アキラさんが好き。
 体中が蕩けるような感覚だった。


 たっぷり寝たというのに、まだ頭がボーっとする。
「深雪ちゃん、大丈夫?」
父さんがそう心配しながら顔を覗き込んだ。
「…別に、大丈夫だよ。じゃ、行ってくる」
 アキラさんはまだ寝ているのだろうか。
 いつものことだけど。
 俺は昨日のことを思い出し、いまだ余韻を感じながら学校へと向かった。

「おはようございます」
 どうしてこう毎日。
「…結構、しつこいのな、お前」
 もうすでに怒りみたいなもんはなくって、どうでもよくなっていた。
 樋口智巳はあいかわらず笑顔。
 自分が、アキラさんとうまくいってるせいで、ストレスが減っているのかもしれない。

「…深雪先輩、なにかいいことでもあったんですか」
 わかるんだろうか。
「わかんの?」
「わかりますよ」
「ちょっとな」
 やばいな、俺。
 なんかいま、幸せの絶頂期な気分。
 早く家に帰りたいって、そう思っちまう。
 
「なにがあったんですか」
「別に…。お前に言うことじゃないし」
「冷たいですね」  

 あぁ。
 なぁんか、俺、こいつと仲良くなってないか。
 意外と、こういうやりとり、嫌いじゃない。
 たぶん、それなりに馬が合うんだろう。

 俺が冷たく言っても、全然引かなくて。
 少し居心地がよく感じる。


 アキラさんとたっぷりやったせいか。
 こいつにされた感覚が薄れていた。
 思い出せないほどに。

 もともと、父さんとかにも手を出されていた体だ。
 最後まではされてないけれど。
 さほど気にすることでもないだろう。
 
 それに、アキラさんとの行為はなんだか全然違ったから。
 やっぱり、精神的なものって大きいなと思う。

 あいかわらず、俺は誰からも声をかけられない。
 ということはやはり、生徒会長の手がまわっているのだろうか。  


 今日も帰ったらアキラさんに会えるんだろう。
 早く帰りたい。
 だけれど、部活も好きだし。
 わざわざ早退するわけにもいかない。
 
 あわてなくても、家で会える。
 思えば他の恋人同士とかよりも、会う機会は多いんじゃないか。
 一緒の家にいるわけだし。
 まぁ、時間はそんなにないかもしれないけれど。


 夕方。
 部活中も、気が気じゃなかった。
 俺、アキラさんのことばっか考えてるや。

「深雪先輩。好きな人でも出来たんですか」
 樋口智巳が唐突に聞く。
「な…っ…に言ってんの、お前」
「なんかそんな雰囲気でまくりだから」
「なんで、そんなことわかんだよ、お前」
 軽く笑いながら言う俺に反して、樋口智巳は真面目な顔をする。
「…好きだからです」
 あまりに真剣に言われ、少し戸惑ってしまう。
「なに言ってんだよ、お前…。まだ会って1週間もたってねぇのに…」
「3年くらいたちますよ。…深雪先輩は知らないだろうけど」
 知ってるけどな…。
「もっと、俺のこと見てくれません?」
「…お前の言うとおり、俺はいま、好きな人がいてさ。その人とは一緒に暮らしてるし、お前よりずっと大人でかっこいい人だから」
 樋口智巳は不機嫌そうな顔を俺に見せる。
「別に、お前が嫌いなわけじゃねぇよ。ただ、どうしても好きな奴がほかにいるし」
「その人とは付き合ってるんですか?」
 付き合う?
「…付き合ってるよ」
 付き合ってないけれど。
 つい、後に引けなくなってそう答えていた。

「…もういいです」
 意外にも。
 樋口智巳はあきらめたのか。
 俺のもとから離れていく。
 なんか。
 罪悪感ってわけじゃねぇけど、よくわかんないや…。


「なんか、ボーっとしてない?」
 そう声をかけてきたのは雅紀だ。
「…なんか、めずらしく樋口智巳がテンション低くてさ」
「気になるんだ?」
「…いや、別にどうでもいいんだけど」
 気になってるんかな。

 アキラさんのことも。
 俺と付き合う気とかはあるんかな。

 今日、帰ってアキラさんがいたら聞いてみよう…。

 部活が終わっても、樋口智巳は俺につっかかってこなかった。
 なんか、それはそれで調子狂うな。
 俺が、傷つけたみたいで。

 まぁいいや。

 家に帰ると父さんが作った夕飯がラップにかけておいてあった。
 2つ分。
 ということはアキラさんいるんだ…?
 俺は、夕飯は後回しにして、アキラさんの部屋へと向かった。

「アキラさん?」
「あ、深雪? もうそんな時間なんだ?」
「アキラさん、早く準備しないと…」
 そう言う俺を手招きする。
「…なに…?」
 近づく俺の腕を取り、引き寄せて。
 ベッドへと押し付けられる。

「…深雪…。今日は、手、出されたりしてない?」
「大丈夫だよ」
「そっか。…今日、俺休みだから」
 アキラさんと一緒にベッドに寝転がって。
 それだけでなんか、幸せだ。
「アキラさん…俺、アキラさんのこと好きだよ…」
「俺も、深雪が好きだよ」
 そう頭を撫でてくれる。
「じゃあさ。…アキラさん、俺と付き合ってくれる?」
 もちろん、OKの返事がくるもんだと思っていた。
「それは、違うかな」
 そう言われ、一瞬、体がこわばった。
 だけれど、動揺してる様をアキラさんには悟られないようになんでもないフリをした。

「なんで? なんで俺のこと好きって言ってくれるのに、付き合ってくれないの?」
 あまり、迷惑かけたくない。
 だから、強く詰め寄ることは出来なかったけど、ただ疑問に思ったから…そういう軽い感じの口調で聞いてみる。
「…世間体とかあるだろ。俺は一応、社会人だし。高校生とってのはさ。 内緒で付き合うのも嫌だし。どうせならみんなに自慢したいだろ? お前がイイ男になるまで、もうちょっと我慢な」
 どう返答すればいいのかよくわからなかった。
 俺はいますぐ付き合いたいって思った。
 アキラさんは、内緒で付き合うのは嫌だという。
 それはつまり、俺のこと、他の人に紹介してもいいって考えてるのかもしれなくって。
 だけれど、それにはまだ至ってないんだろ。
 俺がまだガキだから。
 でも、アキラさんは待っててくれてる。


 俺はただ、不満も洩らさずに、笑顔で頷いた。

 だけれど、頭の中はすっきりしない。
 好きなのに。
 どうして付き合えないんだろう。
 高校生とって、いけないの?
 
 俺がまだ、子供だから、そういうの理解できないんだろうか。
 大人になれば。
 社会人になったら理解できるんだろうか。
 世間体とか。
 そういったもの、考えるようになる?
 お互い好きで。
 それだけで十分じゃないの? って、思ってしまう。

 だけれど、誰にも相談なんて出来やしないし。
 同学年の奴らに相談したとしても、結局、俺と近い考え方をするだろうから。
 つまり、俺の意思が強くなるだけで、アキラさんへの疑問が増えるんだろう。
 

 俺は、疑問を抱いたまま。
 それでも、アキラさんのことが好きである気持ちは変わらなかった。  

 好きで。
 好かれてる。
 なのに、なんか苦しい。
 俺のレベルが低いから。
 
 またいつもどおりの生活。
 2週間くらいたつだろうか。
 かわったことといえば、父さんがいないとき、アキラさんとHをして。
 だけれど、それだけだ。
 もう付き合おうとかそういう話、しづらいし。
 肩書きなんていらないかなぁとか、無理やり考えてて。

 でも、ここ3日くらい、アキラさんとは会っていない。
 きっと、同伴で先に仕事に行ってしまってるんだろう。


 学校でも、樋口智巳が来る前みたいな生活になっていた。
 誰も俺につっかかってこない。  

 樋口智巳も。
 俺に飽きたとか?  

 なに俺。
 さびしいとか感じてるんだろう。  

 あいかわらず、樋口智巳の泳ぎは綺麗で。
 俺以外の奴も目をつけるようになっていた。
 初めのころは、俺にいきなり楯突いたやつで、少し敬遠されてたけれど。
 いまじゃ、それもまた魅力のひとつといわんばかりに受け入れられて、気づけば奴の周りには友達がたくさんいた。

「桐生っ。ちょっと」
 悟先輩に呼び出され、プールサイドのふちへとつれてかれる。
 みんなとは少しはなれた位置。
「なにか…」
「あぁ。別に俺はお前のプライベードがどうとか別にいいんだけど。上も、心配してるから」
 上。
 会長か…。
「俺、心配されるようなこと、別にないですけど」
「お前はそのつもりでもな、生徒会長にはわかるんだとよ。…俺の目から見てもわかるし。最近、違うだろ。そんなんじゃ、タイムも落ちるぞ」
 軽く俺の頭を小突いて、悟先輩は、みんなの方へと戻ってしまった。

 まだ部活時間中だが、一旦、部室へと足を運んだ。

 なにやってんだ、俺は。
 頭が混乱してる。
 アキラさんとは、時がたてば付き合えるかもしれないし、それでいいだろって。  

 わけわかんねぇ。  


 少しの間、部室でボーっとしていると、ドアの開く音。
 樋口智巳だ。

「なに…」
「別に、タオル取りに来ただけですから」
 そう言って、自分のロッカーからタオルを取り、また出て行こうとする。  

 馬鹿、俺。
 俺のことが心配で来てくれたとか、変にうぬぼれたり勘違いしたり。
 病んできたな。

 なんでもない行動じゃんか。
 タオル取りに来て出てくなんて。  

 ため息が聞こえ、顔を上げると、プールサイドへと続くドアの前に立ったままの樋口智巳が俺を見下ろす。

「…なにしてるんですか、桐生先輩」
 桐生先輩って。
 そう言えって言ったのは俺なのに。
 そんな言葉ですら胸が締め付けられるような思い。

「泳ぐ気ないんですか。最近、調子悪いじゃないですか」
 わかるんだろうな、やっぱ。
 
「お前は…どうなんだよ。もういいの?」
 自分勝手な発言だってのもわかってる。
 なのに。
 あっさり身を引かれると、寂しくなる。

「なんのこと?」
「……俺…のこと…」
 樋口智巳は、俺の近くへ来ると、俺に合わせてしゃがみこむ。
 目の前にいるのだけれど、俺は樋口智巳の顔を見れないでいた。

「…もう、いいですよ」
 そう言われ、別にこいつが好きだったとかじゃないのに。
 ものすごくショックを受けた。
「お前、そんなに軽い気持ちだったんだ? 間違ってでも、お前のこと信用しなくてよかった」
 こんな言葉は強がりだ。
 本当はもう、涙が溢れそう。

「じゃあ、どうしろって言うんです? 桐生先輩には彼氏がいて、その人のことが好きで。俺よりもずっといい人だって聞かされて。それなのに、諦めたら諦めたで、そんな態度取られて。自分勝手ですよ。わがままです。彼氏とうまくいかなかったら俺って? ただ、キープしたいんですか。ずるいと思いません?」
 こいつの言うことは全部正しい。
 俺って。
 すごいやなやつだ。
「…桐生先輩から、彼氏のこと聞かされたとき…あのときの桐生先輩は本当に幸せそうで。俺は負けたって思ったんです。だから、こうもあっさり諦めることが出来たんですよ。それなのに、いまの先輩ときたら、ボロボロじゃないですか」
 そう言うと、俺の口に口を重ねた。
 俺の頭を押さえるようにして。
 深く重ねて、舌を絡め取られる。
「んっ…んぅんっ…」
 口が離れて、舌が今度は俺の耳を軽く舐め上げる。
「っんっ…あっ…」
 淫猥な音が響いて、羞恥心を煽られた。
 樋口智巳の手が、俺の股間を水着越しにやんわりと撫でていく。
「はぁっ…あっ…」
「抵抗しないんですか…。らしくないですね」
 水着を脱がされて、こんな場所で全裸にされる。
 それなのに。
 なにか、俺、期待してるかもしれない。
 
 開いた足の間に、樋口智巳の指がまとわり付いて。
 ゆっくりと、中へと入り込む。
「くっんっ…ンっ…」
「桐生先輩…。俺としたのが初めてですよね…。つまりあの頃、まだ彼氏とはしていなかったわけだ…」
「ぁっあっ…んっ…」
「だから…なおさら悔しいんですよ…。俺の方が先に手を出していたのに。それでも桐生先輩は彼氏を選んだ」
 いつのまにか2本に増やされた指で、中を押し広げられる。
「ぁあっ…んっ…んーっ」
「拡げられるの、好きですか…?」
 指が何度もイイ所を掠めて、そのたびに体が少しビクついた。
 とろけそう。
 なに、俺。
 抵抗しなきゃ…。
 気持ちいいからというより、寂しいからか。
 抵抗する気がおきない。
 

「あっぁんんっ…はぁっ」
「なんで、そんなに欲してるんですか…。彼氏とうまく行ってないんですか。あまり変な期待させないで下さいよ…」
 指を引き抜いた樋口智巳は俺を押し倒し、上からジっと見下ろした。

「…本当は嘘です…。もういいだなんて思ってないし。……好きです…」
 こんなの、聞き入れちゃいけない。
 俺はアキラさんが好きだから。
 樋口智巳に好きって言われて。
 それで受け入れて。
 そんなことしたら、樋口智巳を傷つけるだろ。

 なのに。
 すごく嬉しくて涙が溢れる。
 
 俺の涙をそっと拭ってくれて、樋口智巳は自分のモノを俺の中へと納めていく。
「んっ…くっ…ぅンっ」
「桐生先輩の彼氏に会ってみたいな…。どんな人…?」
 本当は、まだ俺はアキラさんの彼女になれていない。
 なれるのかすらわからない。
 それでも踏ん切りがつかないのは、アキラさんも俺のことが好きって言ってくれるから。
 期待しているけれど。
 そう言ってくれるのに付き合ってくれなくて。
 少しだけ諦めてもいる。
 
 苦しくてたまらなくて。
 誰かに開放して欲しくて。
 
 いっそこのまま、樋口智巳と付き合ってしまったらラクなんじゃないかって思う。
 わかってるけれど。
 ラクならいいってわけじゃない。
 アキラさんが好きなんだよ。
 だから。
 ラクになれなくって、苦しくて。
 涙が溢れるんだ。

「そんなに泣かないでくださいよ…。どうすればいいのかわからなくなります」
 こいつには頼っちゃ駄目だ。
 俺のこと好きだから。
 それを知ってて、利用してるみたいにしか思えないし。
 そんな自分が嫌だ。
 だけれど、樋口智巳だって。
 わかってるんだろ。
 俺が好きなのは別の人で。
 俺が利用するのならかまわないって思ってくれるのかもしれない。
 嫌なら断ってくれるだろうし。
 どっかに行ってしまうだろ。

「智巳……」
「…初めてですね…。そうやって桐生先輩が俺の名前、呼んでくれるの…」
「名前で呼べよ…。俺のこと……」
「いいんですか…深雪先輩…」
 俺に一度口付けてから、ゆっくりと腰をスライドさせる。
「ひぁっ…あっ…ぁあっ…」
 体中が熱い。
 どこか掴んでないと体がおかしくなりそうで、智巳の肩に手をおいた。
「はぁっあっ…ぁんっ…ぁあっ…待っ…やめっ…」
「待てないし…やめれるわけないでしょう…。ドコがいい…?」
 探るように智巳のが出入りを繰り返しながらも掻き回していく。
「んーっ…やっそれ…っやぁあっ…」
「じゃあ、これは…?」
 智巳が俺の片足を深く折り曲げる。
 そのせいで、智巳のがさっきよりも奥へと届いてしまう。

「あっ…あぁあっ…駄目…っ」
「奥…好きなんだ…?」
「だ…めっ…ぁあっ…やっやあっ…変…っ」
「やっぱり…独り占めしたくなります…」
 智巳の手が、俺の股間を擦り上げ、内壁を肉棒が掻き回して。
 なにも考えられなくなっていた。
「ぁあっ…や、もぉっ…ぁあっあっ…やぁあああっっ」
 

 なんだろう。
 俺。
 なんで、智巳としてんの?
 気持ちよくて、いやな感覚はなかった。
 
 合意で。
 してしまって。  

 アキラさんに対する罪悪感みたいなものが生まれた。
 俺は、アキラさんが好きなんだろって。
 でも、付き合ってるわけじゃないし。
 いいじゃん。
 
 よくわからない。
 アキラさんが好きなのに。
 智巳が離れていくのもさびしいって思ってる。

 だけれど、智巳のことはたぶん、今、さびしいからだ。
 アキラさんと少しだけだけど、会ってなくって。
 付き合ってもらえなくて。
 いま、さびしいから、智巳のことも気になってる。
 
 じゃあもし、アキラさんが俺と付き合ってくれて。
 たくさん会ってくれてたら?
 さびしくないから、俺は智巳のことも忘れてしまうのかもしれない。
 
 最低だ。
 智巳のこと。
 都合よく使ってる。

「っ帰る…」
「深雪先輩…。いったいどんな人と付き合ってるんですか…。つらいなら止めて欲しいし」
 智巳はあまり表情には出してなかったが心配してくれているのだろう。
「…止められないからつらいんだよ…」
 智巳が、ため息をつくのがわかった。
「やっぱり、つらいんじゃん…」
 なんか、なにも言えないや、俺。

 そのまま、更衣室をあとにした。

 こんな風に智巳としてしまって。
 なんとなくアキラさんに合わせる顔がない。
 どうすればいいんだろうな…。
 それでも、会えることなら会いたい。  

 家に帰ると父さんがいて。
 俺は隠れるようにしてアキラさんの部屋をのぞいた。

 けれど、そこにアキラさんはいなくて。
 ほっとするような残念なような。
 そんな感覚に陥った。