放課後。
つい気になって、俺は部活前に生徒会室へと足を運んだ。
会長に少し聞くだけだ。
まだ、俺のこと探ったりしてんのかって。
もしそうなら、雅紀とか利用して欲しくないし。
聞かれれば俺が直接言う。
それに会長自身が俺のことを諦めてくれたとしてもだ。
いま、俺に突っかかってくる人はいないけれど、それはみんながみんな興味がなくなったのか。
それとも、会長がいまだに手を回して追い払ってるのか。
そういったこともやっぱいまさらながらキリつけたいし。
アキラさんのことはもちろん、すぐ忘れられるわけがなかった。
だけれど、ずっとそのことで悩み続けている場合でもないし。
それとは別で、どうにかしなければいけないことだから。
そりゃ、智巳や会長が絡んでくると、アキラさんが好きっていう気持ちの整理の問題にも繋がるかもしれないが。
今は、雅紀のことを考えたかった。
ノックをするが、返事はない。
もう一度、ノックをして、少したつと、中から現れたのは、見たことはあるが名前までは知らない役員だった。
「あぁ、桐生。入る?」
そう言われ、とりあえず中に入って、役員がドアを閉めて。
見渡したときに、やばいところに居合わせたんだと気づいた。
煙草の匂いがする。
生徒会の役員は5人。
良介先輩もいた。
机に座って、少し高い位置から、自分の愛用なのだろうか、ムチを何度も振り下ろす。
ヒュンっと、空を切る音が響いていた。
少し奥の方。
猿ぐつわと目隠しをさせられた生徒が、ソファに座り込む宮原先輩の上で、一生懸命腰を動かしていた。
来なければよかったと後悔した。
こういった場面に居合わせたことに関してではなく。
こんなの見て、俺はこのあと部活で、雅紀と普通に接する自信がない。
「…会長は…?」
俺はなんでもないみたいにそう聞いた。
「今日は休みみたいだけど」
俺を中へ入れてくれた役員がそう答える。
「なんだかんだ言って、あの人休みがちですから」
あいかわらず丁寧な言葉使いでそう答えてくれるのは良介先輩だ。
「…というか、桐生くんが、珍しいですよね。会長に呼ばれてないのに来るのって。悟の一件以来」
笑顔で、そう答えて。
机から降りると、こちらへ向かってきた。
「…またなにか悟にされました? それとも悟の体になにか残ってました? アレ以来、見えるところには残してないはずですけど」
「違いますよ…」
「じゃあ…」
そう声をかけてきたのは宮原先輩だ。
体がこわばる。
「…雅紀のこと?」
なんでもないようにそう言って、自分の上に乗っている人の頬を優しげに撫でていた。
笑顔でそう言うのがむかついて。
俺はつい、宮原先輩へと駆け寄って、殴りかかった。
それを、他の役員に止められる。
「っ…」
宮原先輩と合った目が離せなかった。
「図星だね。まあちょっと待ってなって」
そう言うと、いま自分が相手にしていた子の体を大きく揺さぶって。
教室内に、くぐもった喘ぎ声が響いていた。
どういうつもりなんだろう、この人は。
見ていられなくて。
なんで、雅紀はこんな奴を好きなんだよ。
いや、まだ確実に好きとは言ってないし、気になってるだけなのかもしれないけど。
悔しくて泣きそうにもなっていた。
「もう、俺、帰ります」
そう言って、背を向ける俺の腕を良介先輩が取る。
「っ……」
にっこり笑って。
言葉はなくても、圧力を感じる。
少したつと、宮原先輩が俺のところへやってきた。
離れた位置にさっきまで宮原先輩とやっていた子がぐったりと横たわっていて。
アフターケアなのか、他の役員がそっちへ向かっていた。
良介先輩が、宮原先輩と入れ替わりみたいに俺から離れていく。
とはいえ、会話が聞こえるくらいの位置だろう。
宮原先輩は、にっこり笑って俺を見て。
いきなり抱き寄せる。
「なっ…」
頭を後ろから掴まれて、口を重ねられて。
挿し込まれた舌が、俺の舌を絡め取って、体が熱くなった。
「んっ…んぅっ…」
逃げようと思うのに、かっちりと頭を掴まれていて、うまく身動きできなかった。
「宮原くんは、ホント、Sですねぇ」
楽しそうにそう言う良介先輩の声を確認してか、俺を解放してくれる。
「良介さんほどではないですよ」
「僕は、性的な虐めしかしないですよ」
「そうですか?」
二人の会話の間で、反論するタイミングを逃し、イライラした。
「……ふざけんじゃねぇよ…」
そう言うと、みんなの視線が一気に集中するのが感じ取れた。
俺が、宮原先輩を殴ろうものなら、役員総出で止めにかかるんだろう。
宮原先輩が俺を見て。
手で役員たちを制するのがわかった。
「なにしてんだよ、てめぇ」
「いや、俺とやっちゃったら、桐生はどんな顔で雅紀と会うのかなぁって」
「…最低ですね…」
その後、少しだけの沈黙をやぶったのは、宮原先輩だった。
「…俺に用があるんじゃないの?」
企むように、俺を見て宮原先輩はそう言う。
「…会長に用があって来たんですけど」
本当は、この人のことも、もちろん気になってはいたが。
「…ホントに?」
なんだか、不機嫌そうにそう言って。
ため息をわざとらしくつかれる。
「…じゃあ、会長になんの用だったわけ?」
「……別に…。今、俺のことでどう手が回ってるのか、なんかしてんなら聞こうと思って」
「…どうして急に? 自分のことで、会長がどう動いてるか、それだけ?」
雅紀が利用されてたら。
それが、気になった一番の部分かもしれない。
こいつは、それくらい感づいてるだろ?
「…生徒会側が、雅紀を利用しようとか考えてんなら止めて欲しいと思ったからですよ」
強い口調で、そう言うと、宮原先輩は、俺を少し睨んだ。
「雅紀のことなら、会長じゃなくって俺の個人的な行動だから」
「…どういうつもりですか」
「桐生には関係ないだろう? 別に、桐生のこと聞き出そうと思って雅紀に近づいたわけじゃないし。安心していいよ」
少し冷たい口調でそう言われる。
雅紀を俺のことで利用するつもりじゃなかったんだとしてもだ。
この人を、このまま雅紀に近づけていいのだろうか。
「1回やっといて、そのまましばらく放っておいて。なんなんすか、それ」
「俺の恋愛のあり方に口出しできるほど、君は経験豊富なわけ? 1回きりの関係だって、あるだろ」
「じゃあ、雅紀は、宮原先輩の気まぐれで、一回相手にされただけの人だって言うんですか」
返答によっては、どう役員に押さえられようが、この人を殴るつもりでいた。
「…例え話として聞いて欲しいんだけど。
流れで1回やって。向こうも拒まなくて、お互い合意で。でも恋人同士なわけじゃないから、もうお互いこのことはそっとしまって置きましょうって、よくある話でしょ。それは言わなくても、お互いで意思疎通してることだから、他人が口出しすることじゃないんだよ。
でも、桐生が来てくれたってことは、脈ありなのかな」
「…実際、どう考えてるんですか」
「…雅紀とは1回きりだとかで割り切った考え方をしたつもりはないよ…」
むしろ、1回きり、お互い割り切ってやっててくれた方がよかったかもしれない。
のめりこんでから、捨てられるよりは。
なんで、放っておいて、他の子とやって。
そういうの、全然理解できない。
「確かに、俺はしばらく雅紀を放っておいたよ。だけれど、別に付き合ってるわけじゃないし、連絡先を知っているわけでもない。時間が合わずに行き違いで、会う機会がなかったって。それだけだよ」
そう言われると、どうにも反論できそうになかった。
実際、どれくらいの期間が過ぎてしまっているのか俺にはわからなかったし。
「…そろそろ、俺の方からも言わせて貰っていいかな」
いつもとは違って、宮原先輩は怒っているようだった。
「…なんですか」
「…生徒会が、桐生のこといろいろと情報収集してるのはわかってるよね。つまり、一緒にいる雅紀の情報もそれなりに入るんだよ。俺も見てるしね。
……俺が、雅紀を放っておいた時間ってのはね、つまり桐生が雅紀を放っておいた時間と一緒なんだよ」
そう言われ、一瞬、意味がわからなかった。
「俺が、しばらく放っておいたのは、会う機会がなかったのと、雅紀の出方を待ってみたかったのと。そういった理由からなわけ。だって、そうだろう? 俺ばっかが押しかけてちゃ相手の気持ちがよくわからないから。放っておくというより待ってたわけ。でも君は違うよね」
遠まわしな言い方にイライラした。
「なんですか」
「…3週間くらいたつよ…。雅紀は別に隠してたわけじゃない。俺にやられてからすごい悩んでくれたみたいでさ。そういうの、知らないだろ」
なにも言えずにいる俺を見て、肯定だと受け取られただろう。
「…ホントは相談したかっただろうね、桐生に。でも、桐生は自分のことでいっぱいで、雅紀が悩んでるのすら気づかなかった。…雅紀はホント、いい子だよ。自分が悩んでるときでさえも、君を気遣って。相談も出来ずにいたし、逆に桐生のこと、心配してあげてたし。……だから。桐生、俺になにか言える立場なの? 雅紀のこと、桐生はホントに考えてるって言える? 雅紀が直接言ったことにだけ、いい態度とってなにも気づいてあげなくて。八方美人っつーか、偽善者くさいよ」
俺、今日の今日まで全然気がつかなかったし。
そんな状態でも、俺のこと、心配してくれてたよな。
そう思うと、宮原先輩の言うとおり自分が偽善者くさいやなやつに思えた。
俺だって、悩んでて。
そんな余裕なかったんだよ。
だけど、そんなのいいわけだ。
雅紀は気づいてくれたのに。
俺は?
なにも、気づけなくて。
それなのに、この人に対して、愚痴だけぶつけて。
悔しかった。
なにも言い返せそうにない。
雅紀がどれくらい悩んでたか、わからないけど。
普通に考えて、いきなり男にやられたら、かなり考えるだろ。
支えになれなかった。
しかもそれを、他人に指摘されて。
気づけなかった。
でもそういうことは、あると思う。
一番、悔しいのは、自分が宮原先輩に『放っておくな』と言ってしまっていたことだ。
自分のことを棚にあげて。
なんてやなやつなんだろう。
それが、悔しかった。
「…別に、気づかなかった桐生を責めてるわけじゃないよ。桐生が悩んでたのだって、もちろん俺は知ってるからね。
でも、桐生があまりにも俺を否定するから。反論しただけ。雅紀のことは、ただ放っておいてるわけじゃないんだよ。
俺は、ちゃんと雅紀のこと見てるから。それが伝えたかった」
そう言うとまた、いつもみたいに、笑顔を見せた。
「…雅紀が好きなんですか…」
「まぁね」
「でも…」
また、俺が口を出すことではないのかもしれない。
これ以上はおせっかいだろ。
ここまで聞き出すつもりはなかったし。
「…もう帰ります…」
「部活には顔だしてくださいね。悟が心配します」
「雅紀だって、心配するよ」
…こいつら、結構、ウザいかも…。
けれど、まぁホントに、このまま帰ったら雅紀も悟先輩も心配してくれるだろうから。
俺は水泳部へと足を運んだ。
「遅かったな、桐生」
「あぁ、ちょっと寄り道。雅紀、昨日はなにやった?」
俺は、生徒会に行ったことを隠してなにごともなかったように接した。
それなのに。
後輩たちがざわつくもんだから、周りを見渡すと、プールサイドの網越し、運動場からこちらを見る姿。
宮原先輩と良介先輩だ。
その二人の存在に気づいたのか、悟先輩がそっちへと向かった。
「…なに?」
そう声をかけるのが耳に入る。
「見学ですけど?」
「…俺だけで充分だろ?」
充分。
というのは、俺の情報収集のことだろうか。
「…目立ってるし」
「僕は悟の見学ですから」
「俺だって、見ておきたい人がいるから」
気が気じゃなかった。
だけれど、俺が出て行く場面でもないだろうし。
こういうときこそ、部活を進めるべきだろうし。
俺はなんでもないみたいに部活を進めた。
極力、そちらを見ないようにして。
泳げば声なんてほとんど聞こえないし。
そういった俺の態度を見てか、後輩たちも普通に部活動を再開してくれた。
どういうつもりなんだろう。
気が散る。
俺が生徒会に行ったから、雅紀を見に来たとでも言うんだろうか。
「…深雪先輩、あの人たちが気になるんですか」
隣のコースからそう声をかけるのは智巳だ。
「…多少」
「今度は、なにを悩んでるんですか」
「いろいろあんだよ…」
あぁ。
こいつのせいで、ナツのことまで思い出した。
一気に緊張が走る。
「どうしました…?」
「別に…」
「深雪先輩…。たまには俺に頼ってよ」
こいつを頼りには出来ないんだってば…。
「…サンキュ…」
それでもお礼を言っておく。
たぶん、こいつは俺を好きだとか言うから。
だから、こいつには頼らない。
つい視線をそらす。
「…好きな人には頼られたいんですよ」
そう言い残して、智巳はまた泳ぎ出した。
頼られたいって。
そう言われても。
そう言ってくれるのは嬉しいけれど、駄目だろ。
ナツに会いたい。
最近は駄目だもう。
慰められたくて、体も心もさびしい感じ。
誰かに求めてしまうというか。
ナツが気楽なんだってば。
他の人に頼るわけにはいかない。
俺はプールサイドへとあがって、ついまた運動場の方へと目を向けた。
と、そこには良介先輩の姿だけ。
「……っ……」
プールサイドとプール内を見渡すと、思ったとおり、雅紀の姿が見当たらなかった。
「良介先輩……宮原先輩は…」
「気になりますか? たぶん、更衣室じゃないんですか。…覘くつもりなら、音を立てないようにした方がいいでしょうね。
雅紀くんのためにも」
笑顔でそう言われる。
やっぱり、雅紀と一緒なのだろうか。
更衣室。
乗り込んで二人を止めることなんてもちろん出来ないし。
だけれど、そっと更衣室に近づいて。
ドアに手をかける。
鍵がかかっていて、そのドアが開くことはなかった。
事が済んだら開けてくれるつもりなんだろう。
どういうつもりなのかわからなかった。
なんで雅紀は宮原先輩が気になるんだろう。
でも、俺もいきなり俺のこと襲った智巳といまでは仲良くなっている。
ナツだって。
俺のことどう考えてるかわかんないし他にたくさんやりまくってるかもしれない。
そんな相手と、俺はセフレになってて。
そう考えると、宮原先輩と雅紀の関係はそれほど悪いことではないのかもしれないけれど、どうしても気になってしまう。
客観的な立場に立つと、見えなかったものが見えてくる気がした。
俺って、結構、おかしな行動取っていたかもしれない。
ナツのことといい、智巳のことといい。
ナツに限っては、好きっていう感情も混じってないだろう。
やるだけだ。
好きになるつもりねぇし。
だって、なれないだろ。
そんなにも、相手を信用できないんだっての。
そういう人としてるのもどうかと思うけど。
信用したら傷つくんだって。
だから、雅紀にも傷ついて欲しくないし。
なんでそんな風に、人を好きになれるんだろうって思ってしまう。
俺も、アキラさんが好きだったけど。
好きにならなければよかったっていう感情も多少、生まれている。
もうあの人のこと、忘れられそうにない。
このままじゃ、一人ぼっちだ。
だけれど、一人じゃやっぱりさびしくて。
傷つくのが恐いから好きにはなれないけれど。
誰かは傍にいて欲しいんだよ。
わがままなんだろうけれど。
そう考えたとき、ナツが適任だと思えてしまう。
知り合って間もないけれど。
そう感じるんだよ。
いや、知り合って浅いからこそなのかもしれない。
ナツに会いたいと。切に感じていた。
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