「…明仁…?」
もう、連絡するべきじゃないってわかってる。
それなのに、もう一度だけって。
そう思ってしまう。
やっぱり、キスなんてしなきゃよかった。
『どうしたんですか、雪寛さん…。なにか…深雪にありました…? ちゃんと言って…別れてきたつもりですけど…』
「…ごめん…。深雪じゃなくって…俺…。最後でいいから…」

もう家へ呼ぶのは無理だろう。
誰かに見られても困る。
少し離れたホテルの一室で待ち合わせをした。

「…雪寛さん…。深雪は、大丈夫でした?」
「…わかんねぇよ。まだ寝てる…と思う」
「そうですか…」

沈黙が、数秒続くと、お互い引き寄せられるように口を重ねた。

なだれ込むようにベッドへと体を預け、明仁は俺を見下ろす。
「…明仁を…好きにならないように抑えてたけどさ…。もう手遅れみたいで」
「…俺、天下の光流さん満足させる自信なんてないっすよ」
軽く笑ってそう言ってくれる。
「ん…。俺はただの…お前の兄貴だよ。…でも、お前より年下だし…」
「それ、忘れがちですよね…。俺よりずっと大人だから…」
姉貴の旦那ということもあり、明仁は敬語を使ってくれていた。
職場でも、関係上、俺に対して敬語を使う。
年は関係なく、職場での先輩後輩を優先していたため、俺は明仁に対してタメ口だった。

明仁は、ゆっくりと丁寧に俺の服を脱がしていく。
「…こんなことになるなんて、昔じゃ考えれなかった」
明仁は、そう俺に言う。
「…どういう意味…?」
「だって。俺は雪寛さんのこと、認めてなかったから。若いうちに子供作って、なぁにしてんだろうって思ったし。 …だけど、若いうちから、いろんな苦労知ってる人だってわかったから…今は、尊敬してますよ」
「なに言ってんだよ」
「ホントに…。子供思いで、家庭大事にしてくれてるし」


お互い、身にまとっていた衣類をすべて脱ぐ。
「…大丈夫ですか…?」
そう確認しながらも、明仁はゆっくりと俺の中に指を押し込んでいく。
「んっ…ンっ…」
2本…だろうか。
久しぶり…。
「すごい…色っぽい顔、するんすね…」
「はぁっ…馬鹿…やろ…」
懐かしいような感覚に、体がついていかなそうだった。
ゾクゾクする。
ゆっくりと中を指で探られ、その刺激に耐えるように俺は明仁の左腕を掴んだ。
「んっ…くっ…」
「辛いですか…?」
「ぁっ……大丈夫…っ」
俺の頬や、胸元に、明仁は何度も口付けてくれた。
甘ったるい愛撫に、体が熱くなる。
「明仁…もぉっ…いいからっ」

そっと指が引き抜かれ、代わりに明仁のモノが押し当てられる。
「……雪寛さん…俺…雪寛さんのこと…好きでもいいですか…?」
「……っ…そんなこと…今、言うなよっ」
「…好きなんです」
「馬鹿…深雪のこと、どう考えてんだよ」
「あなたの子供だから…好きなんですよ。…それに、俺の甥ですよ…? …もちろん好きです。どっちか選べなんて…」
「選べってわけじゃないけどっ」
「…2人は違い過ぎます…俺の、好きの意味だってだいぶ違う」
わかってる。
恋愛感情と、そうでない母性愛に近い感情と。
「だけれど、深雪は本気でお前が好きなんだよ」
「……弄んだつもりはないです」
「わかってる」
お前が、優しくて。
深雪のこと好きでいてくれたのも、全部わかってる。
付き合わないでいてくれたのも、上手く言い聞かせてくれたことも。
全部わかるから。

俺は、こいつの気持ちに応えるなんてこと出来ないだろう?
深咲が好きで。
深雪が好きだから。

だけれど、明仁のことも、俺は好き。
「深雪は俺のこと、本気じゃないから」
「え……」
「俺が深雪のこと、本気で愛せないのと同じように。深雪も、俺のこと本気じゃないと思います」
「んなこと……」
「本気になられる前に……離れますね。俺は、大好きですけど」
なんで。
お前、金なくて飛ぶんだろ。
深雪に本気になられる前にって?

ああ。先にそう言ったのは俺か。
深雪に対して本気じゃないこいつと、恋人同士になって欲しくないと願ったのは俺の方だ。
だって、深雪がかわいそうだから。
だから、本気になる前にって。
俺のせい?
「いいですか…?」
入れてもいい? なのか、好きでいていい? なのか。
どっちかわからないけれど、そういう言い回しをするのはたぶん、わざとなんだろう。
俺は、明仁にそう聞かれるのに対して、頷いていた。



「んっ…んーっ…」
ゆっくりと、明仁のが入り込んでくる。
その物量に、体が強張った。
「っはぁっ…んっ…く…ンっ…」
力を抜かなければいけないことも分かってる。
だけれど、勝手に力が入って。
それでも、明仁はなにも言わずに、ただ奥へと体を進めて行く。

「…あっ…んぅンっ…」
奥まで入り込んだソレで、ゆっくりと中を掻き回されると、敏感な箇所を擦られ体がビクついた。
「ぁっ…んぅっ…はぁっ」
明仁も余裕がないのか、次第に速まる動きに、声が抑えられなくなる。
「ぁあっ…んっ…はぁっ…あっ…」
「…雪寛さん…綺麗です…」
「んっ…ばかっ…ぁあっ…んっ…」
「こんな…かわいい声出すなんて…思ってもいなかった…」

そんな言われ方をされ、羞恥心から声を殺そうとするが、もう息苦しくてそんなことも出来そうにない。
「ぁっあっ…くっ…ぅンっ…あっ…」
そっと、盗み見た明仁の顔が、なんだか切なそうで。
俺まで、切ない気分になっていた。
そんな顔を見ないように。
見られないように。
俺は、明仁の体を抱き寄せる。
「んっ…ぁあっ…明仁っ…」

好きなのに。
好きでいてくれるのに。
なんで、こんなに、この行為が悲しいんだろう。

終わったら、別れるから…?
それだけじゃなくて。
深雪に対しても、深咲に対しても。
裏切り行為のように思えて。
涙が溢れる。

俺も、明仁も。
同じだろう?
お互いが、それぞれ深雪と深咲に後ろめたさを感じてるはずで。

同じ罪を背負う。
罪悪感にかられながら、それでもこの行為を続けてしまうのは、やっぱり好きだからなんだろう。

「ぁあっあっ…明仁っ…んっ…」
「雪寛さん…」
耳元で熱っぽく俺の名前を呼ぶ。
最初で最後になるだろう。

涙が溢れて。
ただ、強く明仁を抱きしめる。
あぁ、動きにくいだろうなぁなんて思うけれど。
それでも、抱きしめた手を俺は、緩めなかった。

「はぁっんっ…ぁっ明仁っ…あっあぁああっっ」

久しぶりに大きな声をあげて、絶頂を迎える。
その恥ずかしさを感じる余裕もなければ、開放感もなかった。



「じゃあ…」
着替え終わって。
別れの言葉がわからなくなった。
なにを言えばいいのか。
そんな俺に気づいてか、そっと口を重ねてくれる。
あぁ。
やっぱりこの人は大人なんだなぁなんて思ってしまう。
「…先…行きますね…雪寛さん」
「ん…。もう一回…」
「離れられなくなりますよ」
そう言いながらも、もう一度、明仁は口を重ねてくれて。

どちらからでもなく、自然と、離れた口先。
「じゃあ…またな…」
そう明仁は言って。
俺の頭を撫でる。
そのとき、涙が溢れた。

こんな対応、初めてだ。
タメ口で。
俺のこと、年下みたいに扱って。
なんだか、俺がいままで縛られてきた、兄貴だとか先輩だとか。
そう言ったもの、全部、取り除かれた感じがして。
いままで感じていた明仁に対する好きという気持ちの罪悪感が、解けていく。

俺のこと、兄貴じゃなくって、一人の男として見てくれているような。
そんな感覚。
「…うん…」
泣く俺の頬を撫でて、涙を拭ってくれる。
もう一度だけ、軽くキスをしてくれて。
「じゃあ…ばいばい」
俺から、切り出す。
「うん。ばいばい」
そう言い残して、明仁は部屋を出た。


これでよかったのかなんてわからなかった。
あのとき、キスしなければ、こんなことにはなってなかっただろう。
だけれど、明仁と、初めて男として対応出来て。
それはやっぱり嬉しかったから。
後悔はしていなかった。