら俺の腕を掴む。
 引き寄せられたかと思うと、今度は口にキスしてくれた。
「ん……」
「……おいで」
 すぐに口を離されて、腕を引かれるがまま、数学準備室へと移動する。
 中は誰もいなくて、扉が閉まると完全に、桐生と二人きりだった。

 俺の体をドアに押し付けるようにして、桐生が口づける。
 口を塞いで、舌を絡ませながら、右手で俺の股間を弄られる。
「ん、んんっ……!」
 強引なのはいつものことだけど、今日は、反論する隙も与えてくれない。
 チャックをおろされて、直接、性器を撫であげられると、体がビクついて口が離れてしまう。
「はぁっ、ん、んんっ……ぁ……んん、なに……っ!」
 俺のを右手で擦りながら、頬に添えた左手で顔をあげさせられる。
「強引にされんの、好きだろ」
 目の前で図星をつかれて、鼓動が一段階、早くなるのを感じた。
 好きだと、反射的に答えそうになる。
 ドアに追いやられて、体を寄せられて。
 桐生に逃げ場を奪われると、求められているような気がして、たまらない気持ちにさせられる。
 拘束されることも、支配されることも、屈辱的な行為であるはずなのに。
「ほら、舌出して」
 優しい命令みたいに指示されて、少しだけ舌を伸ばすと、桐生が俺の舌先を舐めてくれた。
「んん、んっ……ぁ、ん、はぁ……はぁっ」
「もっと、出せんだろ」
 もっと。
 言われるがまま舌を出してみせると、舌先だけじゃなく、舌の中心まで触れ合わせてくれて、いっぱい密着した舌同士が擦れる。
「ぁ……あ、ん、ん……んん……あっ……ん、んぅん……!」
 すごくはしたないキス。
 それでも……だからこそなのか、欲望にまみれた桐生を見せつけられている気がして、俺の体はどんどん熱を帯びていく。
 その間も、桐生は俺の性器を慣れた手つきで擦りあげた。
 裏筋の弱いところを強めに押さえつけながら、何度も何度も。
「ぁあっ、あっ……ん、んっ……はぁ、はぁっ……」
 いく。
 いかされる。
 こんな早く?
 でも、たぶん、いかせるつもりの手つきだ。
「ああっ、あっ、んぅんんっ!!」
 我慢できずイッてしまうと、桐生は俺の体を反転させて、腰を引き寄せた。

「はぁ……はぁ……桐生……?」
「俺も勃っちゃった」
 後ろから、熱っぽい声で呟く桐生に、ズボンと下着をおろされる。
「あ……待っ……」
「ごめんねぇ、時間なくて。潤滑剤たっぷりついたゴム使うから。いい?」
 背後で、ごそごそとなにかしている気配がした。
 持っていたのかゴムをつけてるんだと思う。
 いい以外の選択肢なんて与える気なんてないくせに、最後の選択を俺に委ねてくる。
 駄目だって言ったら、しないんだろうか。
 でも、本当に時間がないのはわかっていた。
 たぶん、教室に残してきた生徒たちがプリントを終える頃には、戻るつもりだろう。
「……いい」
 前を向いたまま、そう答えると腰を引かれて、すぐさま押しあてられた桐生のモノが入り込んできた。
「あっ! ああっ、ん、んぅんんん!!!」
 指で慣らされたわけでもないそこに、大きくなったモノを押し入れられて、息が詰まりそうになる。
「はぁっ……はぁっ、んん、はぁ……!」
 そもそもイッたばっかりなのに。
 なんとか呼吸して、ドアにすがりついて、物量と圧迫感に耐えて。
 強張った体から力を抜くと、その瞬間、桐生は腰を打ちつけてきた。
「ひぁっ! あっ、うぅ……はぁあ……」
 あまりの衝撃に息を飲んだ後、少し遅れるようにして桐生を感じさせられる。
 奥まで、好きな人で埋め尽くされている感覚。
「あー……さすがにキツ。けど、めちゃくちゃ気持ちー……」
 桐生は腰を揺らしながら、俺のナカを何度も小突く。
「ふぁっ、あっ、あっ……んぅ、待っ……ぁん、あっ……あっ、あっ!」
「んー……待てないから、しっかり立ってて」
 腰が砕けそうになっている俺に気づいているみたいだったけど、それでも、桐生は容赦ない抽送を繰り返した。
「はぁっ、はぁ……あぁっ、あっ、はげし……あっ、ああっ、ぁあっ!!」
 桐生に与えられる快感をうまく受け流せなくて、わけもわからないまま、またイきそうになる。
「はぁ……ビクビクしてんね。いきそ? 俺もイくから。一緒に……ね」
 桐生は俺を抱き起こすと、耳元で呟きながら、より激しい抽送で俺を責め立てた。
「ぁああっ……あんぅ……はぁっ……ああっ、あっ、ぁあっ!」
 いつもは強引でも、ちゃんと気を使ってくれていたことに気づかされる。
 いまは、気を使う余裕もないほど求められて、欲望をぶつけられて、嬉しくて。
 ……結局、どっちの桐生も好きなんだけど。
「はぁっ、あっ、あっ……ぁん、んぅ、ああっ、あっ、いくっ、んぅっ」
「はぁ……いいよ。一緒にいこ?」
 俺を抱きしめたまま、射精を促すみたいに性器を擦られて、体が大きく跳ね上がった。
「ひぁっ、あっ、ああっ……んぅんんん!!!」
 俺がイくと同時に、ナカに入っている桐生のモノもビクつく。
 どうやらイッてくれたらしい。
 短時間で二度も射精させられて、なによりいきなりすぎて頭が働かない。
 ほとんど余韻を味わうことなく、桐生のモノは俺から抜けてしまった。
「んん……ふぅ……」
「はぁ……えっろ……ぬるついちゃってる?」
 桐生は、近くの棚からティッシュを取ると、潤滑剤でぬるついていた箇所を軽く押さえてくれる。
「んっ……いい。そんなこと、しなくて……」
「そう?」
 俺もまた、数枚引き抜いたティッシュで性器についた精液を拭う。
 その間に、桐生は、ドアや床についてしまっていた俺の精液を拭きとってくれていた。

 とっとと事後処理を済ませると、
「それじゃあ、教室戻るから。体落ち着いたら、帰りな」
 桐生はそう言って、ドアノブに手をかける。
「……こんな、急いでするくらいなら、やんなくていいのに」
「……やだった?」
「そうじゃ……ないけど。もっと……ゆっくり……できないなら、無理にする必要ないし」
 桐生はいったん、ドアノブから手を離すと、俺を見て笑う。
「教室で、俺のこと見つめてぼんやりしてる雪之ちゃん見たら、かわいくて、やりたくなっちゃった」
「な……」
「つーか、しばらく時間取り辛いからさ」
 わかってる。
 だから、無理にする必要ないっつってんのに。
「……怒んないでよ。ごめんね、ゆっくりしたかったね?」
 からかうみたいな口調に、羞恥心を煽られ苛立たされる。
「欲しそうな顔してる雪之ちゃん眺めて、ニヤニヤしながら焦らせばよかった?」
「怒ってないし、欲しそうな顔もしてない。ニヤニヤすんな」
「焦らすのはいいんだ?」
 いいわけじゃない。
 でも、桐生が忙しいなら、結果的にそうなってしまうだろう。
「やらなくても、俺は平気ってだけで」
「今日は俺が平気じゃなかったんだけど」
 桐生はそう言って俺をジッと見たかと思うと、顔を掴んで口を重ねる。
「ん……」
 舌を絡め取られて、思考が鈍るのを感じた。
 感じさせようとしている、いやらしいキス。
「んぅ、ん……んぁっ……んっ!」
「はぁ……かわい……」
 少しだけ言葉を挟んで、また口内を舌で犯されて、腰が抜けそうになる。
「ふぅ、ん……ん……んぅ……」
 もっと欲しくなってきたところで、桐生は口を離した。
「……じゃあ、お言葉に甘えて、しばらく真面目に仕事させてもらうし、するときは、たっぷり時間かけて、焦らしてあげるね?」
「はぁ……?」
 キスの余韻で、桐生の言葉が優しさなのか意地悪なのか、わからなくなってしまう。
「雪之ちゃんから欲しがるまでおあずけ。いっぱい焦らして、虐めてあげる」
 わからなくなっている俺に教え込むように、桐生はそう言い残して部屋を出た。

 どうにか立っていた俺は、ドアにもたれながら、ずるずるとその場に座り込む。
 強引で、少し乱暴で、気を使ってくれる余裕もなさそうだったけど、でも俺が傷つかないようにしてくれて。
 思い出すだけで、身も心も蕩けそうになる。
 ただ、早々に終わらされたせいか、どこか物足りないような、焦らされているみたいだった。
 時間がない中、それでも相手をしてくれたのに、自分は我儘なのかもしれない。