今日の体育は、4クラス合同でミニサッカー。
 俺と美和は当然違うチームで、俺のチームは美和のチームに負けたんだけど……。
 俺だけががんばったところで勝てるもんでもないし、こればっかりは仕方ない。
 けどやっぱり悔しいし、なによりむかつくのは――
「美和くん、すごいね! サッカー得意なんだ?」
「めちゃくちゃかっこよかったよ!」
 美和がすっげぇ活躍して、やたらちやほやされているということ。
 なんなんだ、あいつは。
 ホント、むかつく。
 俺だって、それなりに活躍したのに。
 ……別にちやほやされたいわけじゃないけど。

「教科委員、ちゃんと片づけとけよ」
 体育の先生が、俺たちに声をかけて授業を終わらせる。
 教科委員は各クラス2人いて、3年3組は俺と誠樹が担当だ。
「俺、やっとくよ」
 残っていた他のクラスの教科委員に告げる。
「いいのかよ」
「ボールと得点ボードだけだろ」
「じゃあ、得点ボード片づけとくから、ボールは任せるよ」
 1組のやつが、得点ボードの方へと向かう。
「玲衣、大丈夫?」
 少し心配した様子で、誠樹が声をかけてきた。
「なにが?」
「なにがって……まあいいけど。ゴールにあるボール、取ってくるよ」
 ……たぶん、俺がイラついてるのに気づいてるんだろう。
 いまはまだ、教室に戻りたくないことも。
 このタイミングで戻ったら、ちやほやされる美和の話をまた耳にしそうだし。

 授業では、なにも試合だけをしていたわけじゃない。
 パスやリフティングの練習で使っていたボールもいくつか転がっていて、俺はそれを拾いに行くことにした。
 5メートルくらい離れた位置から、カゴめがけてボールを蹴っていく。
「よし、入った!」
 もっと離れたところからでも入るかもしれない。
 そんなことをしながら、負けた悔しさみたいなもんをまぎらわせていたのに……。
「ナイスシュート」
 何個目かのボールを蹴り入れたところで、カゴの近くに美和が現れた。
「はぁ?」
「玲衣くん、ボールの扱い上手だね」
 美和以外に言われてたら、素直に喜んだか、照れてただろう。
 けど、相手は美和だ。
「嫌味?」
「ううん。褒めてるんだよ。俺もやってみようかな」
「絶対やるな」
「どうして?」
 お前ならどうせ簡単に出来るから。
「むかつく……」
 一気にやる気が失せてしまう。
「俺も片づけ手伝うよ」
「お前まで片づけてたら、一緒のタイミングで教室戻んなきゃなんないだろ」
 一緒に戻ったら、美和だけがすごかったって声をかけられて、また差を突きつけられる。
「もう、お前1人で片づけろ」
「いいよ」
「いや、あっさり受け入れんなよ」
 ボールを、カゴの横にいる美和に向かって蹴り込む。
 俺の蹴ったボールは、美和のお腹に当たってしまっていた。
 そんなの簡単に避けれるくせに。
 美和なら、手でも足でも取れるくせに。
「なんで取らねぇんだよ」
「なんでって言われても……」
 困ったように美和が笑う。
 すると、突然誰かが、俺と美和の間に入り込んできた。
 正確には、俺よりも美和の近く。
 美和の前に立って、こっちをじっと見る。
 めちゃくちゃかわいい。
 隣のクラスの子だっけ。
 体育の教科委員じゃなかったはずだけど……。
「片づけなら……」
 俺がやる……そう言う前に、その子が口を開いた。
「前から思ってたんだけど……その……美和くんのこと、いじめてるよね?」
「え……」
 いじめ?
 俺が……?
 あまりにも突拍子もない質問で、俺は一瞬言葉を失っていた。
「いや、別に……いじめてるわけじゃ……」
 なんとかそう答える。
「いまだって、ボールぶつけてたし……聞いた話だけど、美和くんに、バカとか近づくなとか、悪口言ってるって……」
「それは……」
 ……たしかに言ってるな。
 言ってるけど……。
「だって、こいつが……」
 バカだから……そう言いそうになるのをぐっと堪える。
「パシらせたり、宿題やらせてるって噂もあるんだけど……」
 かわいらしい顔が、これでもかというほど俺を疑っていた。
「それはちが……」
 いや……違わないか。
 ときどき、俺の分までジュース買ってきてくれるし。
 英語訳せとか、わけわかんない宿題が出た日には、嫌がる俺に変わって、放課後、自分の宿題より先に、教室でやってくれたりもする。
「……美和の方からしてくれてることだし……別にやらせてるとかじゃ……」
「全部?」
 全部……ってわけでもないけど。
 売店行くならついでに買ってきてとか、俺の代わりに辞書借りてきてとか。
 ……よく考えたら、いろいろパシらせてたかも。
「え……俺……いじめてんの……?」
 だんだんわかんなくなってきて、つい聞いてしまう。
「……自覚ないの?」
 いじめってのは、自覚がなければいいわけじゃない。
 むしろ、余計に厄介だ。
 すると、ここまで黙っていた美和が、やっと口を開いた。
「大丈夫だよ。俺は気にしてないから」
 そう隣のクラスの子に告げる。
「本当? 無理してない?」
「うん」
「なにかあれば、言ってね」
 隣のクラスの子は、そう美和に言った後、俺の方へと近づいてきた。
「……変なこと言って、ごめんなさい」
 一応、そう謝ってくれる。
「いや……俺の方こそ……これからは、気をつけるよ」
 俺は消え入りそうな声で、そうとだけ答えた。

 隣のクラスの子が去っていった後、入れ替わりで誠樹が俺たちのところにやってくる。
「なに、なんかあった?」
「俺が美和のこと、いじめてんじゃないかって……」
「ふーん。否定したんだろ」
「しようと思ったんだけど……どう言えばいいのかわかんなくて、うまく出来なかったかも……」
 誠樹は、ボールをカゴに戻しながら、小さくため息を吐いた。
「まあ、事情を知らない子には、いじめてるように見えちゃうのかもしれないね」
「美和……もしかして俺にいじめられてるって思ってる?」
「思ってないよ。でも、玲衣くんに都合よく使われてるって、思われてるかもしれないなとは感じてたけど」
 都合よく使ってるのはたしかだ。
 でも、あまりそんな風には見られたくはない。
「早く言えよ……俺、悪者みたいじゃん」
「だって、俺のこといじめてるって思われてる玲衣くんが、裏では俺にいじめられてるなんて、興奮しない?」
「最低……」
 俺たちの関係を知ってくれている誠樹は、ただ苦笑いしていた。


 その日の夜、風呂を済ませた俺は美和の部屋を訪ねた。
 元々、行く予定になってたこともあって、部屋には美和しかいない。
「あのさ……」
 招き入れてくれた美和に声をかける。
「今日、隣のクラスの子に言われただろ。美和のこといじめてるって」
「言われたね」
「いじめっ子って思われるの、やなんだけど……」
 ちゃんと否定できなかったし、結局、自覚がないだけだって思われてるみたいだった。
 一応、美和は気にしてないって言ってくれたけど。
「……もしかして、玲衣くん落ち込んでる?」
「落ち込んでるっつーか……なんか引っかかるっつーか……わざわざ声かけてくるくらいだし、美和、知ってる子なんだろ。仲いいの?」
 美和の交友関係って、実はあんまりよく知らないんだよな。
 クラスの誰とつるんでるかとか、それくらいはわかってるけど。
「図書室で少し話したり、体育でたまに同じチームになったりする程度だよ。まあ、悪くはないかな」
「だったらさぁ……」
 誠樹が言ってた。
 事情を知らない子には、いじめてるように見えちゃうのかもしれないって。
「付き合ってるって知ったら……見え方、変わるかな」
「俺は都合よく扱われてる男じゃなく、恋人に尽くしてる男になるかもしれないね」
「俺は?」
「玲衣くんは……みんなの前じゃ素直になれないけど、本当は俺に構って欲しくて仕方ないヤキモチやきかな」
「違ぇし」
 思わずため息が漏れる。
「やっぱいまのなし。別の方法考える」
「冗談だよ。喧嘩するほど仲がいいとか、恋人だから、俺が本当に嫌がってるわけじゃないってわかっててしてるんだとか、思ってくれるんじゃないかな。そんなに気になる?」
「全然知らないやつならいいけど……お前の友達に嫌われたり、心配かけんのはちょっと……」
「友達……って言っていいのか微妙なラインではあるけど、玲衣くんがいいなら言っておくよ。口止めもする」
「うん……」
 悪い子じゃないんだと思う。
 たぶん、本当に美和のことが心配で、確かめてくれたんだろうし。
 だからこそ、誤解されたくない。
 いや、まあ誤解でもないっていうか、全部、事実ではあるんだけど。

「それより、玲衣くん、約束覚えてる?」
 約束。
 そういえば今日、ミニサッカーの試合直前、美和に言われたんだった。
 負けた方が勝った方の言うことを聞くって。
 負けて悔しすぎたし、美和がちやほやされてむかついたし、いじめっ子だと思われたのもあって、すっかり忘れてた。
「いま思い出したけど、チーム戦だし……!」
「チームメイトのせいで負けたとしても、俺は玲衣くんの言うこと聞くつもりでいたよ」
「はぁ……」
 この提案、乗らなきゃ試合する前から負けを認めてるみたいだったし、乗らざるえなかったんだよな。
「……まあいいけど。無理なやつだったら、聞かないからな」
「無理じゃないよ。玲衣くん、口でしてくれる?」
「え……」
 口で……。
 口で……?
「口で……なにを?」
「俺の咥えて、イかせて欲しいんだけど」
 そう言いながら、美和は視線を下に落とす。
 つまりあれだ、フェラしろってこと?
「そんなん、したことねぇし!」
「知ってるよ。俺以外にもないってことだよね」
 当然だ。
 ちなみに美和には、何度もされている。
 フェラして欲しいって美和に言われるのは、これが初めてじゃない。
 毎回、やらないって言えばそれで済んでたんだけど。
 ちょっと残念そうにしてくるから、そのたびに、なんかいやな気分になったりもしていた。
「……お前、ずるいよ」
 勝負に負けたのに、言うこと聞かないのも微妙だし。
 美和のこと、ただいいように都合よく使ってるだけじゃないって思いたいこのタイミングで、そういう要求してくるとか。
「どうしても嫌だって言うんなら、別の考えるけど……いつも嫌がってたもんね」
「……どうしてもってわけじゃ」
 いつかは、することもあるのかなって思ってたし。
 ……もしかしたら、それがいまなのかのかもしれない。