「ただいま」
誰も返事なんてしてくれない。
わかっていたけれど。
もう父さんは仕事だ。

夕飯の用意が一人分だけされていた。
俺の分だけ。

食欲なんてなかった。

また。
どれくらいの時間がたったのかわからなかった。

インターホンの音で我に返る。

時間を確認すると夜の9時。

アキラさんは来るわけがないだろうし。
父さんなら鍵を持っている。

少しの間、無視していたが、何度も鳴るインターホンに苛立ちを感じて、俺はのぞき穴から外を見た。

思いがけずそこにいたのは、今日出会ったばかりの夏彦だった。
「……ナツ…?」
俺はドアを開けて、とりあえず、玄関へと夏彦を迎え入れる。
「家。調べちゃった。兄貴の部活の連絡網見ただけだけど」
どういうつもりなんだろうか。
別に嫌な気はしないけれど。
「桐生さん、俺と友達になって?」
「どうして…だよ。別に駄目ってわけじゃないけど、わざわざ言うことでもないだろ」
ナツはにっこり笑って、俺に軽く不意打ちでキスをする。
「な…っ…」
こいつまだ、子供だろ?
「お前、歳、いくつだよ」
「今? 中2だよ。つっても、今年で2年、2度目だけど」
中学って留年とかあるんだっけ?
大丈夫かよ、こいつ。
「ねー。もう一度、桐生さんとしたいんだよ」
「やりたいだけだろ…? 俺が好きとかじゃなくって」
「気持ちとか大切にする人なんだ? 桐生さんは」
「ナツは、違うんだ?」  
俺、なんでこいつとこんな風にしゃべってるんだろうな。  
なんか、落ち着く。  
存在が、少し遠い関係だからなんだろう。  
いつでも切れる…とか言ったら悪いけど、そんな感じ。  

「ねぇ。酔ってたのに、俺のこと、ちゃんと覚えてるんだ?」
「まぁ、なんとなくだけど…」
「俺も、気持ち大切にするよ。別に、ただやって気持ちよかったからまたやりにきたとかじゃないし。 でも、好きだからたくさん気持ちいいって感じだ気はする」
 好きだから、気持ちいい?
「好きじゃなくても気持ちいいこともあるよ」
「冷たいなー…。少なくとも俺が気持ちいいと感じたのは、好きだからって思ってる」
そう断言して、俺を見て。
にっこり笑顔を向けられると、なにも言い返せなかった。
なにこいつ。
つまり俺が好きってわけ?

「兄貴とはちゃんとお話できたの?」
「…まぁ…」
「ふーん。あぁ、心配しなくても、俺とやったこと兄貴は知らないよ」
 そう言われ、ほっとする俺を、壁へと押し付ける。

「…なんだよ…」
「口止め代。…ね…」
「別に、バレてもかまわないし」
「兄貴とどういう関係…?」

 ナツが、俺に口を重ねて。
 舌を絡め取られる。

 なんか。
 こいつの、すごい好きかも…。

 逃げるべきだったりするのか。
 なんか、いままではアキラさんがいたから、逃げなきゃって思ってたけれど。
 今、逃げる理由ってなんだっけって思うわけだ。
 こういう行為、知る前までは、ただなんとなく逃げてたけれど。
 もうどうでもよくなってる気がして。
 逃げたいって意識がなくなっている。
 
 だけれど、智巳の弟ってのは、どうなんだ?
 智巳にバレたら、どうなるんだろう。
 それは、やばい気がするから、やっぱりやめた方がいい…?

「んっ…ンっ」
 やばい…ってば。
「んーっ…」
 体が、おかしい。
 酸素不足で、口を離したいのに、ナツが俺の頭を掴んで逃してくれない。
 どころか、空いた手が、俺の股間をズボンの上から撫で上げる。
「んっ!!…んぅんんっ…」
 頭の中に、舌が絡まりあう音が響いていた。
 あふれ出る唾液が、顎を伝う。

 少し強めに股間を擦られて、ゾクっとした。
 その瞬間、足に力が入らなくなったのか、その場へと座り込んでしまっていた。

「はぁっ…あ…」
「…ねぇ、感じやすいんだ…?」
 ナツはしゃがんで、俺のズボンのチャックを下ろし、取り出してしまう。
「っ…やめ…」
「すげぇ、ガチガチなんだけど…。やる気まんまんじゃん?」
 なんで、俺、そんなに感じてんだよ。
 キスしただけで。
 ちょっと触られただけで。
 そんなに欲求不満でもないはずだろって。

 ジっと、俺を見ながらナツは握った手で上下にソレを擦りあげていく。
「んっ…もぉっ…ぁっ…やめっっ…く…ぅんっ…」
 ナツの視線が突き刺さる。
 その視線からなんとか逃れようと、顔を横へと向けていた。

「酔ってるときと違って、なぁんかたくさんはずかしがってる…?」
 顔が熱くなるのが理解できた。
 と同時に、股間のモノにも熱が集中する。
「そっか。桐生さんってMなんだ? 酒入ってると恥がなくなって素直に欲しがるけど、素面だと恥ずかしいんだ?  でも、余計に感じちゃうんでしょ」
「っなっ…ぁっ…違…っ」
「違う…? 違わないでしょ。恥ずかしいことされるの好きなんだね…」

 ものすごく気持ちよくてたまらないのに。
 それなのに、そっと手の動きを止めてしまうもんだから、つい顔を上げてナツを見る。

「かわいーね…」
 こいつにそう言われると、むかつくというより、なにやらとてつもなく恥ずかしい。
 こんな俺より、2歳も年下のやつに、かわいいなんて言われて。
 怒り通りこしてる。

「ねぇ、しよ…?」
 指を舐め上げるしぐさが目に入る。
 拒むべきなのだろうか、もうわけがわからない。
 こんな風に言われたことないし。
「っ…駄目…だって…」
「なんで?」
 理由がわからない。
「上がらせてもらっていい?」
 ナツが靴を脱いで上がりこむと、まだ座り込んだままの俺を立たせる。
「桐生さん、ふらついてるね。俺として、気持ちよくない…?」
 気持ちいいけれど。
「俺…好きな人いるし」
「のわりには、それほど拒まないから、やるのが平気なのか、片思いだったりするんだ?」
 結構、理解力あったりする? こいつ。
「片思いっつーか……飛んじゃって」
「そうなんだ? じゃあとりあえず、今、フリーなんでしょ。拒まなくていいじゃん」
 好きな人がいるのに、他の人とやっていいんだろうか。
 いや、第一、アキラさんはもう、いないんだから。
 かまわないのか?

「……お前は、なんで俺とやろうと思うんだよ」
「桐生さんが気に入ったから」
「俺が、別の男のこと考えてても平気なわけ?」
「その人の代わりでやるわけじゃないし? 俺は桐生さんを気持ちよくさせたくて、 桐生さんは気持ちよくなれるし、俺も気持ちよくなれるし。それでいいじゃん? 桐生さんは、俺とやってるとき好きな人のこと考えるんだ? 気持ちいいことだけ考えてくれればいいよ?」
なんかよくわかんねぇけど。
「…気持ちいいことだけって…」
「そう。一人でするのより、いいでしょ。二人でするって。気持ちいいし。それだけ。誰に対しても悪いことなんてしてないじゃん」

 そう言われると、こいつとするのに嫌悪感みたいなものがあまりわかない。
なにかあれば、すぐにでも切れるし。
俺がこいつに対して好きという感情がないということも、わかっているんだろ?  
ナツが俺を好きだとして。  
その気持ちを裏切ってしまう罪悪感とか感じなくていいわけだよな。

「ね。桐生さん。もちろん好きだけど、これは恋人同士がするのとは違うんだよ。俺らは、お互いが気持ちよくなりたいからするの。好きとかそういう感情は抜きで。それならいいでしょ。桐生さんも、好きな人のこと考えなくていいし」

1人Hを一緒にするだけ。
そんくらいの程度に考えていいんだろうか。

「俺が…ナツを好きじゃなくて、気持ちいいことだけ考えてて…それでいいわけ…?」
「いいよ。とりあえずはね。一緒に気持ちいいことする時間を共用出来ればそれでいいよ」
 もう一度、俺の目の前で、ナツがわざとらしく指を舐める。
「ね…。入れさせて…」
 中2…っつっても、実年齢は1つ上か。
 そうは思えないくらいの鋭い眼差しで。
 色っぽくて。
 見てるだけで、ゾクゾクした。  

「途中で…泣き出すかもしれない」
「どうして? いろいろと考えちゃう…?」
「別の男のこと、やっぱ考えるかもしんねぇし、名前呼ぶかも」
「…いいよ。気持ちいいことにかわりないからさ」
「ん…」
 俺は、なんでこいつに素直に話してるんだろう?
 普段会わない人って、安心して恥ずかしいこと話せれる。

 ズボンと下着を下ろされて。
 ナツの指が入り口をそっと撫でてから、ゆっくりと入り込んでくる。
「ぁっひぁっ…んっ…」
「昼は酔ってたしさ。言葉で感じさせてあげられなかったからねぇ」
「な…ぁっ…」 
「今度はたくさん、言葉でも感じさせるから。ね…」
「っ馬鹿かよっ…」
「言葉って、大事だよ…?」
 そう言うと、少しだけ指を抜き差しさせる。
「っんっ…くンっ…」
「かわいいね…。ここ、ぎゅうぎゅうに締め付けて。俺の指、そんなに好き…?」
 奥まで入り込んだ指で内壁を撫でながら、耳元でそう言われ、おかしなくらいに体が熱くなる。
「っ違…っ」
「違うの…? でも、離してくれないよ…? ここから、また溢れてきてるしね…」
 そう指摘され目を向けると、先走りの液が溢れているのが見て取れる。
「ほら…ヌルヌルしてる。まだ、そんなに刺激してないよ? 感じやすい? 俺の声で感じちゃう?」
 ナツはしゃがみこむと、指先で亀頭を撫でてから、舌を這わす。
「っ!!! っやっ…あっ…」
「ねぇ。どんどん溢れちゃって。いやらしいね、ここ…」
 溢れ出てしまう先走りを、音を立てて吸い上げられ、俺は必死にナツを引き剥がそうとした。
「んーっ…! …やっあっ…離し…っ…」
 手に力が入らなくって。
 引き剥がせない。
「やっやぁあっっ…だめっ…あっっ…やっ…もぉ、やぁあっ」
 ナツの口が離れて、俺を見上げる。
「いやなの…? 吸われるの苦手?」
 目が、離せない。
「ね…。いや? ここ、俺にこうやって撫でられるの…」
 示すように、中に入り込んだ指が、抜き差しされて、そのたびにイイ所を擦っていく。
「あっぁあっ…やっ…だめっそこっ…」
「なぁに? なにが駄目だって?」
「ぁあっ…そこっやぁあっ…イっちゃう…からぁっ」
「イっちゃうの…? いいよ、イって…?」
「ぁっあんっ…ぁっナツ…っ…やぁあああっっ」

 指が引き抜かれて。
 力が抜ける。

 また座り込んでしまう俺をナツは抱きしめた。
「んっ…」
「終わらせてあげないよ…。俺もね。イきたいから」
 寝転がらされて。
 俺の足を広げさせると、ナツは自分のをいままで指が入り込んでいた箇所へと押し当てる。
「っあっ」
「いいでしょ? 俺も気持ちくなりたいの」
「…イき…たい…?」
「うん」
 なんか。
 そういう気持ちよくなりたいだけでやられるのって、前はいやだったかもしれないけれど、今は逆に良く思える。
 重くるしくなくて。
 気が楽だ。

 俺も、気持ちよくなれるし。
「…いいよ………入れて…」
「ん…」
 ナツのが入り込んできて。
 また、体中がゾクゾクした。

 指なんかより太くて熱くて。
 奥まで入り込む。
「はぁっあっあっ…ナツ…っ」
「桐生さん、俺のどう…? 気持ちいい?」
「ぁっ…あっいいっ…もぉっ…ぁああっ」

 こういう行為は、気持ちいいからするんだ。
 好きな人と繋がりたいからだなんて、甘いこと考えてられない。

 わざわざ好きだとか嫌いとか。
 もうなにも考えたくない。
 重い。

 いままで、寂しさを紛らわすために、智巳とやってきたりもした。
 アキラさんとは好きでお互いを求めたつもりでいた。

 今は?
 そういう精神的なモノは抜きだ。
 肉体が気持ちいいこと求めてて。
 ナツと俺のお互いの利害関係が一致して。
 だからやってる。  

「んぅンっ…ぁっあっナツっ…」
「なに…?」
「あっ…ぃいっ…そこっぁあんっ」
何度も貫かれて、意識が飛びそうだった。
「もっと、言って? 桐生さんが気持ちいいこと、たくさんしてあげるから…」
「はぁっ…ぁあっあっんっ…イきそぉっ…ナツっ…」
「俺も…ね…いいよ。桐生さん…」
「やっぁっあっ…やぁあっ…あぁああっ」



そのまま、脱力状態。
お互い、玄関近くで寝転がっていた。
繋がったまま…。


なんで。
よくわからなかった。
気持ちいい。

だけれど、俺の目の前にいて、俺の中にいるのは好きな人じゃない。
「っ……アキラさん…」
「…好きなんだ…? その人のこと…。じゃあ、その人が帰ってくるまで、俺とHしよ…」
「帰ってくるまで…?」
「そう。だって、帰ってきたらしづらいでしょ? 帰ってきたとき俺のことはただ、抜くために一緒にいた友達って言えばいいし。その間、俺にいい目見させてよ。桐生さんだって、気持ちいいならいいじゃん」
 セフレ…ってやつか…。
「いいけど…もう飛んだんだってば…。…アキラさんは帰って来ないよ…」
「じゃあ、ずっと一緒だ」
 少し。
 こういうの気が楽かもしれない。
 こういう関係。
「あのさ………智巳には内緒に…」
「そうだね。兄貴は桐生さんが好きみたいだからね…。だからこそ、兄貴とはやりづらいんでしょ」
「よくわかってんのな」
「…俺も好きだよ」
「…でも、お前は、俺が別の人の事、考えてても大丈夫って…そう思ってくれるんだろ…?」
「…そう。まだまだ桐生さんのことわからないからね。とりあえず、友達だよ。桐生さんのこと、もっと教えて…? いくらセフレって言っても、俺は桐生さんが好きだし、仲良くしたいし、いろいろ知りたいからさ」
 
 子供なのか大人なのか。
 いまいちわからない考え方をするやつだった。

 俺は、ナツに聞かれたことを話し、俺もナツのことを聞いた。


「そっか。父親だけなんだね…。じゃあ、今日、泊まってもいい?」
「まぁいいけど…」
「やった♪ 桐生さんのお父さんって似てるのかな。楽しみだよ」

変な気分だな…。

昨日から今日にかけて。
アキラさんがいなくなって。
ナツと出会って。

アキラさんのことは忘れてしまうしかないのだろうか。
ナツとは、いい友達で付き合っていくつもり。
問題は智巳だ。

こいつだけはよくわからない。
生徒会長みたいに見守っていてくれるなんてことはないだろうし。

もともとは、智巳が来てからおかしくなったんだ。
元凶はこいつだ。

アキラさんのこと、俺が意識しだしたのも、アキラさんが俺に対して我慢できなくなったって言ってくれたのも、智巳がきっかけだし。

「なぁ…智巳ってよくわかんねぇんだけど」
「兄貴はねぇ。変わってるよね。すぐ拗ねたりするし負けず嫌いだし。でも喧嘩は強いよ」
「そうなんだ?」
生徒会のやつらに勝ってたくらいだからそうかなとは思ったけど。

「ねぇ、桐生さん。一緒にお風呂に入ろう?」
「いいよ。行こうか」

ナツは俺が好きなのだろうか。
ただ、気持ちよくなれればいいだけなんだろうか。

よくわからないけれど、俺が気を使わなくていいように、いろいろと考えてくれているように思えた。
それでいて、その気遣いが重苦しいだとか感じることもなかった。
素直に気楽でいられる。

そういうのが、すごく嬉しく感じていた。
いい奴だよな…。


だけれど。
俺はもう、好きになったりはしないだろう。