ナツと二人でお風呂に入って。
進められるがままに、またお酒を飲んでしまう。
「桐生さん…ずっと腑抜け状態だね…。なに考えてる?」
不意にそう聞かれ。
なにも考えていないなと思った。
「…わかんねぇよ…」
なにも考えたくなかったし。
また、少しだけ意識が遠のいていた。
夢なのか、そうでないのか。
飲みすぎたかもしれない。
だけれど、余計なことを考えなくて済みそうで。
それはそれでいいかもしれないと思った。
また、ナツが、俺の服を脱がせて押し倒して。
ゆっくりと中へと体を推し進める。
「はぁっ…もぉ…っ」
「トロトロだね……」
やりすぎだって、わかってる。
だけれど、抵抗する力も出なかった。
「ぁああっ…んっぁんっ…」
体が揺さぶられて、酒が回る。
やばいなって思うけれど、とめてくれそうにない。
気持ちいい。
視界が、ぼやけて、白くなるもんだから、目を開けてられず、そっと瞑った。
「あっ…アキラさっ…」
違うって。
わかってる。
アキラさんじゃないんだけど。
このベッドで、俺を抱いて、気持ちよくしてくれるのは、アキラさんのはずだから。
やっぱり、アキラさんが好きで。
忘れられないんだよ。
「ん…好きなんだね…」
俺の中を緩やかに動いて。
優しくそう聞いてくれる。
なんとか理解して頷いて。
そんな俺の頭をそっと撫でてくれた。
「もっと、呼んでいいよ…? アキラさんのこと」
思いがけない言葉に、目を見開くが、あいかわらず視界はぼやけてて。
もう一度、目を閉じると、涙が溢れていた。
「んっ…アキラさん…っ」
「どうした?」
声も、体格も。
全然違うのに。
だけれど、俺にそう聞いてくれる対応がおんなじで。
おなじなのに違うから。
涙が溢れて。
俺は何度も、アキラさんの名前を呼んだ。
「アキラさんっ……あっ…もっと…っ」
「ん…気持ちいい?」
「あっんっ…ぁあっ…」
気持ちいいことだけ、考えてればって。
そう言われたのに。
アキラさんのことばかり考えている。
そんなの、全部、伝わってるんだろって。
だけれど、ナツは、アキラさんの名前を呼ぶ俺を、優しく抱いてくれた。
いつのまにか寝てしまったんだろう。
気がつくと、俺の目の前で、ナツはすやすやと眠っていた。
なんとなく覚えていた。
自分がナツを相手に、何度もアキラさんの名前を呼んでいたこと。
それでも、ナツが俺を受け入れてくれて。
優しくしてくれたこと。
アキラさんがいなくなってから、ずっと苦しいままだった心が。
少しだけ、落ち着きを取り戻した気がした。
なんていうか、腑抜け状態から、やっと少しだけ、正常な心を取り戻せた気分。
ナツはなにも考えてなくて、ただやれればいいのかもしれない。
だから、俺が誰の名前を呼ぼうが関係ないのかもしれなかった。
もしかしたら、俺のことを考えて、寛大に受け止めてくれているのかもしれないが。
どっちにしろ、アキラさんを想う俺を、肯定してくれてるわけで。
それでもいいんだって言ってくれていることにはかわりないわけだから。
嬉しいとか、感じちゃうじゃんかよ。
気がラクだ。
ナツは、俺を好きでいてくれて。
俺がアキラさんを好きでいるのも受け入れてくれて。
気持ちよくしてくれる。
俺は、そっとナツの服を掴んで、また眠りについた。
「おはよ」
目が覚めて。
目の前のナツがそう声をかけてくれる。
「おはよ…」
ただ、一緒に寝ていただけ。
それなのに、なんだかずっとそばにいてもらえたような錯覚に陥る。
アキラさんは、なんだかんだいって、こんな風にずっとそばにはいてくれなかったから。
ただ、ナツにはアキラさんと違って暇な時間が多いだけなんだろうけど、俺の寂しさを紛らわすのには十分だった。
なんで…。
そんなに、俺に優しくしてくれるんだろう。
いや、そうじゃなくて。
ただ、時間があるだけなんだよ。
別に、特別なことをしてくれているわけじゃない。
なんとなく、気分が落ち着く相手だった。
あまりにも心配してくれる相手は、逆にやりづらい。
智巳なんかは、たくさん心配してくれるだろうから、辛いんだよ。
重いんだって。
時計で時間を確認すると、朝、少しはやめの時間だった。
俺とナツは、二人で台所へと向かった。
「おっはよぉ♪ 新しいお友達?」
朝からテンション高く、父さんが迎えてくれる。
と、もう一人。
浩ちゃんだ。
そういえば、泊まりに来るとか言ってたっけ。
「浩ちゃん、いつから…」
「あのね、昨日は夜遅くからお邪魔させてもらって。ずっと雪寛さんと一緒にいたんだよ」
父さんは、俺に気を使って、浩ちゃんをずっと自分のところに置いてくれていたんだろう。
「父さん、仕事は…」
「んー、昨日は早退。たまにはねぇ」
また。
気を使ってくれてるんだ。
浩ちゃんにも俺にも。
ごめん。
なんて謝ると余計に気にするだろうし。
「ありがとう…」
とりあえず、一言だけ、そう言っておいた。
父さんは、にっこり笑って、俺らに朝ごはんを用意してくれた。
「深雪、今日は学校どうする?」
「……行こう…かな…」
「えー、さびしいなぁ」
そう言ったのはナツだ。
「ナツは? 学校…」
「俺、今、自宅待機中〜。タバコ吸ってんの見つかってさぁ」
「あはは。暇なら俺と遊ぶ?」
父さんが笑いながらナツの前にコーヒーを差し出した。
「桐生さんのお父さんは、時間あるんだ?」
「俺、夜のお仕事だからね。昨日早退して、寝ちゃったし、久しぶりに日の光を浴びようかなと」
この二人はほっといて。
俺は隣に座った浩ちゃんへと目を向けた。
俺の視線に気づいたのか、浩ちゃんがこっちを見る。
「深雪ちゃん、元気ないね」
「…ん…」
「生徒会長のこと?」
「それはもういいんだけど…。いろいろあってさ。でも少し落ち着いたから。また浩ちゃんにも、今度、話すよ。それより、昨日、泊まりに来てくれたのに、ごめんね」
「いいよー。雪寛さんと一緒にいて楽しかったし」
気にしてないみたいで、とりあえず救われたかな。
結局、ナツは家に残って。
俺と浩ちゃんはナツと父さんに見送られて、それぞれ学校に向かった。
「おはようございます」
いつもみたいにまた、校門で智巳が迎えてくれる。
「…おはよ…。そういえば、昨日はお前、どうしたわけ。ここで、また俺、待ってたりした?」
「待ちましたけど。来ないんで、途中で諦めましたよ」
「そっか」
少しだけ、妙な沈黙が続いた。
昨日のこと。
こいつはどう考えているんだろう。
俺は、情けない姿をさらしたなって、少し後悔した。
けれど、少なからずこいつにも救われている。
「先輩…」
沈黙を破ったのは智巳の方だった。
「ケーキ、弟の部屋にありました」
そう言われ、やたらと、緊張が走る。
「…あぁ、そういえば、智巳待ってる間、ナツの部屋にいさせてもらってて…」
「ナツって…? そうやって呼ぶ仲になったんだ?」
なにか、キツい口調で。
探られてるような気がした。
別に、俺はこいつと付き合ってるわけでもないし、構わないだろうに。
だけれど、なんとなく、やっぱり智巳の弟とあーゆう関係になってしまっていることは、隠した方がいい気がするから、妙に緊張していた。
「智巳が帰ってくるまでの時間つぶしで。ちょっと話してただけだけど。あんとき、俺、時間の感覚なくて、お前が学校にいる時間なのに、気にせず家に行っちまったから」
「そうですか」
なにかを勘ぐられてるようで。
なんだか居心地が悪い。
「なんだよ…」
絶えれず、ついそう聞いてしまう。
聞かない方がなにごともなく過ぎていくかもしれないのに。
「別に…。俺が家についたころには、深雪先輩は酔って俺のベッドで寝てたんで。なにがあったかなと思っただけです」
「…酔わなきゃやってらんなかったんだよ」
すべて、自分が悩んでて。
凹んでて。
そのせいで、飲み明かしただけだと、そう言い逃れたかった。
智巳とは、下駄箱で別れて。
教室へ入ると、心配して声をかけてくれたのは雅紀だ。
「珍しいな、お前が休むって」
「あぁ。ちょっとな。いろいろあってさ…」
「最近のお前、調子悪かったしな…。大丈夫か?」
あぁ。
言わなかっただけで、雅紀も気づいてたのか…。
「……俺さ…。ほら、樋口智巳とか生徒会長とかにいろいろ突っかかられてたじゃん…? それでいろいろ大変だったし。……雅紀って、男同士とか平気なわけ?」
「俺は…平気だけど…お前こそ平気なわけ?」
「もともと、別に退いたりとかそういうのはねぇけど、自分がそういうのに関わる気はなかったっつーか…。でも…俺、好きな男が出来たわけ…」
しみじみそうカミングアウトする俺に、少し驚きを見せる。
「な…ホントに?」
「自分がそういう恋愛事情で、学校休むほど悩むなんて思ってなかったよ」
「そう…だったんだ? じゃ、智巳が…?」
「違ぇよ。…俺の家に居候してた人。父さんの仕事場の後輩なんだ。だから、雅紀の知らない人なんだけどね。いろいろあったんだよ……。また落ち着いたら話すよ」
心配してくれた雅紀に対して、とりあえず言い切れた気分になり勝手に落ち着いてると、雅紀がちょっと不安そうな真剣な面持ちで、俺を見る。
「どうした? 雅紀」
「あのさ…俺も、前々から言おうか言わないでおこうか迷ってたことがあって…っつーか、相談しようと思ってたんだけど、お前が退くかもしれないから…。実はさ…俺も気になる人がいてさ…」
思いがけない言葉だった。
流れ的に、相手は男なんだろう。
「俺の知ってる人? 別に、退かないよ。俺だって男、好きになってんだし」
「……生徒会の人…なんだけど」
一瞬、体が硬直する。
br>「…生徒会…? 雅紀、生徒会と仲イイわけ?」
だから、やたら情報が早かったとか…?
「……知り合ったきっかけは、俺が桐生の友達だからって声かけられて…。生徒会のやつらはみんな俺のことも知ってるみたい。でも、俺、別に桐生の情報、流したりしてねぇからっ…」
別にそんな風には思っていないが。
というか、俺は別にそれほどなにか情報とかある人間でもないし。
「かまわないって。俺のことは気にすんなよ。会長とは最近、落ち着いてきてるっつーか、結構、諦めてくれてるみたいだし。まぁ、俺が誰かと付き合い出したらまた騒がしくなるかもしんないけど」
雅紀は、安心したような表情を見せた。
「で、生徒会の誰なんだ? 聞いてもいいわけ?」
これで、会長とかだったら結構、どうすればいいのかわかんなくなるんだけど…。
良介先輩や悟先輩でも、困るよな…。相手いるわけだし。
「…副会長…。知ってるだろ…?」
そう言われ、会長じゃなくてよかったと思う反面また緊張が走る。
雅紀も、気まずそうに俺から目をそらした。
「…今年から副会長になった人…だよな…」
去年も、生徒会の役員ではあったが、会計だかなんだかで、あまり表には出なかった人だ。
それでも、あの人を知る人は多いだろう。
もちろん、俺はなんだかんだで生徒会への出入りが激しかったから、知っているが。
今年になって前面に出てきたせいか、去年以上に人気が出てきているようだった。
「…宮原先輩だよな…?」
一応。
確認を取ると、雅紀は俺の顔もみないで頷いた。
「…桐生…。わかってんだよ、あの人が遊び人で、いろんな後輩に手、出してて…。軽い人なんだって…。やめた方がいいかな…。会長に言われて、桐生の情報が聞き出したいだけなのかもしれないし」
あの人。
なに考えてるのかわからない。
「…話したりしたんだろ?」
「というか…もうやっちゃったんだけど…」
そう言われ、言葉を失った。
それって、やりたいだけとかじゃないだろうか。
そういった心配事が溢れてくる。
「…何度もそういうことしてるわけ?」
「別に、1回しかしてないけど…。もうだいぶたつよ。それからなんにも音沙汰なくて…。桐生をきっかけに声かけられて、ただやられただけかもしんないし、ホントに遊ばれたって気がするけど…。…気になるんだよ…」
悪い人だとわかってても、好きになってしまうことってあるんだろう。
「雅紀が、好きなら押してった方がいいと俺は思うけど。疑って、諦めて、後悔するのって、苦しいし。もちろん、押していって、遊ばれて、後悔するかもしんねぇよ。でも、同じ後悔なら、俺は押す方を選ぶ」
まぁ、実際、その立場にならないとどういった行動にでるかはわかったもんじゃないが。
「…宮原先輩だよ…? 俺なんかがどうしてって思うじゃんかよ」
「でも、あの人は人気があるから、逆に言うなら自分から声かけるって珍しいかもしんねぇじゃん。あの人からかけてきたんだろ?」
雅紀はそっと頷くけれど、まだ迷ってる感じだった。
「俺が声をかけてもらえたのは、桐生の友達だからだよ…」
「…それは、知り合えたきっかけで、声をかけられたのは、雅紀自身にだよ。俺のことばっか気にすんなって」
自分が悩んでて、全然気にしてなかったけれど、雅紀もいろいろ悩んでたんだよな。
雅紀は俺のこと、調子悪いとかわかってくれてたのに。
俺って、全然、わかってやれてない。
でも、雅紀にアドバイスしてやれるほど恋愛経験があるわけじゃないし。
自分だって、悩み中なんだよな。
それでも、なんとなく落ち着いてきているから。
というか、考えたくないから。
雅紀を応援したい気持ちが膨らんでいた。
「雅紀、がんばりなって。なにかあったら、教えてな?」
「サンキュー…。がんばるよ」
そうは言っても。
やっぱり、もし、宮原先輩が遊びだったり、俺の情報のためだったりしたらって。
そう思うと気が気じゃなかった。
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