「深雪先輩、おはようございます」
また。
樋口智巳と通学路で会う。
どうしてこうも。
「……なにお前。俺のこと好きなわけ?」
あきれるように、冗談でそう言う俺に。
「好きですよ」
あっさりと、そう言い放つ。
だからってどう応えろってんだ。
拍子抜け。
いや、好きくさいとは思ったけど、こうもあっさり言われるとな。
「あっそ…」
そう言うしかなかった。
その答えが気に食わなかったのか、
「好きなんだけど、駄目ですか」
俺より少しだけ前を歩いて。
振り返り気味に俺を見てそう言う。
「駄目って、なにが?」
「付き合うとか、あるじゃん」
「……無理だろ。だいたい、お前、俺の事知らないくせに」
まだ、会って3日目だろ…?
そりゃ、会って3日目とは思えないほどのことしてるけど。
「知ってますよ。前々から。だから俺、この高校来たんです」
思いがけないことを口走るもんだから、つい足が止まる。
が、すぐ嘘だろうと思い、また足を進めた。
「何言ってんの、お前」
「今日は、部活出ます?」
「…まぁな」
そんなたくさん俺も休みたくないし。
そいつとは、下駄箱で別れ、俺らはそれぞれの教室へと向かった。
知ってますよ。
そう言った言葉が離れない。
あそこで嘘をつく意味があるだろうか。
俺のこと。
知ってた?
「樋口…樋口って…」
「なに?」
俺の隣の席。同じ水泳部所属の雅紀が耳を傾けてくれる。
中学のときも二人、水泳部所属で、一番仲がいい友達だった。
「樋口智巳って…知ってる?」
「知ってるもなにも、あいつだろ。お前が俺にアフターケア頼んだ……。有名だろ。生徒会にたてついたって」
「……そうなんだけど」
生徒会にたてついた話をどうして雅紀が知ってんだか。
結構、回ってんだな。
「……なんか、名前、聞き覚えあってさ」
「あぁ。お前といっつもタメ張ってた奴ってそんな名前じゃなかった?」
いつもタメ張ってたって?
「いつの話だよ」
「中学の地区大会で。お前が2年ときに出てきたやつ。自由形200で張り合ってたろ。結局、お前の方が速かったけど。あと1年たってたらわかんなかったって」
あぁ。
確かにいた。
勝ち逃げできたなって、俺は思ったし。
じゃあ、なにか?
負けたから腹いせに嫌がらせ?
っつーか、よくわかんねぇっての。
わざわざ同じ学校くるか?
「まあいいや」
あまり深く考えないで、休み時間も終わったことだし、真面目に授業に取り組んだ。
今日は、昼休みに呼ばれることもなく部活時間に。
部活は部活でまた一騒動ありそうでやなんだけど。
「深雪先輩」
ほら。
「…ホント、やめろって」
「なんでですか。俺のことも智巳って呼んでいいですよ」
うざい。むかつくし。
でも、それよりもこいつの泳ぎが見てみたくなっていた。
1年見ないうちに、どうなったか。
だからってこいつだけに泳がせるのは、特別視してるのがばれそうだし。
そういえば、50Mのタイムはこないだとったっけ。
それどころじゃなくって、すっかり忘れてた。
「今日は、一応、100Mのタイム取るから、順番に並んでな」
50メートルのタイムを見て、ある程度のレベル分けをして並ばせる。
1コースは、こないだあまり泳げなかった奴らのためにあけておいた。
雅紀が、そいつらの担当。
あと2コースは、2年と3年が使う。
とりあえず、今はレベルを見るために、1年が優先して使えるようになっていた。
タイムを取ってくれるのは、俺以外にもあと数人いる。
自分で自分が嫌になるくらい、樋口智巳のこと気にしてるのかもしれない。
自分のコースに樋口智巳が来るように図っていた。
「深雪先輩が計ってくれるんですね」
スタート前、樋口智巳がそう俺に声をかける。
「…まぁな」
「なにか思い出しました?」
思い出した。
俺も、お前のこと知ってるから。
「知らねぇよ。いーから、早く体濡らせって」
樋口智巳はそれ以上はなにも言わずに、いったんプールに入り体を水に慣らす。
上がってきた樋口智巳は、俺に話しかけることはなく、まじめな顔つきで。
むしろ、俺の存在を無視している感じだった。
スターターの掛け声とともに、ストップウォッチをセットする。
50Mのタイムを見て思った。
ずば抜けている。
智巳が一番、速くて。
実際、今。
樋口智巳の泳ぎを見て思う。
一番。
綺麗だった。
無償に悔しくて。
樋口智巳がプールから上がる前に、すぐさま名簿にタイムを記入すると、更衣室へと向かった。
なんなんだろう。
すごい、俺、見とれてた気がする。
「やべぇな」
ついぼやいていた。
すっげぇ生意気な態度取られても。
それも許せるくらいに、実力と技術の持ち主だった。
「桐生?」
そう更衣室のドアを開いたのは、雅紀だ。
「…あぁ、悪ぃ」
「いや。全員、タイム取り終わってるからいいんだけど。とりあえず、3コースに分かれて軽く流させてるから。で、タイム取ってた2年も残りのコースで自由に泳いでる」
「お前がいてホント助かるよ。なんつーか、俺、次期主将とか言われてるけど、お前の方が合ってるよな」
雅紀は、なんでも全体を見る視野があるっつーか。
実際、今も。
泳げないやつらの担当なのに、他のことまでちゃんと見ている。
俺が更衣室に逃げ込んでいることだって、把握していた。
「そんなことねぇって」
雅紀は、苦笑してそう言ってくれた。
「桐生…。俺はお前のフォローは出来るけど、リーダーの素質はねぇよ。仕切ったり苦手だから」
「そうかな」
そりゃ、雅紀は先頭にたって取り仕切ったりするタイプではないだろう。
だけれど、みんな耳を傾けてくれるだろう。
しゃがみこんでいる俺を少し心配そうに雅紀が覗き込む。
「なに?」
「…桐生…いつも、お前スターターだろ。どうした?」
そう。
3年生のタイムを取るときや、2年の俺以外のタイムを取るとき。
俺がスタートの掛け声をする。
「気にしてる? ……樋口智巳のこと」
雅紀に隠すつもりはない。
「……多少、気になってる」
「少し、心ここにあらずって感じだもんな」
「…わるぃな」
雅紀は、俺の隣に座り込んで。
「……大丈夫か」
そう聞く。
「大丈夫って…なにが?」
会話の方向性がいまいちわからなかった。
「だから。樋口智巳のこと」
「別に…」
「桐生のことで、生徒会にたてついたって話は出回ってるよ」
速い情報網だな。
「…俺が気になるのは、奴の泳ぎのことだよ。生徒会のことは大丈夫だから」
そういう俺の肩をつかんで、向かい合わせにされる。
「桐生、生徒会だよ? お前、生徒会長に気に入られてるから、みんな避けてたし、たてつく奴なんていなかったけど、樋口智巳がそれをやった今、他にも同じようにたてつく奴、これから出てくるよ?」
一瞬、意味がわからなかった。
「雅紀、なに言って……」
「だからっ…。いままでは、お前に手、出したくても生徒会長が邪魔で出来なかったって奴らがたくさんいて。絶対的な生徒会にたてついたのが1年だろ? これからは…」
「……雅紀、どこまで知ってるわけ? っつーか、どこまで話、出回ってんの」
「……どこまで本当かわかんねぇけど…。噂ではやったって…」
なにをやったかまでは、聞かないでいよう。
「…大丈夫だから」
そう言うしかなかった。
「っ…桐生…。実際、今日の昼、お前に会いに来て、生徒会の奴らに殴られた人が数人いるらしいから」
雅紀は、心配してくれてるのだろう。
「わかった。情報サンキューな」
「なにかあったら言えよ」
雅紀はそう言って、プールサイドへと戻っていった。
疲れた。
精神的にも肉体的にも。
なんだかどっと疲れが出てきていた。
横たわる俺の顔を覗き込む奴が1人。
「……悟先輩?」
水泳部で、現在の主将。
「っすいませ…。ちょっと気分悪くて」
慌てて起き上がろうとする俺の肩を抑えて。
「かまわないよ。別にサボってるからって怒りに来たわけじゃないから」
そう言ってくれた。
「さっき、雅紀と話してたみたいだけど。なにか聞いた?」
聞いた? って。
どういうことだろう。
「まぁ、俺が噂になってるってことを教えてもらったくらいですよ」
なんとなく体を起こせないで寝転がったままの俺の横に座った悟先輩は、優しく笑ってみせた。
「今日。放課後、プールサイドまでお前に会いに来た奴が4人いたよ」
「え…俺に?」
一人も会ってないんだけど。
「俺が、全員、殴り返したから」
なんでもないことのようにそういう悟先輩に対して、一瞬、寒気がした。
「こないだ、お前がプールサイドで樋口智巳といるのを上に報告したの、俺だから」
体が、動かない。
なんで?
「悟先輩って…」
「ん?」
生徒会のことを『上』なんて言うの、生徒会役員くらいだ。
「…役員…ですか…?」
恐る恐る聞いてみる。
「水泳部で放課後お前を見張るのは、俺の仕事。つまりわかる? 放課後。生徒会の手は俺以外回らない」
役員かどうかは答えないでいたけれど、肯定されたようなもんだ。
言い終わると、俺の股間に悟先輩の手が当たる。
「っんっ…」
予想外の事で体が過剰にビクついた。
今日、泳ぐつもりがなかった俺は、ジャージにTシャツという簡単な格好だった。
悟先輩の手が。
ズボンの上から俺の股間のモノをいやらしい手つきで撫でる。
「っあのっ…」
「どうした? 桐生」
どうしたじゃなくって。
悟先輩も、俺が樋口智巳を気にしていることくらい気づいているんだろう。
まさか、役員がこんな近くにいるとは思ってなかったし。
だから、あんなにも速く生徒会長にバレてたわけだ。
執拗に撫でられて、体が熱くなって。
抵抗力が薄れる。
もともと抵抗する気力なんてなかったかもしれない。
なんていうか、考えることが多すぎて忘れていたという感じだった。
「はぁっ…」
「桐生。気分悪いっつってたけど、大丈夫か?」
そんなことを聞かれてもまともに答えられる状態じゃない。
視界がぼやける。
「体、熱くなってきてんぞ?」
あいた手をおでこに当てられて、熱を見られて。
その後、シャツにもぐりこんだ手が、胸の辺りを這った。
「んっ…ンぅっ」
「どうしてそんなやらしぃ声出すんだ? お前は」
やさしい口調で聞きながら、ズボンの中へと手を偲ばせる。
「っやめっ…」
「すごい、カチカチになってるけど。自分でもわかるだろ?」
先輩がズボンと下着を剥ぎ取っていくもんだから、慌てるように上半身を起こすけれど、体を支えるのにいっぱいいっぱいで、あっさりと脱がされる。
両足を開かされた俺の間に体を割り込ませて、先輩はそそり立つ俺のを右手で扱き出した。
「ぁっやめっあっ」
「なぁ、見てみ? 蜜が溢れてきてる」
そう言われ一瞬目を向けてしまうが、確認すると余計に恥ずかしくて顔をそらした。
「気持ちいい?」
「はぁっ…あっ…やめっ…もぉっ…」
腰が動いてしまいそうなのが自分でもわかる。
恥ずかしいのに、体が嫌なくらいに反応していた。
一瞬、先輩と目が合って。
すぐに逸らしたけれど、視線が突き刺さる。
見られてる気がして、ものすごい羞恥心にかられた。
「ぁあっ…だっめ…ぁああっ」
「後ろもイケるんだよな」
そう確認をしてから、扱いていた手を止め、俺の口に指を含ませる。
「かわいいな、お前」
耳をなめ上げられて、逃げるように顔を逸らした。
先輩の指が、足の間を這って。
ゆっくりと中に入り込む。
「ぁっあっ…んーっ」
少しずつ、入りながら、中で動かされて、腰が動きかけていた。
「ぁっあんっ…やぁあっ」
「ほぉら…。奥まで入った。動かしてやるからな」
かわいがるように俺の耳元でそう言いながら、左手で俺の頭を抱え込んだ。
先輩の右手の指が、奥まで入りきった状態で、中を掻き回していく。
「ひぁっ…あぁあっあっ…んっやぁあっ」
大きく足を開いて、先輩の背中に手を回してしがみ付いていた。
「ぁんんっ…あっぁあっ…やぁうっ」
「どうしたい? 腰、動いてるぞ?」
もう。
理性がない。
「はぁっぁんっ…もっとっ…あっ…」
耳元で軽く笑って、悟先輩は2本目の指を奥まで入れた。
「ぁあっ…おっきぃっ」
「んー…? もっと太いの、入れちゃったことあるんでしょ?」
「はぁっあっ悟せんぱぁっ…あっもぉっあっ…ぁあっ俺っ」
「どうした?」
言う必要ないのもわかってる。
だけどもう入り込んじゃってだめだ。
「ぃきそぉっ…ぁあっ…やぁうっだめっっあっ…あぁあああっ」
なに俺、最悪だ。悟先輩の手の中に欲望を吐き出してしまう。
「かわいいね、桐生は。さすがにこの先は、上にバレるとやばいかな」
悟先輩の言葉が理解できない。
ただ、自分が最悪だということだけ。
変な罪悪感に見舞われる。
俺、アキラさん好きじゃねぇのかよ。
悟先輩が相手でもこんな風に欲しがっちゃうわけだ?
無節操。
アキラさんに会いたい。
「早退してもいいですか…」
それしか、言葉にならなかった。
「いいよ、わかった」
そう言って、悟先輩は立ち上がると、少し考え込んで。
「樋口智巳の影響力はすごいと思うよ。…現に、俺も影響されたしね」
それだけ言い残して、更衣室を後にした。
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