涙が溢れて。
俺は、ベッドに寝転がったまま、動けなかった。
どれくらい時間がたったかわからなかった。
でも寝付けなくて。
ただ、腑抜け状態だった。
「深雪―…。起きてる?」
朝。
いつのまにか。
寝てないっての。
「…休んでいい…?」
ドア越しにそう言って。
「わかった」
父さんは聞き入れてくれた。
もうなにもかもいやだ。
やる気がでない。
ごろごろしてるうちにどれくらい時間がたったのかもわからなかった。
アキラさん。
もう二度と会わないんだろう。
そのとき、一瞬、浮かんだのが樋口智巳の顔だった。
…あいつに甘えてどうすんだよ。
だけれど、ほかに甘えれる人もいないし。
泣きそうだ。
俺は、水泳部の連絡網を見て、樋口智巳の家へ電話をかけた。
「もしもーし。樋口ですけど?」
誰かわからない奴の声。
「桐生ですけど…智巳くん、いますか…」
「……ってか、学校行ってるだろうし。サボってんの? いないわけ?」
そこでやっと俺は自分が学校を休んでいて、まだ学校の時間帯だということに気がついた。
まだ2時かそこらだ。
これじゃあ、智巳がサボってて学校から電話してるみたいじゃないか。
「あ…いや、智巳くんは学校行ってると思うんだけど、俺が休んでて…もしかしたらいるかなと…」
「……いや、いねぇけど。でもまああと3,4時間だろ。うちで待ってる?」
「…それは、申し訳ないから」
「夜まで俺しかいないし、兄貴の部屋にずっといてくれりゃいいし?」
まぁ、智巳なら俺が急にいても怒ったりはしないだろう。
家にいてもなにもする気がしないし。
俺は、智巳の家へ行くことにした。
「父さん、ちょっと友達の家、行ってくる」
「友達はいるの? まだ学校じゃ…」
智巳はたしかに学校だけど、智巳の弟はいるみたいだし。
「いや、いるみたい」
「そっか。じゃあ気をつけてな。補導されないように」
父さんは、冷蔵庫に入れてあったケーキを俺に持たせてくれた。
俺は智巳の弟に教えてもらった家へと向かう。
表札を見ると樋口智巳の名前がある。
下に夏彦って。
たぶん電話に出てくれた弟なのだろう。
インターホンを押すと、中から出てきたのは髪の色を思いっきり脱色した、少し不良じみた子。
きっとこの子が電話の子なんだろう。
思ってたのと違って少し戸惑ってしまう。
智巳の弟だから、もちろん俺よりは少なくとも2つ以上は年下なんだろう。
だけれど、俺と同じくらいの背丈。
どちらかといえばまだ成長途中な俺と違って、発育がいい。
智巳とは全然違ったタイプだった。
「桐生さんでしょ」
にっこり笑ってくれる姿を見ると少し子供っぽくって安心した。
俺らは二人でとりあえず部屋へと向かった。
「兄貴に何か相談事?」
「なんで…わかるわけ?」
「いや、なんとなくー。悩んでるっつーオーラでてっから」
そう話し込むうちに、部屋にあった小さい冷蔵庫から酒を取り出して手渡す。
こいつ、中学生だろって…。
まぁ、俺も飲んでるけど。
そいつがあまりにもゴクゴクといい飲みっぷりだから、俺もつられるように一気に飲み干していた。
「もしかして、兄貴の恋人? なんて。俺の兄貴、男色家だから」
笑いながらそう言う声が遠くで聞こえた。
あ、そういえば俺、昨日一睡もしてないんだった。
しかも、俺って酒弱かったっけ。
すきっ腹に飲んじゃったなぁ。
でももうどうでもよくなってるけど。
今座り込んでいるベッドへとそのまま、寝転がる。
「……酒、弱かった?」
「ん…」
「無理して飲むことねぇのに」
カラになった缶を俺から取り上げて、机の上へと置く。
ぼやける視界の中、智巳の弟はまた新しい酒を取り出して飲んでいるのがわかった。
こいつ、ザルかよ。
と思うと、いきなり俺に口を重ねる。
「んっ…んぅっ…!!!」
予想外の行動に、抵抗が遅れて。
口の中に熱い液体が流れ込む。
お酒だ。
「ね…。もう少し、飲む?」
楽しそうにそう言って、俺の頭の下に手を回し、少し起き上がらせると、ビンを口の中へと突っ込んでくる。
俺、だから酒好きなんだって…。
ビンの中から流れてくる酒をこぼさないように飲んでしまう。
「おー、いい飲みっぷりじゃん」
「んっ…」
やっとビンを離されたころには、頭がもうボーっとしていた。
体もぐったり状態。
「あつい?」
熱い。
体が。
「脱ごうか」
手が、シャツの中に入り込んで、指先が乳首を撫でていく。
「んっ……あっ」
「桐生さんは、乳首で感じちゃうんだ? もう兄貴にやられてんの?」
手が。
俺のズボンから、股間のモノを取り出して、直に擦り上げる。
「あっ…やっ…」
「かわいい声だね…。もっと聞かせてよ…」
少し強く擦られて、体がビクついた。
視界が定まらない。
目が開けてられなくて、手探りで上にいるやつの服を掴む。
「んー、どうしたの?」
「はぁっあっ…やっやあ…っ…智巳…」
「ざんねーん。俺は弟の夏彦でした。ナツって呼んで…?」
夏彦って…?
「やっ…誰…」
「ひどいなぁ。一緒に酒飲んだ仲じゃん? ってか、やっぱ兄貴とそういう関係なんだ? もう一度言うよ。俺は弟のナツ」
あぁ。
そういえば、俺、酒飲んでなにも考えられなくて。
なにかを考えようとするけれど、考えがまとまらない。
ズボンと下着が引き抜かれていく。
「やめ…」
体が思うように動かない。
両足を広げられ、膝を立てさせられる。
ぼやける視界の中、なんとなくナツが自分の指を舐めているように見えた。
その指が、ゆっくりと俺の足の間、中へと入り込んでくる。
「なっ!! あっ、やめ…っ」
「だって、兄貴ともうやっちゃってんでしょ。あ、兄貴がやられる側ってことはないよな」
「んっ…やっ…抜けよ…っぁっ…」
「気持ちよくなろうよ。全部、いやなこと忘れてさぁ?」
指が、気持ちイイところを擦っていく。
少しばかり残っていた理性とか、全部、飛ぶ。
もう相手が誰なのかもよくわからないくらいで。
「あっもぉやっ…あっ…ぁあっ…」
「もうイっちゃいそうなの…?」
「いくっ…あっやっ…やあっ」
「いいよ…イク顔、見せて…」
「やっやぁあっ…あぁあああっっ」
俺はナツにしがみつくようにして、イってしまっていた。
「気持ちよかった…?」
そう聞かれ、なんとか頷いた。
「ねぇでも、1人だけ気持ちよくなっちゃ駄目だよ」
そう言って、中にもう1本、指が入り込む。
「あっ…んーっ…」
「俺の、入れるからぁ。さきに指で中拡げるね」
ナツの指が、俺の中を言葉通り広げていく。
「ぁっあっ…やぁあっ」
「拡げられるの、好きなんだ…? また硬くなってるねぇ」
「はぁっあっ、あんっ…や…っ」
「かわいー…。あん、とか言っちゃうんだ…? ねぇ、もっと言って?」
恥ずかしい声を出してしまいそれを指摘され、酔った状態とはいえ、羞恥心を感じる。
俺は、顔を横にむけ、ナツの視界から少しでも逃れようとした。
「えー、声、恥ずかしい? でもわかっちゃった。拡げられると、結構いやらしい声出しちゃうんだね。
そうでなくてもいやらしいんだけど。3本目、入れちゃうよ」
3本もの指を入れて、中のイイところを擦りながらも、拡げられていく。
「やぁっあぁあんっ…だっめっ…あっだめぇっ!!!」
「あんまり、拡げられたことないの…? そんな素敵な反応されちゃうと、もっとしたくなるなー」
「もぉ…やっあっ…やらっあっ…あぁあっ」
イってしまいそうなギリギリで、ナツは俺の根元に指を絡める。
「まだ、駄目。我慢して」
こんなにも早く2度もイってしまいそうな自分が恥ずかしくてなにも言い返せれなかった。
指を引き抜かれると、今度はナツ自身がゆっくりと押し込まれる。
「やっもぉ、やだっ…」
ゆっくりと、入り込んでくるだけでゾクゾクして、すぐにでもイってしまいそうな感覚だった。
「今度は一緒にイこ…?」
そう言うと、そのまま、緩やかに俺の中を動いてく。
「やっあっ…んぅっ…あっぁあっ…ナツ…っ…ぃきそぉっっ」
「もうちょっと我慢して…」
ナツの指が、さっきよりもキツく俺の根元をギュっと掴んでいた。
「ゃくっ…あっあんっ…やあっ…そこ、駄目…ぇっ…イくっあっぁあっ」
なんで。
こんなに感じるんだ?
アキラさんみたいに、精神的に好きだとかがないから?
智巳みたいに嫌悪感もないし。
普段、付き合いがあるわけでもない。
なんでもない相手だから。
つまりやるだけの相手で。
なにか精神的に考えることがないせいだろうか。
すごい素直に感じられる。
あ、酒も入ってるから…?
ただ、性欲だけ。
「いいねぇ。すっげぇかわいい。欲しいな…」
「もぉ…っ離しっ…ぁあっ…あっ」
「しょうがねぇなー。じゃあ俺もイっちゃうよ?」
ナツは俺の根元に絡めてた指を外してくれて、ラストスパートをかけるように深く速く貫く。
「くんっぁあっ…奥っやらっあっ…駄目、あっあぁあああっっ」
そこから先の記憶が少し飛んでいた。
あぁ。
飲んだ直後にやるもんじゃねぇな。
酒が回って。
理解出来ない。
目を開けるとそこには、智巳がいた。
寝転がっている俺のベッドに、座ってこっちを見ている。
「……なにしてんすか、先輩…」
「ん……」
思い出せない。
どこだっけ、ここ…。
「智巳…? なんで、ここに…」
「俺の部屋だからです」
「…なんで…」
なんでだっけ。
そうだ。
アキラさんが行っちゃって。
どうすればいいのかわらかなくって。
涙がまた溢れてきた。
「深雪先輩…?」
「もう…やだ…」
死にたい。
だけど駄目だ。
父さんもアキラさんもそんなこと望んでないし。
大学へ行って、幸せになって。
そうならないと、アキラさんと別れた意味がなくなる。
「智巳…。俺、フラれたんだよ…」
ベッドに寝転がってそう言う俺を見て、智巳は言葉を失っているようだった。
「…好きな人がいてさ…。アキラさんていう…その人も俺のことが好きだって。一緒に暮らしてて、たくさんHして、幸せで…。
だけど、付き合えなかったんだ」
智巳は、寝転がったまま涙を流す俺から視線を外した。
「どうしてですか…」
優しい口調で、俺の期待通り聞いてくれる。
「…俺の体が目当てで、好きだとか口からでまかせ言ってただけ…だったら、だまされたって、それだけで済んだのに…」
「…違うんですか」
「いまとなっちゃ、ホントの気持ちなんてわかんないよ…。ただもう、いないんだよ。帰ってこないんだ」
智巳は俺を見ずに、俺の頭をそっと撫でてくれた。
「借金があって、夜逃げみたいな感じで、飛んじゃって…。前から飛ぶつもりだったから、俺とは付き合わなかったんだって、そう父さんは言ってたけど…。わかんないよ…。ホントはわかんないし、結局、ちゃんと別れの挨拶もしてないし…っ。でも、きっともう、二度と会えないんだよ…」
悲しすぎてなのかなんなのか。
涙も止まっていて。
どうすればいいのか気持ちの整理が付かなかった。
「付き合ってなかったんですか…」
「ん…」
「それで、アキラさんって人に付き合ってもらえなくて、悩んでて。寂しさ紛らわすために俺ともやったりしてくれてたわけ?」
「ごめん…」
「…深雪先輩は、今後、どうしたいんですか…」
今後。
どうしたいんだ?
「わかんねぇから…お前んとこ来たんだろ」
「…結局、いまでもアキラさんが好きなんでしょ…」
好き。
そうなんだよ。
たぶん、忘れられない。
「…どうすればいいのかわかんなくて…」
「深雪先輩がアキラさんを好きなかぎり、俺には救えないですよ…」
智巳は、寝転がっている俺の上に覆いかぶさるようにして、口を重ねた。
「んっ…っ…」
「忘れて…俺と付き合いませんか」
なんで。
俺はアキラさんが好きだって言ってるのに。
「お前、それでもしアキラさんが戻ってきたら…っ」
「深雪先輩は苦しむでしょうね…。…別に、深雪先輩を苦しめるつもりはないですから、やめときますね」
アキラさんは好きだけど。
いまさら、戻ってこられても、なんかもう、毎日が不安になりそうで恐いし。
いつまた消えてしまうんじゃないかって、そればっか考えてしまいそう。
「もう…なにを信じればいいのかわかんねぇよ…」
「俺のことは…?」
「…お前だって、いつ消えるかわかんないだろ…」
もしいま、智巳と付き合っても、俺はアキラさんのことを考えてしまいそうだ。
万が一、アキラさんが帰ってきても、一度、智巳と付き合った手前、別れてアキラさんへと戻るわけにも行かないし。
そんな状態で智巳と付き合い続けるのも苦しいし、智巳だっていやな気分だろう。
アキラさんも苦しめる。
もう二度とアキラさんは帰ってこないんだとしても。
少しはアキラさんを考えてしまうから。
それにもう。
疑い深くなってる自分がいる。
なにこれ。みんな苦しむじゃんかよ。
恋愛なんてもうこりごり。
もしも。
アキラさんがもう俺に飽きたって。
そう言われて離れ離れになったんなら。
俺は素直に智巳と付き合えたのに。
しばらく沈黙が続いた。
『ただいま』という声が響いて、親が帰ってきたのだと理解した。
「ごめん、俺、帰るわ」
「はい…。また、いつでも来てください」
「サンキュー。あ、ケーキ持ってきてたんだけど…あれ、どこ置いたっけ…。まぁいいや、見つかったら食べて」
「アバウトですね…」
部屋を出ると、廊下に夏彦がいて。
目が合ってしまう。
そういえば。
俺、こんな状況でこいつとやっちゃって…。
妙な緊張が走った。
そのまま。
すれ違うギリギリまで目が離せなかった。
俺たちの間に会話はなくて。
ただ、企むような笑みだけが印象的で。
俺は智巳に見送られて、家をあとにした。
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